悪徳ショップマスター スキル『どこでもショップ』で魔王の前でも店を開く 勇者様を生き返らせてほしい? なら、今までのツケを払ってください。払えない? ならリボ払いというサービスもありますよ(ニッコリ)

佐藤謙羊

第1話

01 どこでもショップ

 この世界における『冒険者』は、主にふたつの役割に分かれていた。

 『メイン』と『サポート』である。


 『メイン』はいわゆる戦士や魔術師、盗賊や僧侶などのことで、冒険における花形の存在。

 『サポート』というのは、彼らの活動を補佐する存在のこと。


 クエストにおける道案内役であったり、キャンプ中の身の回りの世話など様々。

 いわば、『下働き』である。


 そして彼らの多くは戦闘スキルに乏しいので、モンスターとの戦いともなると傍観者となるのが普通であった。


 しかし、ここにひとりだけ例外がいる。

 冒険者ギルド『エンジェルハイロウ』に所属するサポートの青年、クズリュウ・ダストバーンであった。


 クズリュウにとっては戦闘中こそがいちばん忙しい。

 伝説の邪竜との戦いともなれば、なおさらであった。


「おいっ、クズ! 矢が尽きた! さっさと店を出せっ!」


「は……はいっ、わかりました!」


 広大なる洞窟内での戦闘、後衛の弓術師アーチャー隊に急かされたクズリュウは、空きスペースを見つけると手をかざし叫んだ。


「武器屋、オープンっ!」


 すると、雨後の地面からタケノコが生えてくるかのように、木造の一軒家がニョキニョキと現れた。

 軒先に下げられた看板には『ウエポンショップ・クズリュウ』と彫り込まれている。


 クズリュウは現れた一軒家に、一目散に走り寄った。


 両開きの扉に下げられた『CLOSE』の札をひっくり返し、『OPEN』に変える。

 扉を両手でズバンと押し開き、室内に飛び込んだ瞬間、天井や壁のランプが灯り、店内が明るくなった。


 同時にクズリュウの身体には、武器屋ロゴ入りのエプロンが現れる。

 彼の背後から、仲間たちがどやどやと無遠慮に踏み込んできた。


 隙間だらけの店内に、弓術師アーチャーたちはアチャーとなる。


「おい、なんだよクズ! どの棚もスッカスカじゃねぇか!」


「すいません、在庫を仕入れるお金がもうなくて……!」


「相変わらず使えねぇなぁ! おい、矢をもらってくぞ!

 くそ、木の矢しかねぇのかよ! まあいいや、全部よこせ!」


「ありがとうございます! 矢が2000本で、40万エンダーになります!」


「そうかい、ツケとけ!」


「ええっ!? もうツケがたまりにたまってるんです! お金を払っていただかないと……!」


「今は戦闘中だから、あとで払ってやるよ!」


「そんな!? 以前もそう言って、払ってくれませんでしたよね!?」


「ゴチャゴチャうるせぇぞ! この金の亡者が!

 これ以上わけのわからねぇこと抜かすと、ギルド長に言いつけるぞ!

 サポートのお前なんか、メインの俺にかかったら簡単にクビにできるんだからな!」


「ううっ……!」


 クビをチラつかされると、立場の弱いクズリュウは言い返せなくなってしまう。

 弓術師アーチャーたちは店内にあった矢を、押し込み強盗のように掴んで出て行った。


 入れかわるようにして、聖女たちが飛び込んでくる。


「クズ! 大聖女様がやられたわ! 聖堂で蘇生させてちょうだい!」


「はい、わかりました!」


 クズリュウは息つく暇もなく武器屋を出る。

 武器屋をクローズさせ、今度は聖堂を出現させた。


 木造の質素な建物の中に飛び込むと、クズリュウの服装は聖父のものに変わる。

 運び込まれた大聖女の遺体を祭壇に置き、引き出しにあった『奇石きせき』を手にする。


 奇石を大聖女の胸に当てると、天に祈りを捧げた。


「我、光の御空に乞う。天にまします迷える魂を、ふたたびこの肉体に賜えたまえ……!」


 ……カッ!


 すると天窓から光が降り注ぎ、崩れた奇石が遺灰のように立ち上た。

 大聖女の土気色の肌に血色が戻り、ゆっくりと目を見開く。


 クズリュウが「大丈夫ですか?」と声をかけると、彼女は礼も言わずに溜息を漏らす。


「はぁ、大丈夫じゃありませんわ、あなた、安物の奇石を使ったでしょう?

 いつも言っているではありませんか。失敗を防ぐために、私の蘇生には最高級の石を使いなさいと」


「す、すいません、高い奇石を買うお金がなくって……。

 でもいまお布施を頂けたら、次のクエストのときには補充しておきます!」


「本物の大聖女の私が、なんでニセモノの聖父にお布施を払わないといけないのですか。

 それにあなた、私の胸を触ったでしょう?

 まったく、サポートのクセして色気づいて気持ちの悪い。逆に慰謝料を納めなさい、いいですね?」


「そ、そんな!? 胸に手を当てたのは、蘇生するためで……!」


 モンスターとの戦闘中、クズリュウはいつもこんな理不尽な扱いを受けていた。

 そして戦いが終わったところで、彼の忙しさはピークに達する。


「やった! ついに伝説の邪竜を倒したぞ!

 これで俺たち『エンジェルハイロウ』の冒険者ギルドも、世界一になったんだ!

 さっそく祝杯といくか! おいクズ、酒場だ!」


 パーティのリーダーから急かされ、クズリュウは酒場をオープンする。


 洞窟の中はそれだけで、貸し切りの宴会場へと早変わり。

 パーティメンバーたちは邪竜の死体を肴に、飲めや歌えの大騒ぎ。


 『エンジェルハイロウ』の合い言葉である「俺たちは天使だ!」があちこちで飛び出している。


 しかし店主であるクズリュウにとって、そこはまさに第2のボス戦のような忙しさ。

 なにせ料理を作るのも運ぶのも自分ひとりなうえに、満席の客たちを相手にしているのだから。


「おい、クズ! 酒がねぇぞ!」


「はい、ただいま! でも、これが最後の酒樽ですから、大事に飲んでくださいね」


「しみったれたこと言うなよ! 俺たちは世界一の冒険者ギルドになったんだぞ! パーッといこうぜ!」


 その日の宴会で、酒場にあった食料と酒はぜんぶ底をついてしまう。

 しかし仲間たちは誰ひとりとして、1エンダーすら払わなかった。


「よーし、それじゃあ帰って寝るとするか! おいクズ、転移屋だ!」


「は、はい……」


 酒場の後片付けもできないうちに、次の店をオープンさせられる。


 『転移屋』というのはその名のとおり、転移魔法を提供する店のこと。

 別の街や村にある『転移屋』に、一瞬にして移動できるのだ。


 ほろ酔い気分の仲間たちは行列をつくり、転移屋の中にある魔法陣に入っていく。

 転移屋は本来は高額なサービスなのだが、誰もが社員旅行の帰りの送迎バスにでも乗り込むかのような気軽さだった。


 クズリュウは観光客にすがる物乞いのように、仲間たちの腕を掴んで訴える。


「あの、『転移石』の魔力がもう無くって……お金をもらって、新しい石に変えないと……」


「そうかい、じゃあ新しいのに変えればいいじゃねぇかよ。

 なに、金だと? 俺の前にいたヤツは払わなかったじゃねぇか。

 なんで俺だけ払わせようとするんだよ! おら、後がつっかえてるんだから離せよ、このクズ!」


 まさにゴミクズのように振り払われ、店の壁に叩きつけられるクズリュウ。

 しかし、崩れ落ちる彼を気づかう者は誰ひとりとしていない。


 クズリュウのサポートスキルは『どこでもショップ』。

 たとえ火山の中だろうが海の底だろうが、どこでも店がオープンできるというもの。


 そしてスキルの発動者はショップの中にいる限り、その道のプロになることが可能。

 クズリュウには魔法の心得は一切ないが、『聖堂』の中にいると蘇生の奇跡が行えるようになる。


 かなり便利なスキルではあるが、いくつか欠点もあった。

 そのひとつに『転移屋が利用できない』というのがある。


 なぜならば、『どこでもショップ』で出せる店は最大で1店までという制限がある。

 店主であるクズリュウが転移の魔法陣で街に戻ってしまったら、この洞窟内に出した転移屋は置き去りになってしまうのだ。


 そして、クエストの最後はいつもこうだった。

 目的を達成したあと、仲間たちは『転移屋』でさっさと帰ってしまう。


 クズリュウはひとり、『転移屋』をクローズする。

 とぼとぼと肩を落とし、邪竜の巣をあとにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る