第3話 運命力

「到着いたしました」


 ハンゼンの声に、シューライトは閉じていた眼を開いた。

 彼は寝ていたのではなく、今後の展望を考えていた。

 彼にとって、自身の後継者を育てるということは、最優先事項と位置付けたいことであった。


 しかし、彼の立場はそれを許さない。

 商会を率いる者として、彼はすべきことがある。

 予定に穴を穿ち、奴隷探しに精を出している。

 その客観的事実は、会長として、今すべきことであるのかと再考していた。


 執事が馬車を降り、彼に手を貸す。

 目の前には、馬小屋の如き。

 明確に劣悪な環境。


 彼らは泥の中に金がある可能性も考えている。

 そのため、このような場所にも足を運んでいる。

 彼らは内心に不安を抱いていた。



+++



「いらっしゃい、おぉ……シューライト様! ささ、どうぞこちらへ」


 彼らは店主の後を進む。

 その内心、感心していた。

 本日5件目に訪れたこの店は、儲かっているわけではないのだろう。

 外観・内観、それらから判断できる。


 この店の小さな、本当に小さな庭先。

 そこに咲いていた花は、ヒェリンと呼ばれる薬草のもの。

 それはとても安価であり、一般に広く扱われている。

 しかし、それすらも自給しようというのだろう。

 節制を、それも最小限の労力で行おうというのだ、彼の、店主に対する印象はとても良かった。

 

 執事も感心していた。

 彼は、この場は店主一人で管理している事、隅々まで清掃が行き届いている事に気づく。

 この店主は、香も焚いている。

 モモリウという花の匂いだ。

 

 決して強烈なにおいで誤魔化そうというのではなく、もてなそうという気でそれを行っているのだ。

 店主に対する執事の印象も、また悪くなかった。


「本日は、お越しいただいて、とても、感謝しております」

「素早い対応に感謝する」

「いえいえ……この場に連れてまいります。しばしばお待ちを」



+++



「こちらの男の子はいかがでしょう?」

「ほう……」


 店主の連れてきた奴隷は、今まで見た奴隷の中で最も幼かった。

 平均的な身長である店主の半分程度の背丈しかない。


「この奴隷は」


……ぇぇ…………ぇぇぇぇ……


「む?」

「あっ、いえ……」


びぇぇぇええぇぇぇ!!!


 店内に泣き声が響き、同時に店主の顔が青ざめる。


「し、失礼いたしましたっ!」

「よい。急に訪ねてきたのは私達だ」

「す、すぐ泣き止ませてきますっ!」


 店主は裏へと駆ける。

 それを見送る執事の目は、優しい。


「そういえば、お前の孫ももうすぐであったな」

「はい。再来月の予定となっております」

「そうか」


 シューライトは、ハンゼンがその鉄仮面の下で、滾る喜びを抑えつけていることを知ってる。

 そもそもハンゼンは子煩悩な男であり、シューライトに引き抜かれる際にも、子を最優先にすると宣言ほどである。

 

 二人がしばらく待機していると、店主が戻ってきた。

 シューライトは、店主の疲労感を感じ取っていた。


「育児は大変か」

「へ……? え、ええ……何しろ、今日突然だったものでして……」

「ん? もしや、お前の子ではないのか?」

「はい……今朝、店前に置かれていました……」


 シューライトとハンゼンに目をやる。

 表情には出さないが、シューライトとの会話で子のことを思い出していたため、内心では憤りが沸き起こっていた。


「……ふむ。その子を連れてこい」

「へ!? い、いいのですか?」

「まずは見てからだ」


 店主が頭を下げながら、再び奥へと向かっていった。

 それを見ながら、シューライトは周辺国の近況を思い出していた。

 シューライト、また彼の経営する『アンドリュー商会』は国を跨って展開しているため、各地の責任者から地域の状況が集まってくる。

 しかし、彼の頭の中では、周辺国において内戦や内政により、難民が増えたといった情報はなかったため、元々存在していた難民か、そこで生まれた者だろうと予想していた。


「す、すみません……」


 申し訳なさを表情や姿勢で顕わしながら、店主は籠を抱いてきた。

 その中には、布に包まれた幼児が、自身の指を咥えながら眠っている。

 頭髪はまだ産毛、覗く腕に擦り傷などないことから、良い環境で育ったか、はいはいを行えないことを推測し、シューライトは生後半年未満であろうと予想を立てた。


「その子が……」

「はい……置いていった人の姿も見ることが出来ず……」

「少し抱かせてもらおう」

「ど、どうぞ……」


 シューライトは店主から子を受け取り、見下ろすようにその目を見た。

 受け渡しの際の振動によるものだろうか、閉じられていた目がゆっくりと開いていき、シューライトの顔を捉える。

 シューライトは品定めの目を崩さないが、一方で、赤子はシューライトの顔に触れようと笑いながら手を伸ばしている。


「生涯雇用はいくらだ」

「……いただけません」

「何?」


 店主はシューライトの言葉に一度体が竦んだものの、真っすぐにシューライトの目を見返す。


「その子は、まだ奴隷手続きが取っておりませんし、ここの商品ではありません」

「ふむ。では、売らないと?」

「いえ。もしよろしければ、その子を引き取っていただけませんか」


 店主は、一瞬、赤子に視線を移した後、再び真正面からシューライトの瞳と向き合う。


「私の店は、ここしばらく、奴隷達が買われておらず、現状、奴隷の在庫を増やす考えがございません。そのため、素養など未知数の子供を迎え入れるだけの環境がございません。ですので……よろしかったら、引き取っていただけませんか」


 店主は、机にぶつける勢いで頭を下げた。

 彼は、ここで育てられるよりも、シューライト達に育てられた方が、この子のためになると考えている。

 そのことを、シューライトとハンゼンは承知した。


「了解した。では、手続きや人物確認などはこちらで行ってもよいか」

「はい。よろしくお願いします」


 再び、店主は頭を下げた。

 それを見て、シューライトはあることを思いつく。


「他の奴隷を見せてくれ。全部だ」

「へ……? は、はい!」


 店主は立ち上がり、待機している奴隷たちの所へ急いだ。

 その後、シューライトは店主と、数日後に『アンドリュー商会』の採用担当者が訪問する約束を交わし、その奴隷商を去った。



+++



 国民管理局に向かう馬車の中で、シューライトは赤子を抱いていた。

 腕の中の子は、現在眠っており、その寝顔をシューライトとハンゼンは眺めていた。


「……レニャン族の子ではないか?」

「確かに特徴は一致しているようにも見えますが……」


 浅黒い肌に翠の瞳と髪を持つ者は限られている。

 浅黒い肌を持つという点では、ヤヨイ湖周辺で生活していると言われているギギナム族や東方のピエッロ山脈の高山地帯に暮らすウィウ族なども当てはまる。

 しかし、浅黒い肌に翠の瞳と聞いて、真っ先に思い出されるのは、やはりレニャン族であった。


 かの民族は、独自の言語や数式などを使用する、優れた身体能力はあらゆる獣を圧倒した、独自の呪術を使い侵略者を滅ぼしたなど、多くの伝承が残る民族であり、あらゆる民族の先導者とであったが、数百年前に滅んだとされている。

 その言語、数式、滅亡の理由などレニャン族が直接記したとされる記録について、ほぼ解明が進んでいない。しかし、他の民族によって記録されていた部分は広く伝わっていた。


「まだ、存続していたのか……?」

「……わかりませんな」


 馬車が国民管理局前で停止する。

 すべての国民の名前や血縁の情報が集積されている国民管理局において、赤子の名前を示し、既定の手続きを取る必要がある。


 しかし、今回の場合は、予定されていた奴隷商を通す生涯雇用ではなく、養子縁組であるため、元来行うはずであった一部の認定を省略することが出来る。

 シューライトは子を職員へ渡すと、ハンゼンと共に備え付けの腰掛に身を預けた。

 

「あの子でよろしかったのですか?」

「ああ。勘だがな」


 ハンゼンは、主の『勘』を信用している。

 それらは自身の主であるから、という妄信的な信用ではなく、過去の経験による合理的な信用であった。

 シューライトも、自身の『勘』については、絶対の自信を置いている。

 彼は、その第六感ともいえる『勘』を主軸に行動することが多く、今までもそれにより失敗を逃れたことがいくつもあった。

 そのため、その『勘』が少しでも鈍ったと感じた時、全ての事業を継がせようと考えていたが、『勘』が衰える気配はない。 

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