第2話 奴隷商

「これほどか……」


 シューライトは、要件を緩和して再び検討したが、やはり後継者として十分とは思えなかった。

 そして、彼は、執事のハンゼンが提案した、奴隷の生涯雇用について思い出していた。


 奴隷の生涯雇用とは、その実、養子と類似しているが、一切実父母との関係が失われるという点で異なっている。

 一度、生涯雇用が決定されれば、被雇用者はその名の通り生涯において雇用主の血縁として扱われる。仮に、その後、実父母が雇用の解除を願ったとしても、雇用主の許可を得る必要があるうえ、養育可能性というものを審査される。

 被雇用者が既に成人していた場合、扶養必要性が失われているとの判断がなされ、実父母が親権を取り戻すことは不可能となる。


 一方で、雇用主側は、新たな血縁として迎えているため、当然、虐待などが発覚すれば、罪に問われる。また、被雇用者が重大犯罪を犯した場合、血族責任を問われる可能性もある。


 養子よりも強く、血族として迎えるのが奴隷の生涯雇用となる。

 そのため、その契約を結ぼうとする人間は少ない。

 王族や貴族は、真の意味で『血』を重要視しているため、血族として公的には認められるとはいえ、利用することはない。

 農民は、自身の老後のために契約を結ぶこともあるが、環境が劣悪であったりした場合に、被雇用者が雇用主自身に損害を与える可能性が高まると考え、これもまた、慎重にならざる負えない。他人であった被雇用者のせいで、首を括る可能性もあるためだ。


 シューライトは、深く息を吐き出す。

 机の上のコーヒーは既に冷めていた。



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「シューライト様」

「うむ」


 シューライトはハットを被り、出掛ける準備をしている。執事もそれに従い、扉の前で待機していた。

 これから、彼らは数件の家を巡る。

 候補者として面接を行う旨は伝えてあったためだ。


 しかし、シューライトは既に諦観を持っていた。

 彼にとって、定めた条件は、最低条件。

 それらを満たしたうえで、後継者としてふさわしい資質を見たいと考えていたが、候補者の時点で、期待以下であった。

 これから向かい合う人間が、候補者として名前もあがらぬ人間たちが、期待に沿うとは思わなかった。

 そして、その予想は裏切られることはなかった。



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「いかがなさいますか」


 執務室。

 ハットを掛け、シューライトは腰を下ろした。

 最後の用紙を折り畳み、籠に入れた。


「……ハンゼンの案を採用する」

「畏まりました」


 ハンゼンは国内の奴隷商に対し、通達を放つ。

 個人規模のものから団体による組織規模のものまで、全ての奴隷商に対して。

 それらは噂となり、国内に広がる。


 悪魔に魂を売った商売人が奴隷を欲していると。


 奴隷商を営む者達にとっては、噂など耳に入らない。

 なぜならば、今が正念場。

 今存在している在庫の奴隷の点検を行う者、新たな奴隷を探す者、他国の支店から移動させようとする者。

 どうか自分の店から買ってくれ、と。


 噂は巡る。

 その過程、内容を大きく変える。


 あの『シューライト』が奴隷を欲している。

 あの『シューライト』は奴隷を探している。

 誰かの物となった奴隷を探している。

 目当ての奴隷を誰かに奪われ、報復をしようとしている。

 どこかの家の子供を奴隷にしようとしている。


 事実と関係なく、噂は広がり、国中に伝わった。



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 数日の後、シューライトとその執事は、一つ目の奴隷商を訪問した。


「よくぞいらっしゃいました、シューライト様」


 物腰の低い、細身の男が出迎えた。

 このように頬がこけていたりと、見た目の影響は大きい。

 同情心から商品を買う層も存在している。

 そういう意味で、これも営業努力ではある。

 商品である奴隷が痩せていても、健康的であってもメリットがある。

 

 内へと入ると、中には数人の奴隷が立っていた。

 肉付きも良く、管理状態が良いことが窺える。

 身につけている物も、一般人と遜色ない。


「いかがでしょう」

「この中で味覚試験の1級合格者はいるか」

「申し訳ありません」

「では、この中で最も年少の者は」

「彼になります」


 手を引かれ、一人の獣人が列から一歩近づく。


「歳は14。ロチ鍛冶屋にて見習いをさせております」


 シューライトは腕を組み直し、目を閉じた。

 この奴隷商では、13歳から30歳のみの働き盛りの奴隷を中心に扱っている。

 このような形態の奴隷商は多い。

 確かに、その範囲外の奴隷を要求されることもあるが、かなり稀であり、その小さな需要のために在庫を仕入れていては、小規模では採算が取れにくい。


「今回は見送らせてもらう」

「……畏まりました。またのお越しをお待ちしております」



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「シューライト様、そろそろお時間です」


 46件目の奴隷商から馬車に戻ったところで、ハンゼンはシューライトに声をかけた。


「そうだな。商会に戻るとしよう」


 ハンゼンはその言葉を聞き、御者に伝える。


 彼らが訪れた奴隷商の中で、最年少の奴隷は10歳の少女だった。

 奴隷の中に味覚試験の1級合格者はおらず、彼女も例に漏れなかったが、年齢的には将来性を見込める人材である。

 ハンゼンは、これより先に彼女より幼い者がいないのであるなら、シューライトに推薦しようと考えていた。


 しかし、そこでシューライトの悪癖が出る。

 彼は、自身を優秀だと考えていない。

 彼にできたことは、彼にできたことに近いことは、誰にでもできることであると、無意識の内に考えてしまう。

 彼女と同じ年齢であった時、果たして自分はどうであったか。

 彼は環境が与える影響も織り込み済みだ。

 そのうえで、自分ならもっとうまくやるはずであると。



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「ん、なんだ忙しい時に……」


 月が山影に沈む頃、街外れの奴隷商、その扉が叩かれた。

 その店舗の主人は対応しようか迷った。

 なぜならば、今は、あの『シューライト』を出迎える準備の最中であり、普段は開いていない時間である。

 

 昨日、『シューライト』はいくつかの奴隷商を回ったとの情報を得ていた。

 自身の店に訪れなかったが、しかし、どの店からも奴隷を買い取ったとの話は出てこなかった。

 つまり、お目当ての奴隷は見つからなかったのである。

 それならば、まだここから買い取る可能性もあると、準備をしていた。


 しかし、すぐに思い直す。


 『シューライト』が探している奴隷は、年齢の低い奴隷であるとの情報も得ていた。

 もとより、客足の少ない店である。

 『シューライト』の求めている奴隷がいたとして、その奴隷を欲しいという人間が今訪ねてくる可能性は極僅かである。

 そう考え、店主は扉を開ける。


「いらっしゃい、まだ速いですが――」


 そこには誰も存在していなかった。

 どこぞの悪ガキの仕業かと腹を立てた瞬間、異物が視界の端に映っていることに気づく。

 店主の足元、布で巻かれたソレは、小さく、しかし確かに脈動していた。

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