第36話 ストーム その2

 ストームが低い体勢で一直線に駆け始めた。

 目標はやはりベルベットか。彼女は小屋まであと半分というところまで来ている。

 そうはさせじと、彼を追うものの悔しいことにあちらの方が速い。

 だけど、必死に追いすがったからか、何とか彼の背に届くところまで追いつく。

 ストームは一歩目からトップスピードに乗るのが速いのだ。最高速は俺の方に軍配が上がるらしい。

 戦いではどちらが有利なのかは火を見るよりも明らかだけどな。

 元々、彼の方が戦いに特化した身体能力を備えていることなんて分かっていたので、特に驚きはしない。

 むしろ、追いつけたことに少し驚いている。

 

「俺は走るのが遅いんだ」

「助かった。一気に行かせてもらうぞ。超筋力力こそパワー、そしてエイミング!」


 懐からナイフを取り出す。

 方向はどこだっていい。走る手を止めず、適当にナイフを放り投げた。

 対するストームはどうだ?


「流水」


 ボソリとそれだけを呟き、額の前に手の平をやり、そのまま速度を落とさず駆ける。

 だろうな。だが。

 元々、これで決まるとは微塵たりとも思っちゃいないぜ。

 よっし、ストームを追い越し、ベルベットの前に立つことができた。

 と、同時にナイフがストームの額に掲げた手に当たる。

 ナイフ自体は受け止められた。しかし、ナイフから出る衝撃波に僅かだがストームの体が浮く。

 殆どは流水で無効化されたようだけど、彼の足を止めることができた。

 

「斬月!」


 畳みかけるように攻撃を繰り出す。

 振り抜いた刀から三日月型の剣圧が発され、ストームに向かう。

 ここで超敏捷の効果が切れた。

 対するストームは、膝で体重を支え、そのまま軟体動物のように地面に後ろ頭が付かんばかりに体を折る。

 マジかよ。あえて腰辺りを狙った三日月が回避されてしまった。


「シャドウ・サーバント」

「ファイア・バレット」


 両手で複雑な印を組みながらストームが呟く。と、共に彼の体がブレた。

 二重になったように見えるストームに対し、俺の本能が警笛を鳴らす。

 こいつはヤバい、と。

 そんな彼の言葉と重なるようにして、ハールーンの魔法が飛んで来る。

 伸び上がるように体を起こしたストームは、振り子のようにそのまま体を前に倒していく。

 前転宙返りするようにして、俺の頭上を飛び越えた彼は左右のソード・ブレーカーを引き抜いた。

 

「な、なんて動きだよ!」


 宙で体を反転させたストームはベルベットの頭上から両のソード・ブレーカーを振るう。

 対する俺は無理な体勢で体を思いっきり後ろに捻り、刀でソード・ブレーカーを払おうと動く。

 

 ドオオオン!

 助かったか。その時、ハールーンの放ったファイア・バレットがストームの顔面にぶち当たる。

 大したダメージを与えないかもしれないが、これで彼の動きが……止まらねえ!

 体のブレが無くなっただけで、ソード・ブレーカーは正確にベルベットの首元を狙いすましている。

 キイイン。

 何とか右のソード・ブレーカーは弾いた。

 

「ベルベットおおお!」

 

 彼女の名を叫ぶも、ベルベットはアクロバティックなストームの動きに棒立ちになったままだ。

 間に合わない!

 ストームの左のソードブレーカーがベルベットの首元へ吸い込まれ――。

 

 ぽよよん。

 ベルベットの胸元から飛び出したスライムが、ストームのソード・ブレーカーを受け止め、弾いた。

 

「走る。私は走る。走る、走る」


 ベルベットはスライムに感謝を述べることもなく、不気味に呟きながら再び駆け始める。

 忘れないように呟いているんだろうけど、あれじゃあ危ない人じゃないか。

 ……いや、彼女なりに溶けた脳みそを補う涙ぐましい努力……だよな。走るのだ。ベルベット。

 俺が、俺たちがストームを止める。

 

 地面に着地したストームに対し、下からすくい上げるように刀を振るうが軽く躱されてしまう。


「やるじゃないか。シャドウ・サーバントはしっかりトレースしたか?」

「余裕が無かった」

「俺は、俺の意思に反して君のスペシャルムーブをトレースしたぞ」


 ソード・ブレーカーを鞘に納めたストームが腕をクロスさせる。

 この隙だらけの仕草は……。

 いや、単純にこれだけで終わらないのがストームだ。

 彼の動きを見ろ、そのまんま全て記憶トレースしてみせる。

 

「新たに得たこいつを試してみるとしよう。超筋力力こそパワー

「やはり、か。超筋力力こそパワー

「シャドウ・サーバント」

「シャドウ・サーバント」


 ぐ、ぐううう。

 シャドウ・サーバントのSP消費量が半端ないな。

 超敏捷の倍ほど消耗する。いくらSPを鍛えてきたとはいえ、もう何度スペシャルムーブを使っていると思ってんだ。

 そろそろ、キツイ。

 だがまだだ。ようやくベルベットが小屋の中に入った。あと半分、粘り切る。

 

 シャドウ・サーバントが発動し、ストームと俺の体がブレ、二重に重なったようになった。

 く……彼はまだスペシャルムーブを重ねるのか!

 

「斬月!」

「斬月!」


 ストームが両のソード・ブレーカーを小屋に向けて振るう。

 斬月が放たれた後、ブレた影も同じように斬月を。

 こ、これがシャドウ・サーバントの真の力か。あの時、ファイア・バレットが無ければ今頃ベルベットの首が飛んでいた。

 シャドウ・サーバントは攻防一体のスペシャルムーブと予想する。

 敵の攻撃を受けたら影が消え、攻撃を無効化し、攻撃する場合は影も動きを真似るんじゃいか。

 俺も負けじと彼の動きを阻止するよう斬月で……間に合わない。

 

「ならば、エイミング!」


 エイミングを付与してから刀を振るう。

 二つの斬月が放たれ、一直線にストームの放った斬月へ向かっていった。

 俺の斬月がぐんとスピードを増し、ストームの斬月と打ち消し合う。

 ここで俺はストームがストームなりにコズミックフォージにあがらっているんじゃないかと、気づく。

 

 わざわざシャドウ・サーバントを見せる流れに持っていったんだ。俺にシャドウ・サーバントを見せ、トレースさせた。

 これが活路になるか分からないけど、彼は彼なりに戦っているんだ。対象は俺じゃあない。

 十全の動きじゃないってのに、これだけ強いのかよ。嫌になってくるぜ。

 

 小屋を狙ったのも彼なりの抵抗か。ベルベットもろともになるが、ひょっとしたらコズミックフォージごと破壊できるかもしれない。

 ベルベットを攻撃する体を止められないのなら、小屋ごとと彼女が小屋に入ったタイミングを狙ったんじゃないかな。

 

「はあはあ……」

「息が上がってきているぞ。まだあの女は小屋から出てきていないというのに」

「問題ない。俺には強い味方がいる」

「トランスファー。ファイア・バレットより君の魔力を優先する」

 

 おおおおお。SPがみるみるうちに回復していく。

 ハールーンが俺にSPを送ってくれている間、彼女は魔法を使うことができない。

 俺がSPを伸ばしたのは、彼女が魔法を常に使える状態を保つため。

 彼女も戦うと言ったから。俺の継戦能力を高めようと思ったわけさ。

 

 さあ、仕切り直しだ。ストーム。

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