第35話 ストーム その1

「来たか。ウィレム」

「コズミックフォージを必ず破壊する」


 ふむと鼻を鳴らしたストームが、ニヤリと口元を歪ませる。

 彼からしたらひと時の時間も経過していないのだが、俺たちの持つ雰囲気を感じ取ったのだろう。

 高々と宣言した俺たちに対し、ストームは右手をあげ口を開く。


「その意気だ。線の中に入れば、俺がどうなるのか伝えておく」

「助かる」

「全力で君たちを排除しようとする。俺の意思に関わらずにな」

「意思とは裏腹に体が最適を、か。コズミックフォージの奴、とことん嫌らしい」

「悔やんでもどうしようもない問題だ。それと、ウィレム。いや、語るよりは……コズミックフォージの箱の傍にある羊皮紙もついでに持っていけ。馬鹿らしい『真実』がある」


 苦々しい顔でストームが吐き捨てるようにそう言った。

 彼や千鳥が作られた理由も記載されているのかな。迷宮の原因に興味がないと言えば噓になる。

 しかし、彼の顔を見る限り、碌でもない理由なんだろうな……。気が滅入るよ。

 

「もう一つ、教えて欲しい」

「何でも聞いてくれ。俺からも一つ、先に言っておく。赤い線の中に入った者だけが俺の攻撃対象になる」

「遠距離なら問題ないという事か」

「そうだな。だが、たちの悪いことに俺のSPは無限に近い」

「SP?」

「スペシャルムーブを使う時に消費する精神力とでも言えばいいか。君の時代では一般的な言葉じゃなくなっているのか?」

「俺が知らなかっただけと思う」

「すまん。話の腰を折って。質問を聞こう」


 ストームは怖い位に友好的だ。

 自分を止めるためならば、何でも協力しようという姿勢に痛々しさを覚え、チクりと胸が痛む。

 それ以上に、コズミックフォージに対する怒りが湧いてくる。

 人としての意識を保ったまま、未来永劫、ここに閉じ込められるなんて、それも、自分を開放してくれる相手を倒さなきゃならないし、倒されなきゃならないなんて。

 悪夢というには生ぬるい。これは悪意に満ちたどす黒い何かだ。

 

「千鳥から見えなくする技術については、全て無効だと聞いた。それと、これは俺の予想なんだけど、ストームさん。あなたには精神に影響を及ぼす、スキル・魔法は全て効果を発揮しないんじゃないか?」

「その通りだ。これは、俺のもう一つのスキルが関わっている」

「二つのスキル持ち……聞いたことないぞ」

「俺も知っている限り、俺以外に一人くらいしかしらない。レア度SSSだってな。トレースに比べれば大したスキルじゃない。むしろ、有難くないスキルだよ」

「そうなのか。スキル名は聞かないことにするよ」

「そうしてくれ。とにかく、精神的なスキルはどんな強力なものでもきかない。カリスマやら魅了、全てだ」


 先に聞いておけよと言う話だが、ハールーンが必要ないって言うから。

 彼女の魔法選択の際に、彼女に尋ねたんだ。

 どんな魔法を選ぶんだって。

 彼女は攻撃魔法を選んだ。眠りや麻痺といった状態異常や、精神的な魔法はストームには効果がないからって。

 理由?

 ハールーンはくすりとして、「一人で護るのだから、スリープの魔法で寝たら番人にならないだろう」と。

 彼女の予想は正しかったわけだけど、念のためにストームに聞いておきたいと思って、尋ねたというわけだ。

 

 聞きたいことは全て聞いた。

 ハールーン、ベルベットと順に目をやり、頷き合う。

 

「遠慮なく、行かせてもらうぞ!」

「躊躇なく来い!」


 ストームに向け叫ぶ。


「ベルベット。走れ! 流水! そして、超敏捷速さこそ正義!」


 ベルベットの右脚が前に進もうと宙に浮いた状態で、止まった世界に突入する。

 ハールーンの動きも構えたまま停止していた。

 ストームはどうだ? 彼も同じく止まった世界には入って来ていない。俺と同じように超敏捷を使うのかと思ったが、こちらの方が速かった。

 

 赤い線を――超える。

 速度を落とさず、全速力でストームの間合いに入り、刀を彼の首に向け振るう。

 キイイン!

 

 ストームの右腕だけが動き、幅広のナイフのような武器で俺の刀を防いだ。

 ナイフにしては大振りで、片刃の武器だった。刃のない背側はギザギザいていて、刃物を引っかけることができるような作りになっている。

 こいつはソードブレーカーと呼ばれる武器だ。

 非常に頑丈な武器で、カテゴリーとしてはダガーと同じ近接武器になる。

 だが、ダガーより重く、取り回しも利かないことから使う人は少ない。

 なんの、まだ超敏捷の時間は残されている。

 返す刀で今度は反対側から刀を振るう。

 

 が、今度は左手に握りしめたもう一本のソードブレーカーで刀を受け止められてしまった。

 ここで超敏捷の効果が切れた。

 

「なるほど。超敏捷か。だが、どれだけ速くても護ることのできるスペシャルムーブがあることを君が知らぬわけがないだろう」

「そういうことか」

「パリィといってな。どんな体勢からでも勝手に体が動く」

「俺のディフレクトみたいなものか」


 刀を弾いたストームは、不意に体を沈み込ませる。

 な、セオリーと違い過ぎる動きに俺の気が一瞬逸れてしまった。

 そこへ、ストームの左のソードブレーカーが胸元に飛んでくる。

 ぐ、ぐう。

 

 こいつを躱すには上体を反らすしかない。

 間一髪で左のソードブレーカーを回避。

 俺もこのままやり過ごすなんてことはしない。体が後ろに泳ぎつつも、刀を前へ突き出す。

 たまたまだが、彼の喉元を突くような形になった。


「悪くない。だが、俺も君と同じように……流水」


 だが、一人呟いたストームは構うことなく右のソードブレーカーを振るう。

 さすがに体勢が崩れた俺にこの攻撃を回避することができず、肩口からまともに斬られてしまった。

 予めかけていた流水の効果で、この攻撃は無効化される。

 ストームはやはり強い。

 流水で俺の刀の攻撃は無効化されるとはいえ、躊躇なく自分の首元に飛んで来る刀に突っ込んでくるなんて。

 戦い慣れし過ぎている。スペシャルムーブの使い方が俺より数段上だ。

 

「援護するよ。ファイア・バレット」

 

 ハールーンだ。

 彼女の呪文に応じ、こぶし大の炎がストームに向けて飛来する。

 威力はないが、とにかく速い。それだけじゃなく、追尾性能がある攻撃魔法だとハールーンが言っていた。

 回避しても当たるぞ、ストーム。

 おっと、俺もこの動きに併せて刀を振るおう。

 

 対するストームは高く跳躍し、俺の刀を躱す。

 しかし、ぐううんと方向を変えた炎の塊ファイア・バレットが、ストームに襲い掛かる。

 

「エイミング」


 ストームが指先から小石を落とす。

 小石が不自然に動きを変え、炎の塊とぶつかった。

 小石と触れた炎の塊は小石を熱し、消失する。

 

 着地したストームはソードブレーカーを鞘にしまい、両手を上にあげた。

 この動き、嫌な予感がする。俺も追随しなければ!

 

超敏捷速さこそ正義!」

超敏捷速さこそ正義!」


 やはり、超敏捷だったか。

 狙いは分かる。俺じゃあない。

 必死に駆けるベルベットだろう。だが、俺も超敏捷の世界に入っているから、彼女の元へは行かせんぞ。

 しっかし、修行がうまく行ってよかったよ。

 スペシャルムーブを使いまくって、メディテーション瞑想で回復するということを繰り返してスペシャルムーブの連続使用回数を増やせないかと試してみたんだよ。

 自分を追い込むことで、ストームの言うところのSPが飛躍的に伸びたのだ。

 じゃなきゃ、もうスペシャルムーブの連続使用で倒れている。

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