第34話 よおっし行くぞー

「っつ」

「動きが変わってきました」

「そうかな」

「はいです」


 首元に触れた小太刀と呼ばれるナイフに似た武器をすっと引く千鳥。

 ひやりとした金属の感触に額から一筋の汗が流れ落ちた。

 千鳥と修行を開始して、体感時間にして既に三日が経過している。

 ここは時の停留所の中だけに、外の時間は動いていない。

 多少時間が過ぎようが構わないのだけど、それだけ妹を待たせる時間が短くなると思えば悪くはないか。

 

 一方、あぐらをかきてを膝の上に乗せた座禅と呼ばれる姿勢で瞑想していたハールーンがパチリと目を開く。

 

「千鳥の動きをトレースしないのかい?」

「俺とは戦闘スタイルが合わなさ過ぎる。ニンジャ? 動きは一朝一夕で何とかなるものじゃなさそうだ。余りに異質過ぎて」

「ふうん。君の戦闘スタイルなるものは僕には分からないけど、そのようなものかい?」

「まあ、そんなところ。俺は常人の動き以上のことはできない」


 ここに来た頃、剣士の動きを記憶していてそれを真似したよなあ。

 今覚えば、彼自身はいけ好かない奴ではあったけど、動き自体は基本に忠実なオーソドックスなものだったと思う。

 木登りから大木を駆けあがることができるようになって……と動きを鍛えてはきたが、千鳥のような動きをすることは無理だ。

 あれは幼き頃から長年に渡り、優れた師の元で修行を行った結果身につけたもの。

 たとえば、「縮地」と呼ばれる技法一つとってもトレースしたところで、ただ走っているだけになってしまった。

 縮地はトレースをしてもただ歩くだけ、走るだけになるのだが、千鳥がやると違う結果になる。

 いきなりトップスピードに乗って、あれよあれよという間に懐に入られている。視覚を狂わせているとのことだけど、理解できん。

 でも、確かに彼女の言うようにそう「見える」んだよね。

 

 さっき縮地で後ろに回り込まれ、体を捻ったところでいつの間にか前にいて首元に小太刀がという結果だった。

 

「千鳥、念のために聞くが」

「ストーム殿とスキル無しで戦ったら、十回やって十回は拙者の首が飛びます」

「そっか……。ストームさんも千鳥のような特殊な技術を使うのか?」

「いえ。使いません。我流です。ウィレム殿に近いんじゃないでしょうか。得物は異なりますが」


 愚問だったな。

 少なくとも千鳥の動きについていけないようでは、ストームと対峙しても一瞬で斬り伏せられるか。

 まともに戦おうとすることは諦めた方がいいかもしれん。

 なら、防御に徹し、俺がストームを引き付けている間にベルベットが戻るのを待つのが最善かねえ。

 でもなあ。

 

 ひっくり返ってぼりぼりとお腹をかいているベルベットへ目をやりため息が出る。

 アンデッドだったら寝ないんじゃなかったのかよ。

 暇だー暇だーと百回くらい繰り返した後、彼女はああして動かなくなった。

 もう体感時間で二日ほどあのままだ。

 

「千鳥、やり方を切り替えることにするよ。組み手の時間は半分に減らす」

「はいです。拙者をご用命の際はいつでも」


 千鳥は壁を背にちょこんと正座をして、膝の上に手を乗せる。

 小柄だからか、隅っこで座っていると小動物的な印象を受けた。

 

 よっし、俺は俺で新たな修行に入るとするか。

 体を動かすより、こちらの方が気が重い。

 うまくいくかは試してみてのお楽しみってな。

 

 ――体感時間にして七日後。

 未だ動かぬベルベットを蹴飛ばす。

 

「ぎえええええ」

「うわあ……ひどい悲鳴……」


 跳ね上がるようにして起き上がったベルベットは頬を俺の顔に引っ付けんばかりに肉薄してくる。

 スカートがずれ、パンツが見えたままで「きいいい」っと金切り声をあげながら、文句をたらす。

 

「起きたか?」

「起きたかじゃないわよおお。ちょっと、どこにヒロインを蹴っ飛ばすヒーローがいるってのよ」

「ヒロインなんていない。話はそれだけだ。行くぞ」

「こんな可愛いヒロインなんていないでしょお!」

「顔やスタイルはともかく、人って見た目じゃないんだよなと気が付かせてくれたのは君だ。分かったら行くぞ」

「行くぞってどこに?」

「ストームさんのところ以外にどこへ行くってんだよ」

「温泉とか、他にいろいろあるじゃないの? 見たいの? 見たいのよね、私の裸。ぎいいええええ」


 ベルベットの頭を掴み、ギリギリと締め上げる。

 腕を振り上げ、ぽいっと床に捨てた。

 寝たまま引きずって行った方が良かったかもしれない。

 しかし、起こしてしまったものは仕方ないので、このまま連れて行くか。

 うるさいのはこの際我慢しよう。彼女には活躍してもらわないといけないからな。

 

「千鳥、ありがとう。行ってくるよ」

「ご武運を」

「結局、君には一度も勝てなかったな」

「全力で戦えば、ウィレム殿が拙者に勝ちます。ストーム殿をよろしくお願いします」

「やれるだけやってみるさ」


 拳を打ち付けあい、千鳥に挑戦的な笑みを向ける。

 歩き始めると、ハールーンが俺に続く。

 

「ちょっとおお。何、いい雰囲気でお別れしてるのよ。私、まだここで倒れているのよ。王子様ー、王子様ーはやくー」

「うるせえ!」


 誠に遺憾ながら、千鳥に悪いのでベルベットの腕を掴み引っ張り上げた。

 ベルベットがそのまま抱き着いてこようとしたので、ヒラリと回避する。

 

 ◇◇◇

 

 列車に戻った俺たちは、影法師に先導されプラットフォームから降りる。

 相変わらずの夕焼け空が俺の頬を照らしていた。

 

「ハールーン。ベルベット。最終確認をしよう」

「うん」

「おうさ。何でもこーい」


 ベルベットがまともに戻ったような気がして少しだけホッとする。

 このまま、あっちの世界に行かぬようにだけしてくれよ。

 

「ハールーンは習得した魔法で、ストームを迎撃。赤い線の外からね」

「うん。ストームは近接攻撃しかできないと聞いたからね。安全なところからですまないけど」

「いや、牽制してくれるだけで楽になる」

「ウィレムは連携を気にしなくていい。僕が合わせる」


 ハールーンと俺の二人がかりでストームを押しとどめる。

 カギになるのはぼけーっとしていて涎が出てきそうなこいつだ。

 

「ベルベット?」

「聞いてた。私、バッチリ聞いてたよ」

「俺が最初に赤い線の中に踏み込む。したら、ベルベットは全力で小屋まで駆ける」

「そして、お宝をゲットしてハールーンちゃんの元に戻る、よね」

「おう。注意しろよ。三歩進んで、目的を忘れないようにな。できる、君なら覚えていれる。だから、大丈夫。いいな」

「何よお。そんなすぐに忘れるわけないじゃないの」


 どうだか。しかし、何度にもなるが、本作戦の肝はベルベットなんだ。

 ストームの攻撃が彼女に行かぬよう、俺が彼を抑えきる。

 

 手を前に差し出すと、ハールーンの小さな手が俺の手の甲に重なった。

 その上にベルベットが手のひらを乗せ、三人揃って「おー」と気合を入れる。

 

「よっし、行くぜ!」

「おー」

「うん。やれることはやった。後は実行するだけだね」


 ベルベットとハールーンを左右の手で握り、元の位置に戻るように願う。

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