第33話 付き合って欲しい
「ね、ねね。千鳥ちゃん」
「はいです」
「ストームさんにアタックしなかったの?」
「そ、そんな逢引など……。ストーム殿は拙者と一緒に水浴びしようなんて屈託のない笑顔を向けてくるんですよ」
「それなら、いっそ、ばーんと脱いじゃえば……むぐう」
「ベルベットは黙ってろ!」
ベルベットの口を両手で塞ぎ、そのまま真後ろに投げ捨てる。
人の恋路に手を出すのは楽しいよな。分からんでもないが、今はやめてくれ!
「すまんな。
「い、いえ」
後ろでうつ伏せに倒れてパンツ丸出しのベルベットに顎を向け、千鳥に謝罪する。
彼女は真っ赤になりながらも、許してくれた。
「話を続けてもらえるか? ストームさんのこと、教えて欲しい」
「はいです」
千鳥はパタパタと自分の頬を扇ぎながら、語り始める。
最初は火照ったまま恥ずかし気にストームの人となりを語っていたが、彼の戦闘能力に話が映ると途端に真剣な眼差しに変わった。
彼の持つスキルは俺と同じ「トレース」とのこと。
しかし、思った通りスキルが同じだけで、それ以外の部分がまるで違う。
一番驚いたのは、彼に対しては魔法だろうが能力だろうが、シャドウ・ドラゴンのような持って生まれた能力だろうが、姿を消しても無駄だという事。
「見えない、匂いもしない、体温も隠すとなったらどうやって気配を感じとるんだ?」
「拙者も何度も聞きましたが、『野生の勘』としか。『分かるんだ』とストーム殿は言っていましたが。無茶苦茶です」
「どんな鍛え方をしたらそうなるんだ……」
「森で修行をしたとは言っておりましたが。四六時中、寝ている時であってもモンスターが襲ってくる環境だったそうです」
「熟練冒険者でもそんな生活をしたら、死ぬ。無茶苦茶過ぎる修行だぞ」
「ストーム殿ですから」
真顔でそう言われてしまうと何も言えなくなるな。
ストームと親しかった者はみんな口を揃えて同じことを言っていたのかも。そんな想像をすると少し笑えてきた。
「君と同じスキルを持つ者か。君の戦い方を熟知しているはずだね」
「そうだな」
数百年、いや、千年以上の時を経て、トレーススキルを持つ者同士が出会う。
これもコズミックフォージが演出したものかもしれない。
本当に余計なことしかしないコズミックフォージにふつふつと怒りがわいてくる。
「ウィレム殿? 拙者まだ何も喋っておりませんが」
「あ、すまん。ハールーン、姿を」
「うん」
ヴァーミリオン・ミラージュを解除したのか、千鳥の目線がハールーンに向く。
そうだった。彼女の姿を認識できるのはストームくらいのものだ。
影法師は俺が何を喋っていても気にしないから、ハールーンの姿が他の人に見えていないことを全く意識していなかった。
「となると、ストームさんも多くのスペシャルムーブを使いこなすんだな」
「多数使うことができます。ですが、拙者がストーム殿の戦闘を見ている限り、それほど多くの技は使っておりませんでした」
「ふむ……俺の考えもあながち間違えじゃなかったってことか」
「ウィレム殿の戦闘流儀は決して誤ったものではありませんです」
「俺の戦いを見ていないのに?」
「はいです。ストーム殿の元まで到達できるということは、そういうことです。拙者は隠遁があります故」
「隠遁! 会ったことはないけど、隠遁を使う人を知っている」
「そうでしたか。隠遁は拙者の『ニンジュツ』か『投げナイフ』のどちらかで習得できるスペシャルムーブです」
千鳥がどのルートでストームの元まで辿り着いたのかは分からないけど、隠遁を使うことができるのなら無駄な戦闘を避けることができる。
だけど、シャドウ・ドラゴンはどうしたんだろ?
聞くまでもないか。彼女はシャドウ・ドラゴンを倒したはず。
隠遁を使い、シャドウ・ドラゴンを倒すことのできる個人戦闘能力を持つとなれば、並みの相手じゃ太刀打ちできないな。
俺も
「ストームさんは千鳥の隠遁を無効化してしまうから、千鳥じゃ相手をするのが難しかったのかな?」
「たとえ見えなくても、ストーム殿にはかないません。拙者はストーム殿と対峙した瞬間、自分が何なのか分かったのです。ですので、戦いはしてません」
「そういや、そんなことを言っていたな」
「はいです。拙者もまたコズミックフォージに作られた偽物なのです。ストーム殿と違って、死の記憶を持っていませんでした故、気づくのが遅くなったのです」
ん。ええと。あ、そうか。
ポンと手を打ち、千鳥の言わんとしていることを察する。
ストームは死んだ時の記憶を持ち、コズミックフォージによって再生された。
対する千鳥は生きている途中までの記憶を持ったまま、コズミックフォージの迷宮に投げ込まれた感じかな。
だから、気が付かなかった。しかし、ストームと出会い、時系列の違いから自分もまたストームと同じと分かったんだ。
それを聞くと、俺ももしかしたらコズミックフォージに作られたのかもと不安になってきた。
俺の様子に気が付いたのか、ハールーンが俺の腰辺りをポンと叩き苦笑する。
「君は違うさ。あの場所に出て来ただろう? あの場所に出て来る者は『外から呼ばれた人』だよ。少なくともこれまではね」
「ハールーンが言うならそうなんだろうな」
俺とハールーンの様子に千鳥がふわっとした笑顔を浮かべた。
自分より年下に見える彼女に微笑ましそうな顔で見られるのは微妙な気持ちになるな。
「ストーム殿のよく使うスペシャルムーブを伝えます」
「ありがとう」
「ストーム殿の本質はスペシャルムーブじゃあありません故、ご注意を」
「分かっているさ。十分、分かっているさ」
スペシャルムーブを複数使うようになって、ありありと感じている。
結局は自分の基礎能力と経験がものを言うってね。
手の打ちが分かっても、どうしようもならない力の差は埋めることなんてできない。
だけどな、何度も繰り返しになるが俺の目的はストームに勝つことではない。コズミックフォージを手に入れることなのだから。
「千鳥、付き合ってくれ」
「え、拙者とですか?」
「うん。千鳥じゃないと」
「そ、そう言われましても。拙者は亡霊みたいなものですし、い、いえ。ウィレム殿が魅力的じゃないと言っているわけではありません」
「そっちの付き合うじゃない。修行に付き合って欲しいってことだよ」
「はいです。喜んで」
ハールーンも新しい魔法を習得できるよう修練を行うと言っていたし、俺も俺でストームのことを知る千鳥と立ち会うことで何かを掴みたい。
俺はまともな思考能力を持った実力者と戦ったことがないからさ。
超敏捷と超筋力を使った二体は元実力者だっただろうけど、判断力が無くなっていた。彼らは実力の十分の一も出せぬままだっただろう。
俺には圧倒的に強者と戦う経験が足りない。
そこを千鳥で補いたいという腹だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます