第30話 境界線

 当たりか。

 一発で目的地に到達するなんて思ってもいなかった。

 切り立った崖にできた細い細い道を進んで行くと、横穴があったんだ。

 横穴をくぐると広場になっていて、他と気配がまるで異なっていた。

 ひりひりとした濃密な死の気配が肌を刺すようで、「引け」と体が自然とこわばる。

 

「こいつは強烈だね」

「コズミックフォージの迷宮内で初だよな。こんないかにもな空気」

「そうだね。引くか行くか、愚問だったね」

「ここに何かがある。行かせまいとする強い意志を感じる。だから、ここだ」

「行こう行こうー、さあ行こうー」


 相変わらずだな、ベルベットは。

 この気配に動じる様子が微塵もない。いつも通りの足どりで右腕を振り上げ、ご機嫌な様子だ。

 

 3分も進まぬうちに、小屋があった。

 丸太を組み合わせ、とりあえず小屋に仕立てましたといった感じの雑なもので、痛みも酷い。

 小屋の前には涼やかな顔をした若い男が腕を組み立っていた。

 彼は睨むでもなく、笑うでもない、自然体そのものといった様子。

 

「その先にはまだ進むな。見えるか、赤い線が」

「どういうことだ?」


 男の言う通り、1メートル先に真っ直ぐに引かれた赤い線がある。

 屋根に塗るような塗料かな。ベタっと途切れることなく壁から壁まで赤い線が引かれていた。

 

「よくぞここまで到達した。君ならば、コズミックフォージを手にすることができるはずだ」

「コズミックフォージがあるのか?」

「あるとも。ここだ。この先にコズミックフォージがある」

「あなたがコズミックフォージの今の持ち主なのか?」

「違う」


 男が首を振り、参ったと言わんばかりに両手を上にあげる。

 涼やかだった精悍な顔を曇らせながら。

 

「俺はコズミックフォージを破壊したい」

「そう願い、ここに訪れることができたのは、君で二人目だ。一つだけ忠告しよう。『破壊したい』と願わぬようにしろよ」

「は、はは。確かに。コズミックフォージを頂いてもよいのか?」

「是非とも持っていってくれと言いたいところだが、まだ、足りないんじゃないか?」

「足りない?」

「そうさ。君の実力が、だ。今だとまだ万に一つの可能性もない」

「一体何を……」

「進むな!」


 喋るうちについつい男の声を聞くために、進んでしまったようだ。

 足元に赤い線が来るまでににじり寄っていたらしい。

 男の強い静止の声に対し、二歩後ろに下がる。

 

「赤い線が俺と君たちの境界線だ。その先に進むと、やらねばならなくなる」

「だから、何をだ」

「君たちを本気で攻撃しなければならなくなるんだ。線の外に出れば、止まることができるが」

「あなたはコズミックフォージの番人なのか?」

 

 苦笑する男は自嘲するように言葉を返した。


「番犬さ。全く、生き返ったのか何が起こったのか分からんが、俺はずっとここに縛り付けられている。俺は亡霊だ。過去に生きていた俺と今の俺は全く異なる存在のはず」

「コズミックフォージが過去のあなたを元に作り出したとか?」

「そんなところだ。死ぬことも食事をすることもない。俺には自分が死んだ時の記憶がある。見た目の歳だって若い時のものになっているしな」

「かつてのあなたの名前を教えてもらえるか?」

「それが俺を打倒する助けとなるなら。喜んで。俺は『ストーム』と呼ばれた者の偽物だ」


 ストーム。

 どこかで聞いたことのあるような。

 ハールーンかベルベットのどちらかが知らないかなと左右に目をやる。

 ハールーンは彼女にしては珍しく大きな目を思いっきり見開き、口元に手を当てていた。

 ベルベットに至っては失礼にも指をさして「あー、あー」とか言っている。ほんといい加減にしろよ、こいつ。

 

「古竜を相手にするより厄介だね」

「ストームってあのストームよね」

「他にストームがいたかい? コズミックフォージが幻影を作り守護させる者となれば、魔王を討伐したあのストーム以外に有り得ない」

「伝説のトリックスター。たった一人で災禍の根源たる魔王を倒しせしめた」


 二人で盛り上がっているところ申し訳ないが、まるで分からん。

 トントンと指先でベルベットの肩をつっつく。

 こんな場面だというのに何を勘違いしたのか抱き着いてこようとしたので、頭を掴み地面に向け放り投げた。

 

「マイペース過ぎるだろ」

「大丈夫、大丈夫よ。だってその赤い線から先に進まなきゃ、ストームさんは手を出してこないんでしょ」

「まあ、ストームさんは好戦的な人には見えない。あの場にいるのも不本意だろうし」

「だから大丈夫なのよお。分かった? じゃあ、失礼して」


 再びベルベットの頭を掴み、放り投げる。

 懲りなさ過ぎだろ。

 聞く相手を間違えたようだ。

 

「君も何かと苦労しているようだな。できることなら、素通りしてもらいたい。だが、できないんだ。すまん」

「あなたの忠告は心からのものだと分かっている。どうすりゃいいか、考えるよ」

「かつての戦士たちを頼るのも一つの手だ。君のスキルなら、大きな助けになるはずだ」

「俺のスキルを知っていて、あ、あの時の声はストームさんだったんだな」

「そうだ。奥に水晶球みたいなものがあってな。そこから見える。まあ、暇で暇で仕方のない日々に対し、コズミックフォージが与えたものだろうけどな」

「戦士たちとやらを探してみることにするよ」

「願えばいい。君は一度行っているだろう? 一度行けば、二度目は願うだけで行くことができる」

「時の……」

「おっと、その先は仲間二人の手を握ってからだ」


 右手をあげ俺を静止するストーム。

 ふむ。ベルベットの手を握るのは……ちょっとアレだがおいておくのも、いや、いいんじゃないか。

 あの場所なら時間が経過しないし。ハールーンだけ連れていけばいい。

 

「おいていこうとしたでしょおお」

「え? いや、そんなことはないさ。ハールーン。俺の手を」

「うん」

「そうはいくもんですかあああ!」

「うお、何すんだこいつ!」


 ジャンプしたベルベットが俺の首に両手でしがみついてきた。

 め、めんどくせえ。

 

「願う。時の停留所へ行くことを」


 呟くと同時に視界が切り替わる。

 

 ◇◇◇

 

 忘れもしない。この風景を。

 動かぬ夕焼け空に停留所と呼ばれる建物。敷かれたレール。

 あの時のまま、変わらぬ様子に怖気を覚えた。

 夕焼けは一日の終わりに僅かばかりの時間、街を照らすから美しいと思えるのだ。

 永遠に続く夕焼けの中、ずっと空を眺めていたら……ゾッとする。

 ここにはある種の狂気があり、永遠に動かぬ時とはそういうものだと二度目になって明確に意識した。

 

「この空間はよくない」

「そうー? 綺麗じゃないー。あははは」


 ハールーンとベルベットは正反対の反応を見せる。


「待っていれば、そのうち案内人が来る。それまでの間、ストームのことについて聞かせてもらえるか?」

「僕の知っていることなら、聞かせよう」

「助かる」

「えー、私はー?」

「しばらく夕焼けでも眺めておいてくれ」


 ベルベットが絡むと話がややこしくなるからな。

 先にハールーンから話を聞いて、その後でいいだろ。 

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