第29話 気の向くまま

「エイミング!」


 力一杯ナイフを投擲する。

 対する飛竜までの距離は遠い。俺の筋力だとギリギリナイフが届くか届かないかといったところ。

 勢いよく飛来していたナイフが相手まで半ばほどの距離で急速に速度を落とす。

 ところが、ここでエイミングの力が加わり、ナイフがぐんと速度を増し、投擲直後より速いくらいになる。

 ぐうううんっと物理的に有り得ない弧を描き飛竜の額にナイフが突き刺さった。

 

『グガアアアアア』


 飛竜の絶叫が響き渡り、空から落ちてくる。

 落ちた衝撃で長い首が折れ、飛竜が動かぬ躯と化す。

 

「これで三体目か」

「飛竜はね」

「他にもいたな、そういや」

「角竜とか名前を付けてたね。確か」

「そうそう。それ。美味しかった」


 一本角の竜がいてな。翼が小さくて空を飛べないタイプだった。

 四つ足で走る獣に似た竜で、巨体の割に俊敏に動く。

 鱗が硬く、下手な攻撃だと全部弾いてしまうほど。結局、超筋力のかまいたちで真っ二つにした。

 茶色の鱗に太く短い手足と、ゴツゴツして美味しくないのかなと思ったが、これがもう鱗こそ固いが肉質は柔らかくジューシーで……。

 と、肉に話はこの辺でいいか。

 気になったのは、肉じゃあなくて竜の谷の異質さだ。

 

「ハールーン、ついでにベルベット。魔獣の森に比べて竜の谷ってどうだ?」

「どうだと言われても。何を言おうとしているのか何となく察することはできるけど」

「すまん。妙だと思わないか? あくまで俺の感じた気配だけの推測だけど」

「魔獣の森に比べ、生物量が遥かに少ない。これは間違いないね」

「そうそれ。おかしくないか? 食べるものが少ないのに、巨体を誇る竜がわんさかいる」

「そうだね。僕たちがいるから、という可能性もあるけど」


 確かに。その線もあったか。

 魔獣の森は小さな虫から小動物、大小のモンスターまで多くの生物が所狭しとひしめいていた。

 一方で竜の谷はというと、相変わらずの草木一本ない赤茶けた大地が広がっているだけで生物の気配が殆どない。

 たまに小さなトカゲが地面の隙間に潜っていく姿を見たけど、その程度なんだ。

 極まれにサボテンのようなトゲトゲした多肉植物が生えてはいる。

 それなのに、竜たちは皆巨体でシャドウ・ドラゴンを仕留めてから一度食事を取っただけだってのに、これでもう四体目ときたものだ。

 来訪者たる俺たちの気配を感じて、わざわざ襲い掛かりにきている……ってのもなくはないけど。


「それはねえ。うーん。どうしよっかなー」


 ハールーンと考察をしていたら、ベルベットが体をくねくねさせて絡んでくる。

 不気味だけど、下手に突っ込むと面倒なことになるから何も言わずにおくとしよう。

 

「竜が全部アンデッドだから食事が必要ないってオチはなしだぞ」

「まさかそんなことを言うわけないでしょー」


 と言いつつも目が泳いでいるぞ。

 一方でハールーンは何か察したようにポンと手を打つ。

 

「なるほど。そういうことか」

「でしょでしょー。ハールーンちゃんも分かっちゃったー?」

「君からウィレムに説明するかい?」

「うーん。でもお。ウィレムはハールーンちゃんから聞きたいようだしー」


 うぜえ。あと、絶対に察してないだろ、こいつ。

 無視だ。無視だ。触れてはいけない。長くなる。自分が何を考えていたのか忘れてしまうからな。

 

「どういうことだ? ハールーン」

「そうだね。先に極端な例としてアンデッドのことから考察していこうか」

「うん。アンデッドって飲まず食わずで動き続けるよな。寿命もなく破壊されるまで永遠と動き続ける」

「生きている死んでいるということは複雑になるから、置いておこう。動くためには何が必要なのか。僕たちならどうだい?」

「食事をして活力を得る。食べないといずれ動けなくなるよな」

「その通り。アンデッドも動くために活力は必要なことは変わらないんじゃないかい?」

「言われてみれば、確かに」

「なら、アンデッドはどうやって活力を得ているのだろうか」


 おもしろい命題だ。

 そっか。ハールーンがアンデッドからと言った意味が分かった。

 奴らは飲み食いしない。となれば、体と触れているところから何らかの活力を得なきゃならない。

 空気から? アンデッドは呼吸をしない。

 ただの空気じゃあなくて、空気中にあるものから得ている。


「そうか。魔力を得て動いているのか」

「ご名答。竜も似たようなものなんじゃないかな。この辺りは魔力が薄い。だけど、濃密な場所もあるのではと思う」

「竜を支え切れるほどの魔力が竜の谷にはあるってことか」

「『谷』の意味が異なったね」

「うまいこと言うなあ。確かにな」

「あははは。今思いついただけだけどね」


 水は高いところから低いところに移動する。

 山が高い場所で、谷が低い場所だ。

 彼女は魔力を水にたとえ、魔力の溜まる低い場所を谷と表現した。

 

「分かったかね。ウィレムくん」

「はいはい。分かりました、分かりました」


 したり顔で両手を腰に当て俺を見上げてくるベルベット。

 それに対し、適当に手を振りあしらう俺。


「なにそれー」

「そうだ。つかぬ事を聞くが、リッチってアンデッドの一種だよな」

「そうよー。生き返りたーい」

「絶対にそれをコズミックフォージに願うなよ」

「分かってるもん。私、そこまで頭が緩くないもん」


 緩いよ。

 俺の知っている者の中で、ダントツトップで頭のネジが緩んでる。

 どうやったらここまで緩むんだろうと考えた結果、ある答えに辿り着いた。

 開く扉を想像してみて欲しい。

 扉を支えているのは釘とネジだ。開け閉めを繰り返すことで、最後は釘でもネジでも外れてしまうか、朽ちて折れてしまう。

 つまり、1000年の年月が彼女の頭のネジを緩め、完全にどうしようもない状態にしてしまったというわけだ。

 時の流れは残酷なものだな。

 会いたいとは思わないけど、かつての彼女はここまでじゃなかったはず。

 

「っと。また話が逸れただろ」

「ウィレムが勝手に逸らしたんじゃないのー」

「まあいい。アンデッドはさ。魔力を吸収して活力に変えているわけだろ」

「そうよそうよお。たぶん」

「不安になってきた。日常的に意識して取り込んでいるなら、魔力の密度とかそんなのも敏感に感じ取れるんじゃないかって」

「うん。いけるいける。私、ビンビンだし」

「ハールーンの方が適任かもしれんな」

「何言っているのよお。あっち、ほら、あっちの方が魔力が濃い。濃厚よ」


 ぐいぐいと俺の腕を引くベルベットに思わず苦笑する。


「まあいいんじゃないかな。魔力のより濃い場所の方が、次のエリアへの可能性がありそうだ」

「何かしら目指すものがないと動けないし、丁度いいか」


 ハールーンと頷き合い、ベルベットの気の向くままに進むことにしたのだった。

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