第28話 見えた
<よく見ろ。必ず見えるはずだ>
「誰だ?」
「私はここよー。ウィレム」
ベルベットよ。さすがにそれはないだろ。
俺が抱っこしているのだから、俺が君に「誰だ」なんて呼びかけるはずがない。
どうも暴帝竜の時に響いた声とは別人のようだな。口調も異なるし、今度の声は「俺に向けている」。
前のは何というか書物に書かれた文章が声になったような、そんな感じだったから。
しかし、「見ろ」と言われても見えないものは見えない。
ベルベットのように熱感知? というものは人間には備えていない器官だからなあ。
それにしても、ベルベットって蛇みたいだな。
「何か嫌らしいことでも考えていたでしょ。お尻に触ったー」
「くだらないことを言う前に、俺の視界は何とかならんかな?」
「うーん。いい事思いついちゃった」
「おお。頼む」
「これよ。ウィレム。『考えるより感じろ』よ。私、とっても良い事を言った!」
「霧の魔法を維持しながら、何とか搾りだしてくれ」
「ごめんね、ウィレム。私、リッチだから絞っても……むぐう」
口を両手で塞いでやった。リッチだけに呼吸をしていないから、平気だろ。
……ともかく。
霧の魔法で相手に気が付かれないのはいいが、ベルベットはともかく俺は何もできん。
よく見ろ、必ず見えるはずだ。
先ほど頭に響いた言葉を反芻する。
ベルベットじゃないけど、「考えるより、感じろ」ってことを言いたいのか。
「ベルベット。もし気付かれたら指示をくれ」
「もちろんよー。でも、私の魔法、なかなかいけてるしー」
まだ何かのたまっているベルベットにはこのまま喋らせておいて、その場で腰を下ろす。
あぐらをかいた膝の上に彼女がちょこんと座った。
彼女の魔法の範囲に入るためには、体が触れていないといけないわけだから、まあこのままでいいか。
「コオオオオ」
小刻みに腹から息を吐きだし、目を瞑る。
殺気……というものなのか、動物の息遣いやカサリと草が揺れる音、後ろに立たれたら気配を感じる……それらは目で相手の姿を見ずともそこにいることが分かるじゃないか。。
同じこと。
できることを当たり前のようにやるだけだ。
地面に触れている足は肌で地面を感じとることができる。
ベルベットのひんやりとした感触。
触覚だけじゃない。匂い、音、熱、空気……広げていけ、自分の感じとることができる世界を狭めるな。
自然に考えるではなく、感じ取れ。
ピクリと空気が動いた。
二足か。歩幅からして、俺より遥かに巨大な生物だな。
人型ではない。鳥……いや、竜だろうか。
翼の揺らめきを感じる。
気配を捕えたところで懐のナイフを握り、ベルベットに向け声をかけた。
「敵の動きをよく見ておいて欲しい」
「どうしたのー? ぶっそうなもの取り出しちゃって」
「攻撃する。なので、俺を一旦、霧の魔法の対象から外してくれ」
「え、ええ。見えないんでしょ」
「だな。考えるより感じろだろ」
「そうそうー。ちょっとお。好戦的過ぎるでしょー」
「まあ見てなって」
腕を振り、狙う先はそうだな翼の付け根辺りか?
恐らく敵の大きさは五メートルほど。顔の位置と翼の動きから判断し……。
シュン。
風を切る音と共に、ナイフが一直線に奔り、宙でカランと音を立て何かに弾かれ地に落ちる。
次の瞬間――。
『グガアアアアア』
凄まじい咆哮と共に視界に真っ黒の鱗を持つ竜が現れた。
予想したのに近い形状だな。
二本足で直立する竜は長い翼を持ち、鋭いかぎ爪のついた前脚に大きな口を備えていた。
目だけが赤色だからか、ついそちらに目線が行く。
「姿を現したな」
『コゥオオオオ』
襲い掛かって来るでもなく、不自然な動作をする漆黒の竜。
なるほど。ならば。
その動き、
「
お、おお。
一見すると何も変化がない。
黒い竜の姿はそのままだ。
「ウィレムの姿が。またどこかに転移したのかい?」
「ううん。そこにいるわよ。あつーい彼のと、い、きがそこに」
「熱感知かい? 視力ではとらえられなくなったね。竜の姿が消えたのも同じかな」
「たぶん。またあのチートを使ったのよー。術を一つ覚えるのにも、とってもとっても苦労するってのに。あのチートめえ」
ハールーンとベルベットのやり取りから察するに、俺の姿も消えているのか。
だけど、黒い竜の姿は俺の目に映っている。
奴も俺を真っ直ぐに見据えていることから、奴の目からも俺が見えているに違いない。
そうか。漆黒の竜はグラハムが冒険を断念した相手「
グラハムの隠遁とシャドウ・ドラゴンのステルスが出会った時、お互いの姿が見えるんだ。
だから、グラハムはここで捕捉され、ほうほうのていで逃げ帰った。
「グラハム。君の無念を今ここで晴らす。君の手記が無ければ、俺は最初の敵さえ倒すことができなかっただろう。君への感謝になるとは思えないが、せめて」
彼に哀悼の意を捧げながら、刀の柄に手を当てる。
対するシャドウ・ドラゴンは鋭い爪と尻尾を俺に向けた。
姿が見えないことがシャドウ・ドラゴンの強さであり、丸裸となった今、さしたる脅威ではない。
スケルタルドレイクと同じくらいの攻撃速度といったところか。
「
シャドウ・ドラゴンの尻尾をかいくぐり、かぎ爪は右に大きく踏み込みしゃがむようにして躱す。
勢いそのままに伸び上がるような動作で刀を下から上に振り上げた。
ズドオオオン。
轟音と共にかまいたちが迸り、シャドウドラゴンの首を落とす。
「ありがとう。グラハム。君が見ようとして見ることが出来なかった先に行かせてもらう。きっとこの先に希望があると信じて」
ドシーンとシャドウドラゴンの巨体が地面を叩く音が響く。
<やればできるじゃないか。それでこそだ>
「何者なんだ?」
<いずれ会えるさ。またな。少年>
「少年はないだろうに。もう少し歳を重ねているさ」
苦言を呈するものの、頭の中に響く声からの返答はなかった。
「ふう……」
「一段階、上の領域に足を踏み入れたようだね」
「なんとかな……でもまだ、達人と呼ばれる者たちの入り口にさえ立てていないと思う」
「謙遜だよ。少なくとも入門はしているさ」
「そうかな」
「そうとも」
ハールーンとはははと笑い合う。
そこへ、お約束とばかりにベルベットが割り込んできた。
「竜の谷へようこそー」
「何だよそれ」
「外した? 外しちゃった?」
「普通にむがーとか言って入ってきた方が良かったんじゃないか」
「そうかなー」
「ははは。竜の谷まで到達したんだな。俺たちは」
手記にあった最後のエリアは龍の谷である。
ここでシャドウドラゴンに遭遇したグラハムは、撤退することを決意。
その後、自分が踏破できるエリアを歩き、いつか誰かが攻略してくれることを願い手記を残した。
果たして何が待っているのか。ここにコズミックフォージの箱があれば大万歳なんだけどさ。
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