第27話 竜の谷

 道を進んでいたら、突如視界が霧に包まれてきたんだ。

 ベルベットの魔法に似たものだったけど、彼女は対象を自分だけに絞っているとのことで、俺には彼女の出す霧は見えないとのこと。

 となると、自然現象? 

 そんなわけないか。モンスターなのか、エリアの罠的なもののどちらかと思い、最大限の警戒を払おう。

 

「いかにもな雰囲気だけど……妖精ってどんな形をしているのだっけ」

「すまない。多くの知識を失っていて、ひょっとしたらこの霧をグラハムは『妖精』と表現した……は考え辛いね」

「俺のイメージだと、妖精って小人に羽が生えたような姿なのだけど」

「どうする? しばらく待つかい?」

 

 霧が何かの予兆だとすれば、待つか進むかどちらが正解とも言えない。

 ならば、答えは決まっている。

 

「進もう。霧が晴れ、この先がループしているのなら、振り返ってここまで戻ればいい」

「君らしい。留まるよりは前へ。君はずっとそうしてきた。座して待つなら進めとね」

「褒められたもんじゃないけどな。せっかちなだけだ」


 ハールーンと苦笑し合いつつ、霧に向け目を細める。

 歩きだそうとすると先んじてずかずかと大股でベルベットが進み始めた。

 

「何よもう、いつもいつもおお。その分かり合っちゃってる感」

「落ち着け。一人で先に進むと」

「ぎゃあああ」

「濁音はやめろ! もう少し叫びようがあるだろうが」


 ぎゃあとか蛙が潰れたような声を出されてもどう反応していいか困るだろ。

 どうやら、右のつま先を何かに引っかけたみたいだ。


「だって、だってええ。落とし穴なんて見えないでしょ。この霧じゃあ」

「単なる不注意だろ。そもそも、魔法で霧みたいなのを発生させてても、平気で走ってるじゃないか」

「あれ、知ってた?」

「人間と同じ視力なのか、そうでないのか」

「え? 聞きたい?」

「ごめん、正直余り興味がない。遊んでないで行こうか」


 何度目だよ。このセリフ。

 「何よおおお」とか叫ぶベルベットを華麗にスルーして先を急ぐ俺であった。

 あ、俺たちだな。ハールーンもいるからね。

 放置していても、ベルベットはできる子だ。ちゃんとついてくるさ。

 

 数分も進まないうちに変化があった。

 チカ――。

 何かが光った。

 チカチカ。

 そこらかしこで光っては消え、光っては消えとしている。

 相変わらず霧が深く、光の主が何なのかは分からない。

 といっても光は蛍の光ほど小さなものだ。色は蛍光グリーンではなく、暖かみのあるオレンジ色である。

 

 何だろう。この光は。

 手を伸ばそうとしたところで、ぐぐっと後向きに体重がかかる。

 

「不用意に手を伸ばすのが、君だが」

「ん?」


 いつの間にかハールーンが俺の腰に手を回していた。

 更には左腕に自分の腕を回し、肩に顔を寄せてくるベルベット。

 ハールーンはともかく、ベルベットは不気味だ。

 仕草よりも顔が。何だその……いや、彼女の名誉のためにもこれ以上語るまい。

 待てよ。よくよく考えてみりゃベルベットって普段からこんなだし今更か。

 

「また君は一人でどこかに行こうとするのかい?」

「またって」

「暴帝竜のブレスに包まれた時のことをもう忘れたかな」

「いや、まあ覚えているけど」


 ブレスに包まれた後、時の停留所へ転移した出来事はハールーンに伝えている。

 確かに言われてみれば、コズミックフォージの迷宮は思ってもみないことが平気で起こるよな。

 転移などお手の物。何がきっかけでどこに飛ばされるかなんて分かったもんじゃない。

 いかにもなものに触れる時は、全員で一緒ってわけだよな? ハールーン。

 

「しっかり俺を掴んでおいてくれよ」

「もちろんさ」

「はあい。だーりん」


 アイアンクローをしてベルベットを放り投げてやろうという衝動をすんでのところで押しとどめる。

 え、ええとなんだったか。

 そうだよ。光に触れるんだった。

 

 すっと手を伸ばすとあっさり光に触れることができたのだが――。

 

 ◇◇◇


「転移だったか」

「掴んでいて正解だったね」

「すまん。言ってくれてありがとうな」

「杞憂だったかもしれないけどね。ここは『このエリア』の入り口のようだから」

「つまり魔獣の森への入り口でもあるってことか」

 

 赤茶けた大地が視界一杯に広がっている。

 荒涼とした草木一つない風景は死者の大聖堂に似たところがあるものの、まるで別の空間なことは明白だ。

 死者の大聖堂は何というかアンデッドだらけだっただけに、こう気配が、うまく言えないな。もどかしい。

 こちらは違う。生物の息吹というかそんなものを感じとることができるのだ。

 

 それにしても大きな生物が見えるところにいないってのに、これほどの気配があるとは。

 相当強力なモンスターがいるのかもしれん。

 いや、そうじゃあないんじゃ……。

 暴帝竜以上のモンスターなんて、そうほいほい出て来るもんじゃないだろ。

 ここは、魔獣の森と異なり、視界を遮るものが何もない。丘があるから、丘の向こう側は見えないけど。

 丘の向こうだとしても俺が暴帝竜の気配を感じ取れた距離より、はるかに離れている。

 

「ウィレムー」

「ぬおお。ここで発情するんじゃねえ」


 腕にしなだれかかっていたベルベットが俺の胸に飛び込んできた。

 勢いが良すぎて、その場でペタンと尻餅をついてしまう。


「そうじゃないわよおお。さすがの私でもバラバラになりそうなところで、そんな気分にならないわよおお」

「その割に張り付いて、押し倒し……え!」


 ベルベットにのしかかられ、頭が地面についた。

 そこで、右手側の地面に亀裂が入る。

 

「見えないの? そっか。ウィレムは熱感知できないのね」

「できるわけないだろ! 何か魔法で俺に見えるようにできないか?」

「危ない!」


 ゴロンとベルベットと一緒に地面を転がった。


「と、とりあえず。俺も霧の魔法の中に入れてくれ」

「うん。魔法を唱えてなかったわ。あはは」

「マジかよ! 危ないから常に唱えておけって言っただろ!」

「ハールーンちゃんはちゃんと魔法で隠れているわよー。首を前にさげてー」

「っつ」


 髪の毛に何かがかすったぞ。


「おっけーよ。私を抱っこして、右手方向に走るのだー」

「あいよ」


 言われた通り、ベルベットを抱えあげ全力で走る。

 超敏捷を使ってもよかったのだけど、彼女が認識できない方が危険度が高いと判断した。

 ここに見えない敵がいることは確実だ。

 もし、その相手が翅刃の黒豹のようなモンスターだったとしたらどうする?

 こちらのスピードに合わせて襲ってきたら、ベルベットが見えないのでそのままあの世逝きだぞ。

 現時点で超スピードを使っていないなら、使うことができる可能性は低いけど、警戒するにこしたことはないだろ。

 

 

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