第26話 迷いの森
「魔獣の森は迷いの森なんじゃないかってことだ」
「迷いの森?」
「そう。丸い球を想像してみてくれ。進んでも元の位置に戻るよな」
「うんうん」
「だけど、正解の道を通った時のみ他のエリアに進むことができるんじゃないかって予想している」
ベルベットが合点がいったとばかりに、ポンと手を叩く。
魔獣の森が球体のようなエリアであるとすれば、説明がつく。
真っ直ぐ進んで元の位置に戻る。しかしところどころに「出口」があって、他のエリアへ進むことができるんじゃないかって。
俺たちは大聖堂から魔獣の森に入った。あの時のように、他のエリアへの道があるとしたら、球体から抜け出ることができる。
じゃあ、どこから出ることができるんだって話なんだけど、目立つ場所なんじゃないかってさ。
根拠は? と聞かれると困るんだけど、大聖堂から出た時は大通りだっただろ?
じゃあ、そのまま大通りを進めばひょっとしたら、って安易な考えに過ぎないのだけど。
ダメならダメでまた元の道に戻る。
「んんー。でも、ぐるるんと回るわけよね」
「あくまで推測だけどな」
「大通りを進んだらさ。ぐるんと来たら、大聖堂の入り口に出ない?」
「お。確かに。だったら、正解の可能性が高くなったな」
「私、いい事言った? 褒めていいわよ」
「えらいえらいぞー。ベルベット」
わしゃわしゃーと彼女の頭を撫でる。
にまにまと笑顔を浮かべていた彼女だったが、「こらああ」と俺の手を払いのける。
「犬や猫じゃないんだから!」
「すまんすまん」
ベルベットのくれたヒントを何で思いつかなかったんだと頭をかく。
ループして戻って来るんだったら、必ず「大聖堂への出口」にぶち当たるだろ。
真っ直ぐいって大聖堂に戻れば、まあそれはそれで。
迷宮の構造的に「前のエリアに戻す」という可能性が低いんじゃないかと思う。
だったら、大通りを進むことが正解の可能性が高いんじゃないかってね。
もちろん、推測の域は出ない。
「進んでみないことには何とも言えないね」
「だな。行こうか」
「えいえいおー」
ハールーンの言葉に俺とベルベットが続く。
◇◇◇
大通りを進みながら、すっかり伝え忘れていたことを思い出す。
時の停留所での出来事を彼女らに言ってなかったんだよね。
ベルベットはともかく、ハールーンは興味深そうに俺の話を聞いてくれた。
「ふむ。コズミックフォージは願いを叶える箱か。となれば、願った者が迷宮の中にいる」
「生きているか死んでいるか分からないけどな」
「そうだね。迷宮だけが残っているのかもしれない。だけど、コズミックフォージは迷宮のどこかにあるはずだよ」
「うん。今もこうしてコズミックフォージの力が行使されているから、どこかしらにはあると思う」
喋りながらも最大限の警戒を払っている。
いつでも刀を抜けるよう柄に手を当て、一定の速度で歩く。
「おっと、腹を空かせたモンスターが来たようだな」
「今度は何かな」
シュルシュルと地を這い一息に襲い掛かってきたのは、蛇型のモンスターだった。
口を開けば俺たちを丸のみできるほどに巨大だ。
しかし、何の策もなしに一直線に進んでくるような相手は俺たちの敵ではない。
記憶した動作を
「
刀を引き抜き、開いた蛇の口を下から上に振るう。
空気が震え、かまいたちとなり蛇を真っ二つに切り裂いた。
「蛇は食べられるんだっけ」
「毒があっても、焼けば大丈夫なんじゃないかな」
「ふむ」
肉はここに来るまで結構な量を手に入れている。
持ち運ぶ量に限りがあるから、今のところイノシシ型の肉だけで事足りてはいるのだが。
蛇を引きずっていけるほどの力がありゃいいんだけど、とてもじゃないけど無理だ。
これを餌にできれば、暴帝竜に遭遇しても安全に脱出できるんだけど。
「ウィレムー。持っていくの?」
「うーん。この場で食べるならともかく、ここでキャンプはさすがにな」
「ほおい。あ、この蛇皮だったら革鎧にできそうだけど、やっとく?」
「俺は特に要らんな。鎧を着るよりは、服のまま軽い方が生存率が高い」
ベルベットのせっかくの申し出だけど、正直、さして鎧に意味がないんだよな。
苦戦する相手は一撃喰らえばそのままあの世逝きだから……。酷いところだよ、ほんと。
しかし、何を勘違いしたのか、ベルベットが胸を反らし腰に手を当て変なポーズを取る。
「ほー。私もナイスバディ見せ見せだしー。一緒だね」
「一緒にするな!」
彼女に向けしっしと手を振ると、今度はハールーンに絡みだす。
「ハールーンちゃんは?」
「必要ない。僕は敵に補足されないことに特化しているからね」
「わかったー」
「それに。君の作ってくれたこの服、気に入っているんだ。だから、変えたくないってのが本音だよ」
「きゃー。可愛い事言ってくれるじゃないのお。なでなでしてあげる」
「必要ない」
ハールーン。本心からベルベットに向けて言っているのかもしれないけど、そいつは悪手だ。
変に褒めると彼女はすぐに舞い上がって。
追いすがるベルベットに対し、ハールーンは俺の後ろに回り込むことで回避する。
俺? 俺はだな。ベルベットの頭をぐわしと掴みアイアンクローをしてみた。
「ぎゃあああ」
「そういや、痛みは感じるのか?」
「めんごめんご、正直、リッチなもんで」
「そっか。すまん」
「いいのよお。もうびんびん感じちゃうからー」
やっぱり相手をするんじゃなかったよ!
彼女の頭を掴んだまま、左に体を捻り思いっきり手を振るう。
「ほおれ」
「あーれーえええー」
すぽーんと一メートルほど宙を舞い、尻餅をつくベルベット。
「遊びもこの辺で、行くぞ」
「あいあいさー」
ベルベットの手を掴み、引っ張り上げる。
懲りずに抱きついてこようとした彼女をヒラリ……とはせず抱きしめる。
「え、ええ。私の時代きた?」
「すまん。流石にやり過ぎた」
ポンポンと背中を叩き、すぐに体を離す。
しっかし、ベルベットって彼女の話が真実だとしたら、高名な魔法使いだったんだよな?
こんな調子でまともに研究とかできたのか激しく疑問が浮かぶ。
「なあに? 私のこと考えてた?」
「まあ、そうだな……ははは」
「何その顔? 心の中で私を辱めていたんでしょおお」
「辱めではなく恥ずかしめだな」
「ひどーい」
「ベルベットは、いや、いい。無事脱出できたら、で」
「きゃ、告白かしら。いやーん」
追及はよそう。
ダメだこらという気持ちしか湧いてこねえ。
最初に会った時はここまでじゃなかったんだけどなあ……1000年間まともに会話できないと人はここまで変質してしまうものなのか。
恐ろしい……。
俺は心中で彼女に向け哀悼の意を捧げたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます