第31話 英雄

 英雄ストームは凄まじい経歴の持ち主だった。

 彼の屋敷には竜の牙をはじめとした数々の戦利品が無造作に置かれていたという。

 彼には宿命のライバルと呼ばれる相手がいて、彼もまた伝説になっている。

 「収納」と呼ばれるスキルを持った規格外のライバルに対し、ストームは数々のスペシャルムーブを駆使して戦いを制した。

 この後、彼と共闘して災禍に挑む。

 災禍とは魔王の誕生だった。魔王は自然現象の一種で、長い年月をかけ淀んだ魔素が集まり魔王となる。

 魔王は人の姿をしていることもあれば竜の姿をしていることもあるらしい。

 誕生したらひたすらに知性のある生物を抹殺し続ける厄介な存在だという。実力も折り紙付きで、熟練の冒険者が束になってかかっても歯が立たなかった。

 そこへ、ストームと彼のライバルがさっそうと登場し、ライバルが周囲のモンスターを抑えている間にストームが魔王を討伐したんだと。

 

 ベルベットが誕生する300年ほど前のお話しなんだってさ。

 その時ハールーンはまだ修行中で、魔王に対し何ら手段を講じることができなかったと苦笑する。

 

「ん、ストームの持つスキルって俺と似たスキルなのかな?」

「僕の予想だと君と同じ『トレース』か『バトルマスター』のどちらかだと思うよ」

「バトルマスター?」

「僕は戦士の事に余り詳しくないんだけど。武器スキル持ちはそれぞれスペシャルムーブを使う事ができるんだよね? 君はそれをトレースし使うことができる」

「うん。スマッシュとかは代表的な武器スキルだな。エイミングもそう」

「バトルマスターは武器スキル全てのスペシャルムーブを習得できると聞くよ」

「そいつは、やべえな」


 バトルマスターは武器スキル全てのスペシャルムーブを習得できるってのは、副次的な効果に過ぎない。

 このスキルの真価はどの武器に対しても適正があること。

 武器スキル持ちは、魔法と同じでスキル無しに比べ修練に対する武器の扱う能力の伸びが倍以上違う。

 トレーススキルの助けで剣を振ったから、俺はスキル無しに比べて剣の上達が遥かに速かった。

 だけど、スキル持ちなら俺の努力なんて比べものにならないくらい上達が速いのだ。

 バトルマスターはどの武器を使っても、スキル持ちと同じなんだろ。

 接近戦用にナイフ、剣。先制できる槍に遠距離から放つ弓……。更にはそれに伴うスペシャルムーブ。

 トレーススキルでスペシャルムーブを使えるようになって実感したよ。

 なんのかんので、モノを言うのは武器を扱う力だってね。

 これまで俺がモンスターを倒してこれたのも、大木の下で剣を振り続けたからだ。

 身体能力を鍛え上げることなしに、敵の攻撃を躱すことなんてできない。

 基礎的な力があってこそ、スペシャルムーブも生きる。


「そうかい? 君のトレーススキルの方が便利だと思うけどね。武器に限らず覚えることができるんだろう? モンスターの技も使っていたじゃないか」

ステルス影は影の中にとかはそうだな」

「ストームがどちらなのかはこの際どっちでもいいんじゃないかな」

「まあ、そうだな」


 ストームが俺と同じように複数のスペシャルムーブを使いこなす。

 俺と違うところは、スペシャルムーブ以外の全て。

 踏んだ場数が違う、基礎能力が違う、恐らくスペシャルムーブの連続使用にも耐える。

 

 彼はシャドウ・ドラゴンと俺の戦い、ひょっとしたらそれより前の戦いも「見ていた」んだろう。

 だから、彼は「万に一つの可能性もない」と言った。

 

「でもウィレム。僕たちは別に彼を打倒しなくたっていい」

 

 深刻な顔で悩む俺に向け、ハールーンがくすりと笑う。

 

「そっか。更に言えばストームには多くの制約がある」

「そうだね。制約というか彼が彼である間は友好的だと言った方がいいかな。つまり、赤い線を超えない限り、彼は何でも協力してくれる」

「いっそ、ストームにスペシャルムーブを見せてもらってトレースしてもいいな」

「それは要検討だね。君の『今後』のためにはトレースしておいた方がいいかもだけどね」


 ハールーンが言わんとしていることは分かる。

 策士策に溺れるならぬ、技に溺れる状態になってしまうってことだ。

 俺の手持ちの技はバランスがいい。何度も使っているからどれくらい消費するのかも把握している。

 防御技である「ディフレクト」に「流水」。一撃必殺の「超筋力」、組み合わせると強力な「エイミング」。

 多用している「超敏捷」に、ここだと余り役に立たないけど外に出たら使いどころも増えそうな「バインドボイス」もある。

 これだけあれば必要十分だ。

 

「ん。俺たちの勝利条件は小屋の中にあるコズミックフォージを取得し、赤い線の外に出ることだよな」

「その通り。だから、君はストームに勝つ必要はない。ベルベットがコズミックフォージを奪取して戻ってくればゴールだよ」

「ハールーンでもいいわけだろ?」

「僕よりベルベットの方が速いよ」


 いやいや、そういうことじゃなくて、だな。

 ヴァーミリオン・ミラージュがあるだろうに。敵に認識されない上に、万が一、流れ弾を喰らっても平気な超魔法がさ。

 そこでハッとなる。

 

「……ストームは見えていたよな? 彼は『仲間二人』の手を握って、と言った」

「ご名答。僕は常時ヴァーミリオン・ミラージュを使っている。声も姿も見えないはずなんだけどね」

「何で見えるのかは、この際どうでもいいか」

「まあそうだね。僕も何かできるようにここで修練を積みたい」

「そんなすぐに次の魔法を習得できるものなのか?」

「あと少しといったところかな。君との冒険で経験を積むことができたから」


 はははと笑顔を見せるハールーンに対し、どうしていいか分からず微妙にはにかんで肩をすくめてしまう。

 そこへ、ベルベットが割り込んできて「はーいはいはい」と俺とハールーンに向け両手を広げる。

 

「いちゃらぶはそこまでよ。ここからは私のターン。ストームのことだったわよね」

「もういいかな。だいたい分かったし」

「なんですってええ。私の出番は?」

「小屋までダッシュして、コズミックフォージらしき箱を取って赤い線の外まで出るゲームをしてもらう」

「首ちょんぱされたらどうするのよ」

「その時は俺かハールーンが拾ってくっつけるから。俺たちが生きていたらだけど」

「のええええ。まあいいか。そもそも死んでるし私ー」

「軽いな、おい!」

「まあいいのさー。人生塞翁が馬よ。だから私、今を生きるのおお」

「お、来たな」


 抱き着いてこようとしたベルベットをヒラリと躱し、視界に入った帽子へ目を向ける。

 帽子から影が伸び、人型を取る。


「影法師。案内してもらえるか?」

「案内? 列車にかな?」

「戦士たちとやらに会いたい」

「列車を呼ぼう。プラットフォームに立っているといい」

「プラットフォーム?」

「そこの建物だ。私は汽笛を鳴らす」


 よくわからないが、言う通りにすれば戦士たちに会う事が出来るみたいだな。

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