第21話 じゃがじゃがー
小川の向こうは木々が生い茂っていたのだけど、薄くてほんの200メートルもいかないうちに荒涼とした灰色の大地に出る。
草木一本ないゴツゴツとした荒地で、周囲に俺たちを遮るものが一つたりともない。
こいつはよろしくないと思ったところでもう遅い。
幸い、ところどころに傾斜があり平坦とは程遠い地形をしていた。
窪みとか横穴とかがあるかもしれない。
大きな登り下りと足を取られそうになるほど小さな窪みというか穴、表面がすべすべしているところが多いが転がっている岩が鋭角的なものもチラホラと見受けられる。
「撒けたかな?」
「残念ながら私には野生の勘みたいなものはないのよ。だってえ、私はか弱い魔法使いなんだもの。きゃ」
「……魔法の維持だけしててくれ」
一旦立ち止まり、足音や物音がないか耳を澄ますことにした。
そう時を置かずハールーンが追いついてきて、大きな丸い目をこちらに向ける。
「動きが全く読めないね。巨体故にゆっくりと歩くだけでも、僕らの走る速度くらいにはなる」
「見てきたのか?」
「遠目にだけどね。手記に記載されているモンスターではないかもしれないよ。ドラゴンに似て非なる生物に見えた」
「ううむ。となれば表皮が硬そうだな」
「そうだね。スケルタルドレイク以上の耐久力も持っているかも」
「そうだ。ハールーン。動きが読めないというのはどういうことなんだ?」
「飢えている。だから、正常な判断ができない状態と言えばいいのかな。目に入るものを手当たり次第に捕食していた」
「うわあ……」
睨まれただけでストームバードが尻尾を撒いて逃走するような実力を持つ相手は、相当に凶暴らしい。
出会ったが最後、敵は捕食のために全力でこちらに襲い掛かって来るというわけか。
倒し切るか、隠れてやり過ごすか悩ましい。隠れたところで簡単に諦めてくれる相手だったらいいけど。
「食欲を満たしつつ、動いている。ストームバードが向かった方向にね」
「あの鳥、余程美味しいのかいな」
「さあ。僕らなんて小さな餌だから、別の方向に逃げれば遭遇することもないかもしれないね」
「どうすっか」
喋りながらもゆっくりと歩を進めている。行き先は変えていない。右方向そのままだ。
ゴツゴツした固い地面ばかりだと思っていたけど、この辺りは砂地なんだな。本当にいろんな地形がある。
砂地は森の柔らかな土と似て非なるものだ。どちらも力を込めると足が沈み込むのだが、砂地の場合は足をとられる。
注意しないと躓いてしまいそうだ。
ん、行く手の砂が動いた気がする。
いや、気のせいじゃない。
「まずい。何かの罠だ!」
「私の魔法でも感知されちゃった?」
「恐らく地面を踏むと反応するんじゃないか」
ベルベットを背中から降ろし、ムラクモの刀を引き抜く。
僅かに動いた砂は勢いを増し、ボコボコとそこらかしこで砂が盛り上がってきている。
「ハールーンは気が付かれてないか?」
「分からない。様子見だね」
ハールーンと会話を交わしている間にも盛り上がった砂からスポーンスポーンと丸い生物が飛び出し、地面に着地する。
何だこの生物は? モンスターの一種なんだろうか?
ジャガイモを知っているかな? シチューにすると美味しいんだけど、こいつの見た目はジャガイモが一番近い。
丸いジャガイモに蔓でできた足が生え、ぱかっとジャガイモ部分に口のような穴が開いた。
口のような穴を開いたり閉じたりし、中にはズラリと鋭い牙が見える。
あれで、この地を通った者を喰うのだろうか。
それにしても数が多い。
一体一体の大きさは直径1メートルほどでそこまで大きなモンスターではないのだけど、軽く見積もって三十は超える。
「ジャガイモの逆襲よおお。いつも食べられちゃうから、今度は俺たちが食べてやるーって」
「逃げようにも取り囲まれているし、っち」
同時に四方向から俺たちを齧ろうとジャンプしてきたジャガイモたち。
対する俺はベルベットを抱え上げ、大きく右に動き奴らを回避する。
「変なところを触っちゃダメよ」
「いいから静かにしてろ。ハールーンは認識されていないようだな」
ジャガイモたちは俺とベルベットをターゲットにしているようで、すぐ隣にいるハールーンには見向きもしない。
こうしている間にも再度食いついて来たし。雪崩を打って襲い掛かってこようとしている。
「よっしい。ここは私がひと肌脱いじゃおう。脱ぐとっても服を脱ぐわけじゃないんだから。勘違いしないでよね」
「多対一はあまり得意じゃないんだ。手伝ってくれるのなら助かる」
ベルベットを下ろし、ムラクモの刀を一閃し、一体を真っ二つにした。
「太くて大きいのを一発かますからー。しばらく護ってちょ」
「了解」
前だけを護っても護りきれないから注意しなければ。
ジャガイモらは四方八方から襲い掛かって来る。
その数、16体。
当初30程度だったジャガイモたちはまだまだ数を増やしている。
ムラクモの刀を鞘に納め、両手をあげトレーススキルを発動。
「
宙に浮いたままジャガイモらの動きが停止する。
この数を一息には超敏捷の効果時間内では無理だ。
よって……。当たりそうな奴だけ斬り捨てる!
刀を四度振ったところで、停止した時間が元に戻る。
残りのジャガイモたちは無事だったが、ジャガイモ同士でぶつかり地面にひっくり返った。
これで懲りたのか、次弾のジャガイモたちは四体に減る。
これなら何とかさばききれるぞ。
斬り捨てることではなく、凌ぐことに注力しベルベットに当たらぬよう彼女を死守する。
「準備完了よ。見せてやるわ。月の術の深淵ってやつを」
「前置きはいいからはやく!」
「情緒ってものがないわね。スターチェイサー、そして、弾けなさい。ムーンバースト」
ベルベットの頭上に光の鎖が出現しグルグルと高速で回転し始める。
繋がれていた一つ一つの鎖の輪が弾け、
次々とジャガイモが光のバレットに貫かれ、消し炭になっていく。
カンカンカン。
むむ。いくつかは弾かれてしまったのか?
硬い物にぶつかる音が遠くの方で響く。
「どんなもんじゃーい」
「おお。すっかり倒し切ったか。しかし、この術って高熱か何かなのか?」
「そうよ。星というものは熱いものなのよ。私のハートくらいに」
そ、そうか。
残ったのはぶすぶすと黒煙をあげるジャガイモだったものだけだった。
これじゃあ、食べることはできんな。
『グルウウアアアアア』
やれやれと肩を竦めたその時、今まで聞いた中で最も激しい咆哮が耳に届く。
この音で身体が完全に硬直する。
叫び声で思い出したが、俺、バインドボイスを記憶していたんだった。
さっきジャガイモらに使えばよかったな。
何て現実逃避している場合じゃねえ。こいつはやばい、とってもやばいぞ。
ジャガイモの群れを見つけ、ウキウキしてこちらまでやってきたんだろう。咆哮の主は。
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