第22話 こいつはやべえ

 確かにこいつはドラゴンと表現するには異質に過ぎる。

 何と言えばいいのか。竜とワニを掛け合わせた……いや違うな。

 ドラゴンの特徴は硬い鱗と翼に長い尻尾である。だけどこいつは赤銅色の鱗こそドラゴンに似ているが、翼は生えていない。

 引き締まった足と太い尻尾。短い前脚には爪を備えているものの、全身のバランスからすると前肢が短か過ぎて歪な感じがする。

 そうか、大きな頭と重たそうな巨大な牙が前の重さとして、後ろは太く長い尻尾の重さでバランスを取っているのかもしれん。

 全長は15メートルを優に超え、頭頂部から背中にかけて黒い稲妻のようなものがバチバチとしている。

 何だこいつは? 何なのだこの生物は。

 今まで感じたことのないような本能的な怖気を覚える。

 口から涎をダラダラ垂らし、涎が付着した地面からは煙があがっていた。

 

<コズミックフォージは完全で完璧だ。しかし、この生物だけは理解できぬ。転移の仕組みによる事故なのだろうか。この生物はこの世界の生物ではない。こんなものがいてはならない>

「誰だ!」


 頭の中に低い男の嘆く声が響く。

 呼びかけるも、俺の言葉など聞いちゃいないのか、声は勝手に自分の言いたいことをたれ流し続ける。


<暴竜。いや暴帝竜とでも名付けようか。異次元より出でた暴帝竜は飢えている。常に飢え続けている。魔力の奔流が水に合わないのだろう>

「どこから喋っている!」

「ウィレム。さっきから一体どうしたんだい? 君らしくもない。竜もどきは怒りに震えているように見える。もう爆発寸前というところだよ」


 ハールーンの声にハッとなった。

 謎の声に構っている暇などない! 今は目の前にいる暴帝竜なる禍々しいモンスターを何とかしなきゃならん。


「こいつは相当ヤバい。剣が通るかも分からん。ベルベットとハールーンはこいつから距離を取ってくれ。ひきつける」

「こんなのと相手をするの? ウィレム。無理よ。どれだけ無理と言ったら、そうね、無理よ。だから、逃亡よ」

「それでいい。ベルベット。あ、スライムは?」

「僕が連れている」


 ぷるるんとハールーンの懐から飛び出たスライムは俺の肩にちょこんと乗っかった。

 おいおい、「一緒に逃げてくれよ」との意思を込めてスライムをつんと指先で突っつくが、どうもこのスライム、俺の肩から離れんと主張している。

 ナイフの雨でも傷がつかなかった彼なら、俺よりは平気かもな。

 

『グルウウウアアアアア!』


 叫ぶと共に暴帝竜が右後脚を大きく振り上げ、思いっきり地面に叩きつけた。

 一瞬体が浮き上がり、奴の足もとの土がへこんでいるじゃないか。この場所は砂地だから、柔らかいとはいえ数十センチ以上、足が沈み込んでいるぞ。

 しかも、この衝撃……奴のパワーは規格外過ぎるだろ!

 超筋力なんて目じゃないぞ。

 俺たちと体格差があるとはいえ、スケルタルドレイクと同程度の大きさじゃないか。スケルタルドレイクはタフではあったが、常識外れのパワーは持っていなかった。

 内包する力がスケルタルドレイクと暴帝竜ではまるで異なる。


「早く!」

 

 叫びつつ、刀の柄にそっと手をかけた。

 いつでも引き抜けるように、やっと咆哮による体のシビレもとれてきたことだしな……。

 お手並み拝見といきますか。

 

 前へ踏み出し、暴帝竜との距離を一気に詰める。

 残り一メートル。

 刀を握り、まだだ。まだ抜かない。万が一の時は超敏捷かディフレクトで……いや、ディフレクトで相手の圧倒的なパワーを弾けるとは思えん。

 ディフレクトはどんな体勢でも一瞬にして防御体勢を取ってくれる優秀なスペシャルムーブだ。

 だけど、ディフレクトは受け止めるか受け流すことしかできない。

 極端な話、俺が遥か上空から落下してディフレクトを使って何とかしようとしても地面にぶつかる力を受け流すことはできないだろ?

 足踏みで地面が揺れるような相手の攻撃を受け流せば……数十メートル体が吹き飛ぶ。

 

 よっしそれはらこれでどうだ。巨体だけに細かい動作は得意じゃないだろ。

 奴の懐に潜り込む。

 小うるさい子虫に対し、奴は右後脚を少しだけ動かすがこの速度なら十分対応可能だ。

 対する俺は刀を抜き。奴の足元を斬りつけた。

 カアアアン。

 硬ってえええ。硬すぎる。刀が折れなくてよかった。手がジンジンする!

 

 一方の暴帝竜は無傷。俺の攻撃だと蚊に刺されたほどのダメージさえ入ってない。

 当たったことも分からないほどなんじゃないか?

 

「な……」


 違う。あいつが脚を動かしたのは俺を迎撃するためじゃなかった。

 そう。微妙に動かした脚を軸にして暴帝竜が尻尾を振り上げ、地面に叩きつけたのだ。

 ドオオオン。

 脚の時とは比べものにならないほど地面が揺れ、尻餅をついてしまった。

 そこへ奴が前脚を伸ばす。

 ぐ、ぐうう。刀を握っているので超敏捷を使うに間に合わん。

 一か八か! きっと、いける。

 

「流水!」


 刀を握ったまま両手をクロスさせる動作をトレース物まね。流水はスライムから読み取って記憶した動作だ。

 次の瞬間、暴帝竜の爪先が俺の腕にまともにぶち当たった。

 しかし、俺には何ら衝撃がなく、暴帝竜の脚もピタリと動きが止まる。

 

「助かったよ。スライム」


 肩にピタリと張り付いたスライムに感謝の言葉を述べつつも、立ち上がり暴帝竜と距離を取ることができた。

 スライムといえば、ぷるるんと震えているばかり。

 

「あれは今の僕らじゃ何ともできないね」

「ハールーン! まだいたのか?」

「いたよ。ウィレム。僕を抱えてもらえるかい? 途中でベルベットも回収してくれると助かる」

「分かった。何をしたいのかも分かった。ハールーンは平気か?」

「問題ないよ。魔力だけは以前のままだからね」


 よっし。

 ん、暴帝竜は追ってこようともしないな。

 それならそれで楽に逃走できるってものだが。


「ウィレム。急ぐんだ。魔力が竜もどきの口元に集まってきている」


 魔力の流れってものは俺に分からないけど、背中の黒い稲妻が膨れ上がってきているのが見て取れた。

 追うのではなく、一気にこっちを仕留めようって腹か。

 

超敏捷速さこそ正義!」


 奴が大きく口を開けた時、世界が停止する。

 暴帝竜の口元には凝縮された黒い稲妻が見えた。

 おっと、観察している場合ではない。

 ハールーンを抱っこして、くるりと暴帝竜から背を向ける。

 あと、三、二、一……。

 彼女を急ぎ下ろし、再度構える。

 

「ハールーン。俺に後ろからしがみついてくれ」

「分かった」

超敏捷速さこそ正義!」


 後ろから物凄い音が鳴り響いた時に再び停止した時間に突入した。

 ベルベットは、お、もうあんなところまで逃げていたのか。中々早いな。

 既に暴帝竜との距離は200メートルほど。

 丁度ベルベットのところまで来た時に、超敏捷の効果が切れた。

 

「ハアハア……」

「トランスファー」

「お、おおおお」

「感動している場合ではないよ。もう黒いブレスがくる」

「ベルベット。どこでもいいから俺にしがみつけ!」

「あいさいさー」


 結局、ハールーンを肩車してベルベットが俺の背中にしがみつく体勢になる。

 ブレスが来た!

 これだけ距離があれば……やべえええ。

 

超敏捷速さこそ正義!」


 探せ、探せ。

 退避できる場所を。

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