第14話 第二の試練開始

<第二の試練は「魔獣の森」。ありとあらゆる魔獣がすくう。フェアリーを探せ。鱗粉の導きが次への扉を開く

 グスタフ・ハンコック> 


<長い長い坂だ。魔獣はいつも空腹である。新鮮が肉があれば涎を垂らし飛びついてくる。気をつけろ。奴らは狡猾だ。

 グスタフ・ハンコック>

 

 グスタフの手記通り、切り立った崖にある隘路あいろにあたる坂道は崖を超えても尚続いている。

 突き当りまでは見えないが、このまま進むのか脇に逸れ森の中に入るか迷いどころだな。

 キーワードはフェアリーくらいしか情報がない。

 

「それにしても、あなた。カネサダの超高速移動だけじゃなく、リューンの力技まで使うのね。一体どうなっているの?」

「彼らから学んだ」

「学べるもんなの!? チートよ、チート!」

「なんだそれ」

「ずるーい。私は戦士や侍のことなんて全く分からないけど、二人とも相当な達人だったと思うわよ」

「サムライてのは知らないけど、ムラクモみたいな剣を持つ人たちのことか?」

「あなたも持ってるじゃない。それ、刀っていう武器よ。やたらきれあじが鋭いみたい。私の首にもそれが」

「刀っていうのか。変わった武器だなと思ったけど、慣れると使いやすい」


 並んで歩くベルベットはさっきからずっと喋りっぱなしだ。

 余程、会話に飢えていたのかね。1000年もの間、喋り相手がいなかったとなると、口数が多くなっても仕方ないか。

 しかし、さっきからとても気になっていることがある。彼女は気が付いてないのかいな。

 

「ちょ、さっきから胸ばかり見て」

「いや、お前の乳は動くのか?」

「そらまあ重力に引っ張られて、って何を言わせるのさ」

『ベルベット。ウィレムが言っているのはそういう事じゃあない。君は胸元で何か飼っているのかい?』


 俺に背負われているハールーンもやっぱり気が付いている。

 さっきから、胸を覆う布に丸い何かが動いているんだよね。

 あ、ベルベットもようやく気が付いた模様。

 

「ちょ、スライムじゃないのよお。ぬるぬるプレイとかプルプルプレイはお断りよ」

「連れてきたんじゃなかったのか。そのスライムさ、大聖堂の入り口にいたやつだろ。ナイフに刺さっても平気な奴だった」

「むううおお。捕まえた。あ、布がぽろりんしたわ、きゃああ。見ちゃだめえ」

「その棒読みは止めろ。見てないし、見ようともしていないだろ」


 前を向いたまま隣を歩くベルベットをあしらう。

 どうせワザとらしく布をずらしたんだろう? 面倒だし、相手をする気もない。

 彼女を嫌がったのか、スライムがぴょこんと俺の肩に乗ってきた。

 

「お前も行くか?」

 

 問いかけてもスライムはプルプルと震えるばかり。

 ん、この動き。


「もう一度頼む」


 スライムにお願いすると、プルプルと震えてくれた。

 今度はしっかりと動きを記憶する。

 

「ベルベット」

「何? いまさら見たいといってももう遅いわよ」

「ハールーンを頼む」

「え、うん」


 坂道は左右に五メートル以上ある広い道である。

 グスタフの手記によると、長い道になっているらしいが、言い換えればこの道以外は開けた道じゃあないってことだと予想できるんだ。

 何が言いたいのかというと、この道を通っていれば「目立つ」。つまり、新鮮な肉を求める魔獣が向こうからやって来るってことさ。

 なので進むべきか脇道に入るべきか迷っていたんだけど、ハールーンのこともある。彼の体力回復に寄与する相手ならいいんだけど。

 

 ブルル、ブルルと獣の息使いが右手の藪の中から聞こえてくる。僅かに藪が動くことも確認。


「出て来いよ。こっちから行ってもいいんだが」


 警戒しているのか、俺が藪の前を通るまで待ち構えているのか分からんが、わざわざ行ってやる必要もない。

 

「斬月! そして、エイミング!」


 片刃の剣――ムラクモの刀を下から上に斬り上げると三日月の光が発され、空へと向かったそれがぐううんっと動き、藪の中へ突き刺さる。


『ぶううきいいいい!』

 

 猛獣らしき何かの悲鳴があがり、ぞろぞろとイノシシのような魔物が三体飛び出て来た。

 でかい。

 そいつらは、五メートルくらいの体躯がある黒い毛皮を持ったイノシシ型の魔獣だった。

 額から長い角を生やし、鋭い爪を備えている。尻尾が長く刃のようになっていた。アレを振り回して攻撃もできるんだな。

 こいつらの特徴なら記憶にある。

 確か、エンペラーボアだっけか。ランクはB-だったと思う。

 豚肉か。うまそうだ。

 

 奴らはぶふううっと鼻息荒く前脚を踏み鳴らす。

 来るか。

 身構えるも、淡く光ったかと思ったら物凄い速度で反対側に走り去っていった。


「え、ええええ」

「魔獣だからだね。アンデッドとは違うってことさ」


 肩透かしをくらったことで変な声が出た。

 それに対し、ベルベットの背から降りたハールーンが苦笑しつつ言葉を返す。


「あいつらの仲間を一撃で倒したから警戒したってことか」

「そういうこと。捕食するなら命の危険がない相手を狙う。危険があるなら、余程の空腹じゃない限り襲わない。賢明だよ」

「まあ、さっきの動きは『記憶』した。余裕がある時に試してみるか」

「すまないね。僕が足を引っ張っている」

「そんなことはない。ハールーンがいなければ、俺は今頃、動かぬ死体だよ」

「君ならば……いや、これ以上、この件を追求すべきではないね」


 ハールーンはいなければ、ここまで辿り着けてはいない。

 彼の助けが無ければ、俺は修行をすることができなかったからな。

 

「そうだ。ハールーン。イノシシは好きか?」

「話題を変えるのが下手だね君は。新鮮な方がいいかな」

「ならすぐに持ってくる」

「頼むよ」


 藪の中には眉間が真っ二つになって倒れたエンペラーボアがいた。

 こいつを引きずってハールーンとベルベットの元まで戻る。

 

 ◇◇◇

 

「これを僕が一人で頂いてもいいのかい?」

「もちろんだ。イノシシならその辺を歩いているから、『とっておけ』とは言わせないぜ」

「ありがたく。少し離れてもらえるかい?」

「うん。ほら、ベルベットも」


 ベルベットの腕をむんずと掴み、ハールーンから距離を取る。

 対する彼は巨大なイノシシ――エンペラーボアの腹辺りに手を当てブツブツと何かを呟く。

 

「ライフドレイン」


 エンペラーボアが黒い霧に包まれ、砂のようになって崩れ落ちた。

 お、おお。

 ハールーンの体がみるみるうちに瑞々しさを取り戻していく。

 あ、あれ。ひょっとして彼じゃなくて彼女だったのか。

 褐色の肌に艶やかな肩口まで伸びた銀色の髪、大きな丸い目に長い耳。

 人間にたとえると、10から12歳くらいの少女といったところか。


「ハールーン。それが君の本来の姿か?」

「本来はもう少し大人なんだけどね。まだまだ力が足らない。差し当たり動けるように再構成したんだよ」

「元々小柄だったけど、それも?」

「うん。僕の魂が抜かれる直前に体の大きさを変えたんだ。それで、今まで僕の身体を生かすことができたというわけさ」

「そ、それで、一応念のために……やっぱり女の子だよね?」

「君は相手の性別によって態度を変えるのかい?」

「いや、変えない。俺は火の玉の姿であろうと、干からびた姿だろうと、美少女だろうと、ハールーンはハールーンだと思っている。君は君だよ」

「あはははは。君らしい。君は魂の姿の僕であっても、人に対するように接していたから、今更だね」

「まあな」


 笑い合う俺たちの間に不服そうにベルベットが割って入ってきた。

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