第15話 覚悟
「ちょっと何、私はお邪魔虫ってわけ。イチャイチャしちゃって」
「後半はともかく、前半はその通り」
「ハッキリ言ったわね。言っちゃったわね」
「ベルベットにはスライムがいるじゃないか。ほら」
スライムがぷるるんと跳ねてベルベットの肩に乗っかる。
しかし、彼女は不服そうにふんと鼻をならした。
何が不満だってんだよ。可愛いペットじゃないか。大聖堂でずっと一緒だったんだろ。
彼女がスライムのことを認識していたかは知らんが。
「もういいわ。それで、この先どうするの?」
「妖精とやらを探してみようかと」
「そうじゃなくって。ほら、三人になったわけじゃない」
ベルベットもたまにはまともなことを言うものだ。
今までは俺一人だった。それがベルベットはともかくハールーンと共に動くことになる。
火の玉だった時の彼女は特に気遣いすることなくとも、ダメージを受けることはなかった。
今は動くことができるようになったとはいえ、彼女は生身なんだよな。
彼女を護りながら戦うのか、それとも……。
ついハールーンの方へ目を向けると、彼女はパチリと目を開けこちらを見つめてきた。
ベルベットと遊んでいる間、彼女はずっと目を瞑り何かに集中している様子だったのだが。
もしかしたら、邪魔してしまったかもしれない。
「ウィレム。正直、僕が君にとって足手まといであることは変わらない」
「走ることができるようになったんだろ?」
「それくらいはね。もう僕は君に自分が邪魔だから置いていけなんてことは言わない。君との約束を果たしたいと思っている」
「それでこそだ。コズミックフォージとやらをぶっ飛ばす。だろ?」
「うん。元の力を取り戻すことは不可能に近い。だから僕は優先順位をつけることにしたんだ」
「ほほお」
「リソースは限られている。その中でやり繰りしていく。君のようにトレーススキルで一発で記憶とは行かないけど、探索を続けていくうちに少しずつではあるけど力も戻って来ると思う」
ハールーンが指を二本立て、説明を始める。
彼女が扱うことのできる魔法は今のところたったの二つ。
第一に戦闘の邪魔にならないようにすること。魔法を使い敵の認識をずらすことで身を護るとのことだ。
第二の魔法は俺のサポートに使うと彼女は言う。
そのうち三つ目、四つ目と魔法を取り戻したいと彼女は苦笑する。
「さっきみたいにイノシシを吸収すれば、あっさりと回復したりしないものなのか?」
「肉体の修復だったらライフドレインで何とかなるけど。体に蓄積され抜けていってしまった『経験』は戻らないんだ。僕のスキルは何を覚えるにも時間がかかる。この場合、思い出すだから以前に比べれば習得速度が速いけどね」
「そんなものか」
「うん。僕のスキル『コーデックス』は、世界の情報と接続できる」
「世界の?」
「世界というのは分かりやすくと思って言った言葉だから、それほど壮大なものだと捉えて欲しくはないかな。いろんな書物を読むことができるスキルと思ってくれればいい。書物はどこにあっても僕が閲覧することができる」
「よくわからん」
「分からなくてもいいさ。認識していて欲しいのは、僕のスキルは魔法に関わるスキルではない。魔法の習得が容易になったりするものではないってことだよ」
ふうむ。となれば、魔法スキル持ちのように魔法を習得できないってことか。
俺は余り魔法に詳しくないけど、魔法スキルにはいくつか種類がある。
代表的なのは四大属性の魔法スキル持ちかな。火・水・地・風の四つ。
火の魔法スキル持ちだと、火属性の魔法習得が早くなる。
じゃあ、魔法スキル持ちじゃない者が魔法を習得するとなるとどうなるのか?
その答えは
スキル持ちの三倍以上の時間をかければ習得できるとのこと。だけど、中級以上の魔法になると更なる時間がかかる。
そもそもスキル持ちでも中級以上になったら習得まで相当な修練が必要なわけで……。
なので、エステルが言うには初級魔法まで習得できればせいぜいなのだと。
一方でハールーンもまたエステルと同じように魔法系のスキルを持たないときた。
つまりはそういうことだ。
「何だい? その顔」
「いや、何でもない。君は自分の身を護ることができると言った。だから、俺は何も心配していない」
「無理しなくていいよ。魔法スキル無しだから、と君が心配してくれたことくらい。僕だって分かる。だけどね、ウィレム」
ハールーンは大きな丸い目を片方だけつぶりおどけてみせる。
彼女はこんな表情もするのだなと何だか感心してしまった。
火の玉の時からそうなのだけど、彼女って何だか超然としていて子供っぽい仕草なんてするとは思わないじゃないか。
いや、今の見た目は子供なんだけど。そうじゃなくてだな。
黙っていると、ハールーンが更に続ける。
「ウィレム。最初君は言ったよね。自分は弱い。だけど修行してあがくって」
「うん。トレーススキルがまさかこんなことになるなんて思ってもみなかった」
「あははは。何事にも不可能なんて無いんだよ。魂だけの時、僕は自分の力のこと全てと、記憶の多くを失っていた。だけど、修練や修行という言葉は覚えていたんだ。すまないね。話が横に逸れてしまった」
愛おしそうに自分の腕を撫でるハールーン。
スキルに恵まれた者であっても修行を怠れば開花しない。恵まれない者は修行をしても報われないかもしれない。
だけど、諦めさえしなければいつか強くなるかもしれないんだ。
「ここは最悪な場所だ。俺を閉じ込めたであろうコズミックフォージとやらは許せない。だけど、二つだけ感謝していることがあるんだ」
「また唐突だね。僕が心配しなくていいところを、な話だったんじゃないかい」
「すまん。修行の話になるとどうしても、伝えておきたかったことを思い出してさ。つい戦闘続きで伝えれていなかった」
「全く。いいよ。先に言ってごらん」
明日には生きていないかもしれない。だから、今、二人とも元気なうちに言葉にしておきたい。
「死を覚悟したからこそ、あがいてみようと思えた。それで必死で修行をして……うまく言えないな」
「だいたい言いたいことは分かるよ」
「そうか。もう一つはハールーン。君に出会えたことだ。頑張れた。一人じゃなかったから、きっと一人だったらもう生きてはいない」
「それはお互い様だよ。僕は君が一緒に行くと誘ってくれたからここにいる。こんな姿になろうとも見捨てるとは決して言わなかった。本当にお人よしだね」
「そんなことはないんだけど……。何だか恥ずかしくなってきた」
「言わない方がよかったんじゃないかい?」
「いや、それはない」
「あはははは。じゃあ、次は僕の番だね」
ハールーンはボロボロのローブをはたき、すっと立ち上がる。
ずり落ちてきそうだな。あのローブ。そもそも、ボロボロだからあっちこっち破れているし……。
服の一着くらいどこかにないものか。
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