第10話 一気に仕留める

 幸い休息中に罠が発動することもなく、モンスターが襲ってくることも無かった。

 ベッドルームは大聖堂攻略の拠点にできるかもしれない。過信は禁物だけどな。

 たまたま、何事も起こらなかっただけと考える方が自然なのだから。

 

 気力は全快。気分は爽快と言いたいところだけど、嫌な緊張感がずっと続いている。

 メディテーション瞑想が無ければ、とてもじゃないけど休むことのできる精神状態ではなかった。

 強力なスペシャルムーブは多々あるけど、メディテーション瞑想のようなサポートスキルは他の何よりもありがたい。

 継続的に探索を続けられなければ、どれだけ強力な技を持っていてもいずれ倒れるから。

 ムラクモ然りだ。

 

 ぐうううっと伸びをして、ベッドのバリケードを乗り越える。

 それじゃあそろそろぶち破りますか。

 足の裏で思いっきり扉を叩くとあっさりと反対向きに扉が開いた。

 なるほど。蝶番が錆びついてボロボロになっている。こら、俺の力でもあっさりといったというわけか。

 

「あちゃー。開けない方がよかったかこれ」

『どうだろうね。戻って食堂から進むかい?』

「開けてしまったものは仕方ねえ。全て叩き斬るだけだ!」


 青白いを通り越して蝋のように真っ白なボロボロの服を纏った元人間たちが蠢いている。

 ベッドルームの右手は祭壇らしき場所だった。俺は建物には詳しくないけど、そんな俺でも思うことがある。

 構造が無茶苦茶だよこれ!

 教会にあるような祈りを捧げる場所なんだろうか。

 奥には女神像の代わりに異形の怪物が鎮座し、それを取り囲むようにテーブルと椅子が並んでいる。

 で、テーブルと椅子には祈りを捧げている人たちがいたわけなのだが、それが蝋のように真っ白な肌をした元人間たちだったというわけだ。

 ゾンビなら体が朽ちて異臭を放つが、こいつらはそうじゃない。もっと上位の存在である。

 俺でも知っている有名なアンデッドだけど、グスタフの手記にも記載されていた。

 名前はワイトという。ゾンビの突然変異じゃあなく、アンデッドになる時に別の要因が絡むとか何やら。

 グスタフによるランクはB-とアンデッドナイトと同じ位置にある。

 ええっと、数は10くらいかな……は、ははは。

 

 ワイトは人間を遥かに凌ぐ身体能力を持ち、とてもタフだ。首を斬り落とすまで動き続ける。

 幸いなのは生前魔法を使うものであっても、魔法を使うことができなくなることか。

 だから、問題ない。

 着流しと異形で経験を積めたからな。

 

『数が多いけど』

「こんな奴ら、ハールーンどころかさっきの異形より遅いじゃないか。ただ数が多いだけだ」

『ふうん。随分な自信だね』

「過信は禁物。分かっているさ。だから、全力で当たる」


 両手をあげ、記憶した動作を正確にトレース物まねする。


「振り切るぜ! 超敏捷速さこそ正義


 カウントダウン開始。

 世界が停止する中、俺だけが動く。

 まずは手前の一体を剣を横へなぎ、首を斬る。

 続いて左手の連なった二体を一息に。

 斬った勢いを前進する力に変え、奥の集団の中へ飛び込み回転するように剣を振るう。

 これで六体。

 ここで時が動き出す。

 

 バタバタバタ。

 同時に六の首が床に転がった。

 超敏捷解除と同時に更に二体の首を落とし、残りはあと四体か。

 

 敵はそれぞれ距離が離れている。

 右奥、右手前、左奥、左横だ。

 

 ワイトたちはこれまでの敵と同じで連携してこちらを攻撃しようとする動きは見せていない。

 それぞれが真っ直ぐに俺へ向かってくる。

 ならば、進めばいい。

 右奥のワイトに肉薄する。対する右奥のワイトは拳を振るうも、剣と拳じゃあリーチに差があり過ぎるぞ。

 ただ力任せに振るわれるだけじゃいくら人外のパワーとスピードを持っていたとしても脅威じゃあない。

 躱すまでもなく、ワイトの腕が届く前に首を跳ね飛ばした。


 ここで止まらず、壁際まで走り奇妙な像の裏の何とか人が一人入れるくらいの隙間に潜り込む。

 像をぶち壊して突撃してくるかと思ったのだが、意外にも狭い像と壁の隙に入ってきた。

 もちろん、入ってきたところで首を落とす。

 一体ごとに来るものだから、楽に残りも仕留めることができた。

 直接的なこれまでの動きと違ったワイトたちに少し疑念が浮かんだが、楽に倒し切れてラッキーだった程度だな。

 

『君もやるようになったね』

「最後は運が良かっただけだけどな」

『あははは。いざとなればアレを使えばいいだけだろうに』

「超敏捷か。結構疲れるんだよな」


 スペシャルムーブも種類によって疲労度が異なることが分かった。

 いや、超敏捷が他に比べて負荷が高いと言えばいいのか。まだ使ってないけど、たぶん超筋力も同じくらい負荷が高いと思う。

 メディテーション瞑想は種類が違うから置いておくとして、斬月とエイミングが同じくらい。ディフレクトが一番負荷が低い。

 あくまで俺の体感だけどね。

 

 奇妙な像の裏手から前に回り込み、ふよふよ浮かぶハールーンに向け右手をあげる。

 わざわざ像を挟んで喋るのもアレだし。いつまでもあんな狭いところにいることもあるまい。

 対するハールーンは何かを感じ取ったのか色が赤から青に変わる。

 

『お?』

「どうした?」


 ハールーンの声に何だろうと聞き返したその時、頭上を閃光が駆け抜けた。

 ドガガガと激しい音と共に石像がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。

 この閃光……扉の方からか。

 俺たちがやって来た扉から、ここ奇妙な像まではどの席からでも像を見ることができるように傾斜になっている。

 傾斜は扉から見て下る感じだ。

 全く気が付かなかった。油断大敵とはこのことだな。敵を倒した後こそ、より警戒を巌にせねばならない。

 分かっていたことだってのに、抜けていた。今回はたまたま無傷だったからよかったものの、後一歩だけでも後ろにいたら崩れ落ちた石像に巻き込まれていた。

 もっと運が悪ければ、閃光をまともに喰らっていたかもしれん。

 

 見上げると俺たち……いや、奇妙な像を狙って魔法か何かを放った者の姿が確認できた。

 黒いマントを羽織った若い女だった。胸だけを血のような色をした布で覆い、下は太ももの付け根辺りまでのパンツに高さ無い黒のブーツ。

 長いストレートの髪の色と目は鮮やかな朱色をしている。

 

「ハールーン。それがあなたのナイト?」

『何だい君は?』

 

 顎をあげ背筋を反らした女は喋ったんだ。まともな言葉で会話が成立している。

 驚く俺をよそに問われたハールーンが彼女に向け質問を投げ返す。


「あなたの元部下。ワイトになり本能だけで動いているっていうのに毎日祈りを捧げていたわ。笑っちゃうわよね」

「おい、女。余計な口は叩くな。俺が聞いたことだけに応えろ」

「な……いつのまに」

「余計な口は叩くなと言ったはずだ」


 超敏捷で女の元に移動し、彼女の首元へ片刃の剣を突きつける。

 それでも余裕を崩さぬ彼女の首筋に刃を少しだけ喰い込ませた。

 

「ちょ。銀なんて卑怯よ」

「三度目だ。余計な口を叩くなと言っただろ。次は首を落とす。分かったなら両手を上にあげろ」


 女が素直に両手をあげたところで、喰い込ませた刃を浮かせる。

 彼女の首元からは黒い煙があがり、すぐに傷が塞がった。

 ミスリルは上位のアンデッドでさえ、滅することができる。彼女が口にした銀の完全上位互換な素材だ。

 さて、ようやくまともに会話できる相手と遭遇できたことだし。聞けることは全部聞くことにしよう。

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