第9話 速さこそ正義

 着流し、異形の偉丈夫共に不動。

 対する俺も片刃の剣を鞘に納め、いつでも抜くことができる態勢のまま動けずにいた。

 敵は二体で、能力も不明だ。しかし、奴らの発する強者故の存在感が俺を留まらせる。

 ポタリと汗が顎をつたい床に落ちた。

 

 来たぞ!

 焦れたのか着流しが動く。彼は剣の柄から手を離し、両手を上にあげる奇妙なポーズを取った。

 降伏? そんなわけねえな。

 ここで会うモンスターは殆どがアンデッドで、極めて敵対的かつまるで話が通じない。

 話が通じないのではなく、言葉を発しないのでそもそもこちらの意思が全く伝わっていないように思える。

 

 ゾワリ。

 着流しは無表情なまま。しかし、背中にひりつくような悪寒が奔った。


超敏捷速さこそ正義

「っつ。ディフレクト」


 着流しの体がブレたと思ったら、次の瞬間に俺の首元に奴の剣が。

 ディフレクトの超高速自動防御により、何とか難を逃れることができた。

 あ、あれはやばい。

 奴が何をしているのか全く見えなかった。

 ドクドクと背中から汗が流れ、心臓がぎゅっと握りつぶされたように激しい緊張感に苛まれる。


「っつ。今度はあっちかよ」


 首元で打ち合わせた剣を払い、着流しから距離を取った。

 今度は異形の偉丈夫が両手の拳を握りしめ、と動き始めている。あれも何らかのスペシャルムーブだろうな。

 しかし、異形に構っている暇はない。

 着流しが剣を鞘に納めたのだから。来るぞ、さっきのが。

 

超敏捷速さこそ正義

超敏捷速さこそ正義


 発動前の動作は全て「記憶している」。さっきは何が来るか分からずディフレクトで凌いだが、どんな攻撃なのかを把握できれば対応も変えることができるのだ。

 これがトレーススキルの強み。

 発声と共に視界が少し暗くなる。

 着流しは片刃の剣を引き抜き、一歩前に出た。ハッキリと奴の動きがこの目で見えるぞ。

 横目でチラリと異形の方を見た所、拳を握りしめた姿勢から微動だにしていない。

 ハールーンの火の揺らめきも止まったままだ。

 なるほど、これが「超敏捷の世界」か。

 全ての動きがコマ送りで止まっているように感じられる。だが自分は普通に動くことができるのか。

 

 これで着流しの剣を受け止めることもでき、いや。

 片刃の剣を右手のみで握りしめ、前へ踏み出す。

 と同時に背後にナイフを放り投げる。俺の投げたナイフはコマ送りの動きにはならず、俺と同じ速度域にいるのか。

 なるほどな。

 

 着流しが俺の首目掛けて剣を振るった。

 

「ディフレクト。そして、エイミング!」


 キイインと澄んだ音が響き、着流しの全力の振りを片手で握った剣で受け止める。

 ディフレクトの自動防御でこいつの攻撃を片手で受け止めることができることは、実証済み。

 

 クルクルクル。

 階下の食堂へ落ちている途中のナイフが重力に逆らい一息に天井付近まで跳ね上がり、勢いそのままに着流しに向かう。

 グサアア。

 剣を振るい無防備な着流しの額にナイフが突き刺さる!

 ビクリと着流しの体が震え、普通ならこのまま倒れ伏す……のだが、油断はしない。

 

「うおおおお!」


 打ち合わせたままの剣を押すとあっさり着流しの剣を弾き飛ばすことができた。

 弱っている。だけど、完全には倒し切れていない。

 流れるような動作で片刃の剣を薙ぎ、着流しの首を落とす。

 

 そこで、視界の景色が切り替わり、ハールーンの火の揺らめきが動き出した。

 着流しが床に倒れ込むことを確認する間もなく、異形へと目を向ける。

 

 異形は握った両の拳を打ち鳴らし、ガアアアアアと獣のような咆哮を上げた。

 

超筋力力こそパワー


 異形の動きは目に見えて変わったことが無い。

 一直線にこちらに向かって駆けて来ると同時に長柄の武器を振り上げている。

 あの武器はハルバードというやつだな。冒険者は長柄の武器を使うことが殆どない。

 長柄の武器はリーチという優位性があるけど、取り回しが悪いからな。木々の間とかダンジョンの中と狭いところでも戦うことの多い冒険者には不向きだ。

 そして、この場所もハルバードを振るうには少し狭い。

 天井は高いから問題ないけど、通路の幅が三メートルしかないんだぞ。

 通路の右側に体を寄せ、異形が武器を横に払うと柵にぶつかるように調整し待ち構える。

 

 叫んだ名前から判断するに筋力アップしたとかその変か。元よりあの体格だ。パワーは相当なものだろう。

 それに、速い。

 着流しを除けば俺が今まで見た中で一番速いかも。

 だが、これくらいならハールーンの(半分の速度の)方がまだ速い。

 

 異形は駆けるエネルギーを全てハルバードに伝え、振りかぶったハルバードを俺に向け振り下ろしてくる。

 対する俺はトレースの動作を使って紙一重でハルバードを回避した。正直、異形の迫力に圧倒されて身が竦んでいたのだが、トレースならば俺の精神状態など関係ない。

 俺が先ほどまでいた場所を空振りするハルバード。

 だが、物凄い風圧が床を斬った。

 

「な、なな」


 床だけに留まらず、柵までも風圧だけで切り裂いてしまったじゃないか。

 異形は構わず横凪ぎにハルバードを振るう。

 今度は異形の裏手に回り込むようにして攻撃を回避。

 ガアアアン。

 柵に当たったハルバードは高い音を立てた。金属製の柵がぐにゃりと折れ曲がる。

 二撃目は奴本来のパワーか。

 普通、鉄の塊なんて叩いたら手首がいかれるのだが、奴はまるで平気な様子。

 

 ん、床が傾いて。

 

「ちょ、ま」


 傾きがどんどん大きくなっている。このままだと回廊が食堂まで落下するんじゃないか。

 そんなもの構うものかと異形がハルバードを握りしめたまま拳を握りしめている。

 

「ちいい。超敏捷速さこそ正義!」


 万歳のポーズから体を畳み、剣の柄に手をかけた。

 そのまま剣を抜き放つと同時に下から上で伸び上がる勢いをつけ、剣を振り抜く。

 すうううっと剣が異形の首を真っ二つに分かつ。

 が、首から鮮血が溢れることもなく僅かながら切れ目が動くのみ。

 そろそろ超敏捷の効果が切れる頃か。

 剣を振り鞘に戻しながら、回廊の先にある扉目掛けて駆ける。

 

 ドオオオン。

 扉の前まで来たところで後ろから大きな音が響く。

 

「間一髪……。何とか抜けたな」

『いやあ。回廊ごと破壊されるなんてねえ。すごい力だったね』

「だな。スペシャルムーブ『超筋力力こそパワー』の威力もさることながら、あの敵の素の力もあってのことだろうな」

『まあいいじゃない。次だよ次』

「おう」


 ここは部屋か。大聖堂の規模からすると小部屋と言ってもいい。

 ここもまた奇妙な部屋だな。

 ベッドが整然と並べられているのだが、歩く隙間もないほど敷き詰められている。

 扉からベッドまでの隙間は俺の足がギリギリ入るくらい。そこから右手奥にある扉の前以外は壁とベッドがくっつけられていた。

 これじゃあ、扉は蹴破る以外開く手段がないな。俺の入ってきた方は外開きだったから入れたものの、あちらは内開きぽいから。


『寝るかい?』

「正直、休まないともう限界ではあるけど……」


 スペシャルムーブを多用したため、もうクラクラしていて朦朧としてきている。

 安全かどうか分からないが……。

 部屋の中央まで移動し、ベッドを横倒しにしてバリケードを作った。

 これでも無いよりはましだろ。

 

メディテーション瞑想


 あぐらをかき、休息に入ることにした。

 何かきたらすぐにディフレクトで防御できるよう、剣は握りしめたままで。

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