第11話 ベルベット
「女、聞きたいことはいくつもあるが、ハールーンのことを知っているのか?」
「私にはベルベットと言う名前があるの。お兄さん」
「名前くらいは名乗ってもいいか。俺はウィレム。ベルベット、俺の質問に答えろ」
「こんな美少女に刀を突きつけるなんて」
「余計な口をきくなといったな?」
ぶしゅうとベルベットの首筋から煙があがる。
俺はこいつを普通の人に接するように接するつもりは毛頭ない。
いきなり殺す気で閃光を放ってくるような女だからな。
美少女ってことに関してはノーコメントだが、人間の見た目にたとえるなら少女と言ってもいいかもしれん。
だいたい16-18歳くらいの間ってところ。もっとも、歳をとらぬアンデッド相手に年齢なんて無意味なものだがね。
「名乗った端から首を落とそうとするなんて、刺激的過ぎるわね」
「俺の意思は揺らがない。ハールーンのこと。俺が閉じ込められたこの場所について話せ」
「話すから刀を引いて」
「それはできない。離した途端に魔法でも撃たれたら事だからな」
「相当警戒されているわね……」
「不意打ちで俺たちを狙ってきたお前に言われたくないものだな」
警戒? そんな生ぬるいものじゃないな。今すぐにでも首を落としてやろうくらいの勢いだ。
ベルベットは首に刃を突きつけられた状態であっても、平静を崩さない。
どんなに冷静な人間でも、目の前に死が付きつけられた状態ならば多少の揺らぎは見せる。
それがどうだ? 彼女はまるでピクニックの途中かのように緩い感じで会話を続けている。
アンデッドだからだろうから冷や汗もかかないし、彼女の思惑がまるで読めないのも俺の気持ちに拍車をかけていた。
「コズミックフォージ」
「大いなる炉? 意味合いがまるで分らんな。なんだそれは?」
「コズミックフォージよ。コズミックフォージが場を作った。ここはコズミックフォージの中よ」
「全くもって意味が分からん。この場所は迷宮やダンジョンの中ってことか?」
「そうね。突然生まれた。巻き込まれた者は多数。脱出を試みたものは幾多。那由他にも及ぶ時間を待つのか」
「待つつもりなんて一切ない。打ち破る。妹が待っていることだしな」
「へええ。シスコンなの? 早漏はダメよ」
「叩き斬るぞ」
俺はともかく、妹のことまで愚弄するとなれば話は別だ。
再びベルベットの首筋から煙があがったところで、彼女が再び喋りはじめた。
「そうね。コズミックフォージの迷宮とでもしましょうか。迷宮を抜け、外に出た者は私の知る限り誰もいないわ」
「出口はあるのか?」
「分からない。だけど、『道』はあるはずよ。挑戦するの? 来訪者は安息の地で過ごすことだってできる。蛮勇を謳う者は『第一の魔』で殆ど全滅するわね」
「第一の魔ってのが大聖堂のあるエリアってことだな」
「そうね。あなたたちが『死者の大聖堂』と呼んでいる場所のことよ」
「……どこまで俺たちのことを知っている?」
「いやあねえ。会話が聞こえてきただけよお。あとあとお、誰だっけ、悲壮な顔をした若い子だった、男」
「グスタフのことを見ていたのか」
「うん。何しているんだろうって姿を隠していたみたいだけど、私に隠し事はダメよ」
グスタフのことに気が付いていながら、手を出さなかった。
ベルベットの評価を少し修正する。他のアンデッドのように必ず生者を抹殺するってわけでもないのか。
俺は会話が成立するこいつを、あれやこれやと言葉巧みに相手を翻弄し、自分の楽しみとして飽きたら相手を殺すような奴だと思っていた。
しかし、グスタフのことについては会話の中で聞いただけだ。彼女が本当に彼を観察するに留めた証明にはならない。
「それで第一の魔ってのがあるなら、先もあるんだよな」
「先と言っていいのかは分からないけど、魔はあるわよ。全部で5つあるわ」
5つ……グスタフの手記だと3つだった。
竜の谷のまだ先があるのか……前途多難だな。
「5つ全て教えてくれ」
「いいわよ。一つはあなたがそこのハールーンと蜜月を過ごしていたところ。魔獣の森、竜の谷、精霊のところ、かしら」
「最後適当だなおい。そのうちどこかに出口へ繋がる道が隠されているのか?」
「そうね。たぶんそう」
順番に踏破していけば出口に至ることができると思っていた。
だが、現実は宝探しってわけか。
「ベルベットは全部のエリアを見てきたのか?」
「ううん。私はあなたが最初にいた場所には入れないし、他は第一の魔から出ると復活できなくなっちゃうしで、一度見学しに行っただけよ」
「復活できるのか、じゃあ、首を落としてもいいな」
「だから、何でそうなるのよお。あなたそんなに首が落としたいの?」
「冗談だ。その様子だと復活とやらをするまでに時間が必要なんだな」
「策士ね。そうよ。三年くらいはかかるわ。正確には意識が戻ったら三年くらい経過してる」
「日付が分かるのか?」
「魔法でちょいちょいってね」
魔法って便利なんだな。俺も使えりゃあなあ。
脱出するための方策だが、まずは全エリアを訪れてみようと思う。
それぞれのエリアに何等かのヒントがあるかもしれないからな。
ここを作ったコズミックフォージとやらの思惑は分からない。
発想を変えて、俺のような「呼ばれた者」にコズミックフォージが何を期待しているのか、ならいくつか予想がたつ。
苦しむ姿を見たい、無謀にも外に出てアンデッドに食い殺される姿が見たい、後ろ向きの発想以外となると、「俺の作ったこの迷宮を見てみろ、すごいだろ」ってものもありそうだ。
だから俺は、全エリアをまず訪れてみようと思ったのだ。
「コズミックフォージの迷宮で他に知ることは?」
「他と言われても。さっき言ったことくらいよ」
「貴重な情報提供に感謝する。だが、まだだ。ハールーンの名を知っていたな」
「さっき言ったじゃない。会話を聞いていたって」
「いや、それだけじゃ、あの像を破壊した説明がつかない。俺たちを狙ったわけじゃないだろ?」
「う、あなた。とことん嫌らしいわね。だったら、刃を離しなさいよ」
すっと片刃の剣をベルベットの首元から離す。
ついでといっては何だが、剣を鞘に納める。
「あ、ほんとに離してくれたのね。となれば、ここで会ったが百年目―。あなたたちの生皮を剥いでやるわあ」
「冗談はもういい。話せ」
「つれないわね。ハールーンのことを語るには、『始まりの物語』を聞いてもらわないといけないわ」
「それは、俺に期待をしてくれているってことか」
「そうよ。言わせないでよ。恥ずかしい。もう1000年よ」
信じられないほどの時間が経過しているんだな。
死んでも復活できるのなら、俺と会話する必要なんてなかった。
彼女はあえて俺と会話できるように持っていったのではないか?
じゃあ何で、と考えれば、自ずと答えが見えてくる。
彼女が脱出したいかどうかは分からない。だけど、コズミックフォージに対し煮えたぎる思いを持っていることは確かだ。
俺がコズミックフォージをぶっ飛ばすなら、協力したいってところかな。
彼女は近くにある椅子に腰かけ、小悪魔的に小首をかしげる。
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