第5話 その技、コピーする

『ウオオオオオン!』


 犬が叫ぶが、さっきと同じでハールーンには効果を及ぼさず、俺はトレースを使うことで体を自動で動かすことができる。

 しかと見たぞ。その動き。

 アンデッドナイトは思考力がないのか、先ほどと全く同じ動きで大剣を振るう。

 何だ、これだったらハールーンに協力してもらうまでもなかった。

 同じようにトレースの動作で回避し、続けて片刃の剣でがら空きの胴に向け斬り込む。

 

『ディフレクト』

「ディフレクト」


 アンデッドナイトの細かな指の動きまで全てトレーススキルで再現した。

 すると、ディフレクトが発動したのだ!

 防御する対象がないため、伸びきった腕の振りが高速で戻ってきただけだったが。

 

「は、ははははは! 行ける、これなら行けるぞ!」

『ウオオオオオン!』


 無駄だってのに定期的に犬が咆哮をあげる。

 俺と状態変化を受け付けなかったハールーンにとっては無意味だが――。

 

「ウオオオオオン」


 お前たちはどうだ?

 俺の叫び声――バインドボイスとでもしようか。バインドボイスでアンデットナイトと犬が共に動きを止めた。

 この隙を見逃す俺ではなく、アンデットナイトを首元から斜めに斬り伏せ。

 犬の硬直が解けた後、再度バインドボイスで硬直させ、犬もあっさりと真っ二つにした。

 

『門番突破おめでとう。敵の技を使うなんて面白いことをしたね』

「うまくいくかは半々だったんだ。以前と違ってスペシャルムーブ発動時の動作がハッキリとこの目で確認できるようになっていた。ハールーンとの修行の成果だな」

『お役に立てたようで何より。僕も君に付き合った甲斐があったってことだね』

「自分でやっておいて何だが、本気で驚いた」


 成功の要因はハールーンとの修行で目が慣れたこと、トレーススキルの熟練度が上限に達したことなどいくつかありそうだ。

 それにしても、体は疲れていないはずなのに妙な疲労感があるな。

 あ、そうか。

 俺はスペシャルムーブを使ったのだった。

 魔法で魔力を使うように、スペシャルムーブを使っても魔力と同じような体内の力を使うと聞いたことがある。

 休み休みいかないと、疲労感で意識を失ってしまうかもしれん。

 強力な力はそれだけ使い方にも注意が必要ってことか。

 

「すまん。少しこのまま休む」


 ハールーンに断りを入れて、丁度いい大きさの大理石の塊の上に腰かける。

 ふう。せっかく休むのだから、果実を食べておくか。

 微妙な味だが、ずっとこればかり食べているとおいしく……はならんな。

 

 ヒュン。

 その時、風を切る音が耳に届く。


「っち。ディフレクト」


 カアアンと乾いた音がして、矢が地面に刺さる。

 咄嗟の動きでも、攻撃の方向が分かっていなくても防御してくれるディフレクトは本当に優秀だな。

 武器を握ってさえいればいいのだから。

 

「休みたくとも、休ませてくれねえってことかよ」


 今度は弓兵か。

 見えたのは人型の骨が二体だった。一方が弓を構えていて、もう一方が片手剣を握っている。

 スケルトンアーチャーとスケルトンウォーリアってやつだな。共にランクはC。

 

 矢があるから、一気に接近し打ち倒す!

 駆けだす俺に向け、再び矢が放たれる。

 軽く躱し……な。俺の額に向け矢が方向を変えた。


「ふん!」


 足を止め、片刃の剣で矢を打ち払う。

 スケルトンアーチャーめ。「何か使った」な。

 いいね。しかとこの目で見てやるよ。

 

 動かぬまま、片刃の剣を構える。

 奴の動作に集中しろ。

 来た。

 何か呟いているが、声が小さすぎて聞こえん。しかし、トレースすることに何ら問題ない。

 

「エイミング」


 ほう。そう言うスペシャルムーブの名前なんだな。

 スペシャルムーブは殆どの場合、名前を呟くという動作が入る。またスペシャルムーブを使う時は、例外なく同じ動作を行わねばならない。

 そして、スキル持ちなら、自然とスペシャルムーブの動作を行うことができる。

 しかし、それはスキル持ちだけの特権じゃあなかった。完璧に動作を模倣すれば、誰にでも使えるのだ。

 

 おっとやべえ。トレース動作を解除。

 急ぎ、矢を打ち払う。

 よっし、頭痛がして頭がクラクラしてきたが……やらねば。

 懐からナイフを抜き放ち。狙いも付けずに先ほどトレースした動作を再現する。

 

「エイミング」


 呟くや適当にナイフを放り投げると共に、アーチャーに向かって一直線に駆けた。

 そのままアーチャーを斬り伏せ、同時にナイフが片手剣を持ったウォーリアの額に突き刺さる。

 

「た、倒したはいいが……ダメだもう」


 よろよろと元の場所に戻り、霧をくぐって小屋のある空間に戻ってきた。

 そこで耐え切れずに地面に突っ伏す。

 

『はしゃぎすぎだね。勇敢に旅立ったのにさ』

「だな……しかし、大きな収穫はあった。すまん、このまま休む」

『入口の付近でよかったね。急ぐ旅じゃあない。ゆっくりどうぞ』

「おう」


 軽い口調で返すハールーンに向け右腕だけをあげて応じる。

 

 ◇◇◇

 

「霧が晴れるたびに出てくんのかよ!」

 

 十分な休息を取ってから再び「死者の大聖堂」に突入した。

 するとカラスが鳴き、アンデットナイトと犬が襲い掛かってきやがったんだ。

 今度は奴らの能力が分かっていたから、スペシャルムーブを使うことなく倒す。

 

『入場の儀式みたいなものだね』

「一度クリアした者は免除にして欲しいものだな」

『仕方ないさ。ここはそういうところってわけさ。深く考えるよりは受け入れた方が楽さ』

「だな、余計なことを考えるくらいなら、どうやって生き延びるか、他のことを考えた方が建設的だ」


 軽い調子でハールーンと言葉を交わし、ようやく墓地の探索を開始する。

 くまなく探索をすべきか、真っ直ぐ東に向かうか迷ったが、まずは東に向かうことにした。

 グスタフによると、東に進めば森が見えるとある。森に行くためのアイテムがあったりといったことは無さそうだったから。

 壊れた鉄柵の隙間から墓地を抜けると、荒涼とした赤茶けた大地が広がっていた。

 捻じれた葉の無い真っ黒の木と鉄の棒がところどころに見える。

 棒に見えたものは槍だったらしい。骸骨に突き刺さっている槍なんかもあり、ここで死んだ過去の探索者なのか、アンデッド同士がやり合ったのかは不明。

 時折聞こえるカラスの鳴き声が嫌に耳につく。

 

 体感で一時間も進まぬうちに何やら大きな建物が見えてきた。

 因みに歩く動作はトレーススキルを使っているから、疲労はゼロだ。

 

「これが大聖堂とグスタフが呼んだ理由かもな」


 尖塔が半ばほどで折れ、教会風の建物はところどころ壁が壊れていた。

 黒い不気味な蔦がびっしりと建物を覆い、尖塔の付近を紫色のオオコウモリが飛んでいる。

 

 ボコ……。

 地面が動く気配を感じ、片刃の剣を抜く。

 

 ボコボコボコボコ。

 ちょ、人型のゾンビみたいなのが出て来ると思ったら、思った以上に大きい。

 盛り上がった土は十メートル以上の長さだ。

 ドシャーンと派手な音を立てて、土気色をした巨大な芋虫が姿を現す。

 

「うはあ……」


 敵の巨大さに圧倒されるより、怖気が先んじる。


「ハールーン」

『どうしたんだい?』

「逃げるぞ!」

『ここは俺がさくっと退治する、じゃないの?』

「倒せるかもしれない。だけど、俺の装備はこのような巨体を相手にするには骨が折れる」


 願わくば、イモムシの速度が遅いことを。

 ええっと、確かこいつは……グスタフの手記には記載されていないな。

 急ぎ、イモムシを迂回し教会風の建物――大聖堂の方向へ駆ける。

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