第4話 出発

 修行を初めて早三ヶ月が経過した。

 トレーススキルを使った修行はこれほど効率が良かったなんて。今までのほほんと暮らしていた自分をぶん殴りたい気持ちだ。

 いや、俺だけじゃここまで急成長なんてできなかった。

 

「ありがとうな、ハールーン」

『急にどうしたんだい?』

「いや、そろそろ出ようと思っているんだ」

『あははは。最後の言葉ってやつかい?』


 ハールーンがいつもの調子で何だかくすりくる。


「最後になるのは、この巨木に登ることだな」

『随分と登るのが早くなったものだね』

「だなあ。最初は落ちるんじゃないかって、いや、実際に落ちたし」


 毒々しい果物をつける巨木の上から見る風景は結構気に入っていた。

 ここには空が無い。巨木から数十メートル上にいくと壁になっていて、ぼんやりと光を放っている。

 閉鎖空間ではあるけど、巨木が丸ごとはいり更に高いところが天井だということもあり、閉塞感は覚えないかな。

 

 枝から手を離し、トントンと足先だけで枝を蹴り、幹につたい出っ張りを利用してそのまま地面にストンと降りる。

 両手を使わずに駆けおりるまでにどれだけ修行をしたことか。


「ハールーン。仕上げにお願いしてもいいか?」

『全力かい?』

「半分で」

『何だ。仕上げというから』


 無理だって。全力の半分でも俺がこれまで見たどんな剣士の振りよりも弓矢よりも速い。

 この速度だって、最初は絶対無理だと思っていたんだぞ。

 修行をしていくと、人の動きの限界がようやく見えてきた。その結果、俺の肉体では身体の作り的にハールーン速度二分の一以上は不可能と判断したのだ。

 

 両手をパンと打ち付けるのを合図として、火の玉が高速移動を始める。

 首だけを動かしながら、第一の攻撃を回避。

 続いて意識を右脚に集中せず、こちらはトレースの力を使う。

 意識は第三の攻撃に向け上体を反らし、立ち上がりはトレースで。

 トレーススキルを使うことで、同時に三つくらいの動作までならこなすことができるんだ。

 これを習得するまでに相当苦労したけどね。

 

「よっし。こんなところだな」

『行くのかい?』

「うん。世話になったと言いたいところだけど、ハールーンも来ないか? ずっとここじゃあ飽きるだろ」

『僕を?』

「そうだぜ。一緒にこの魔窟とやらを突破しようじゃないか。ついでにこの魔窟に二度と人が来ないようにしてやろうぜ」

『まあ、僕も久しく話し相手がいなかった。いいよ。君が死ぬまでは付き合おうじゃないか』

「不吉なことを言うな。俺が死ぬのは寿命が尽きた時だ」

『君らしいね』

 

 ゆらゆら揺れる火の玉の色が赤から青に変わる。

 準備はもう整っているんだぜ。

 

「よっし。これで行く」

『手記はいいのかい?』

「手記は全部頭の中だ。次の者は無いと信じているけど、手記を残した彼の想いはここに」

『カッコよく決めたつもりだろうけど』

「使えるものは全部使わせてもらう。ムラクモ、ポーション、巨木の果実、他、朽ちずに残っていた日用品も全部持っていくぞ」


 元々持っていた小さなポーチじゃ入りきらないので、新しく茎を編み背負える籠を作った。

 こいつは戦闘の時には手放す。戦闘後に回収するつもり。

 荷物持ちだったってのに、落とし穴にハマった時は荷物を手放していたからなあ。あれがあれば、そのまま使えたんだが。

 いや、あいつらは俺に剣の記憶を残してくれた。荷物より記憶の方が断然良い。

 

 懐かしい。

 最初、ハールーンが出口だと教えてくれた杉の木の下までやって来た。

 杉の木の幹をポンと叩き、木を見上げる。

 来た時と同じで、緑の葉が生い茂った杉の木は生命力に満ち溢れていた。

 

『覚悟はいいかい?』

「ハールーンもいるんだ。いつもと変わらないさ。それに食糧を落とした場合は戻って来るから」

『締まらないな。君は』

「平常心が大事だって、ええと何世代前が言ってたんだっけ」

『五世代前だね』


 んじゃま。外に出るとしようか。

 杉の木を通り過ぎると、霧が立ち込め外の空気が変わったことを感じとる。

 

 ◇◇◇

 

「グスタフによると大聖堂と言う事だが、どこが大聖堂なんだ……」


 霧が晴れ視界が戻ったところで見えた風景は墓地だった。

 絵に描いたような墓地だよ。確かに死者にとっては大聖堂なのかこれ。

 鉄の柵の仕切り、規則的に並んだ石碑。捻じれた真っ黒の木と不気味なドクロのオブジェ。

 石碑は全てどこかしら崩れていて、何を思ったのか花の代わりにオレンジ色のカボチャが置かれていたりと、無茶苦茶だ。

 この統一感の無さが却って不気味さを醸し出しており、底知れぬ嫌悪感を抱く。

 

<外に出た時、あなたは最初に聞くだろう>

 グスタフの手記にあった言葉が脳裏に浮かぶ。

 

『くああああああ!』


 ぐ、ぐううう。

 空に骨だけになったカラスが飛来したかと思うと、けたたましい鳴き声をあげる。

 声に体がすくみ、剣を握ろうとするが上手く腕が動いてくれない。

 だが、問題ない。

 記憶した動作をトレースするだけだ。

 すっと腕が動き、片刃の剣を抜き放つ。

 

「来やがったな。さあ、やろうぜ。門番」

『最初の関門だね。ここで殆どの来訪者が死亡する』


<カラスの叫びを聞いた後、悠然と犬を連れた騎士が現れる>

 グスタフの忠告通り、細長い骨格をした骨だけの犬と全身鎧の騎士がゆっくりとこちらに向かってくる。

 錆の浮いた鎧の中身は無い。ただ兜から覗く赤々とした目の光だけがこちらを見据えていた。

 全身鎧の騎士――グスタフの手記によると名称はアンデッドナイト。ランクはB-。

 連れている犬はディンダロスだったか。ランクはCだったと思う。

 グスタフはモンスターに総合的な強さのランクをつけてくれていたが、彼なりの基準なのでランクCと言ってもどれだけ強いのか不明。

 でも、モンスターのランクは参考になる。できれば、どんな技を使うのか、とかまで書いておいてくれればよかったのだけど、そこは断片的だ。

 この二体を倒せないようじゃ、この先を進むことなんて出来はしない。

 修行の成果を今ここで見せてやる。

 

 アンデッドナイトが首をあげると、彼の動きに呼応し犬が大きく口を開く。


『ウオオオオオオオオン!』


 さっきのカラスなんかとは比べ物にならねえ。

 体が竦むなんて生易しいものじゃなく、完全に体が硬直する。

 そこへ、大剣を抜き放ったアンデットナイトが斬りかかってきた。

 

「遅い。ハールーンと比べれば止まっているようだぜ」

『僕の全力の半分と比べてと言ってもらいたいものだね』


 体が硬直している? そんなもの関係ねえ。

 さっき「試した」だろ。カラスで。

 竦んでいようが、硬直していようが、それは俺の精神的な問題であり体が本当に動かなくなったわけじゃあない。

 行くぜ。トレース。

 記憶した動作を解き放ち、ヒラリとアンデットナイトの大剣を回避する。

 回避動作と並行し、片刃の剣を振るう。

 

 取った!

 がら空きの胴に片刃の剣が吸い込まれて――。

 

『ディフレクト』

「な……」

 

 アンデッドナイトの指先が小刻みに動く。

 すると、振り切ったはずの大剣が有り得ない速度で一人でに動き、片刃の剣を受け止めた。

 スペシャルムーブか。

 こいつ、大剣スキル持ちだってのかよ。モンスターでもスペシャルムーブを使うとか、初めて見た。

 犬の方もあの吠え声は特殊能力だよな。モンスター版のスキルというわけだな。

 

 一旦仕切り直しをしよう。

 右に大きく踏み出し、アンデッドナイトと距離を取る。


「ハールーン。気になることがある。もしうまく行けば……」

『ふうん。いいよ。あいつらの上を飛べばいいかい?』

「助かる。あいつらの攻撃の届かないところでいい」

『最初からそのつもりだよ』


 もう一発、アンデッドナイトのスペシャルムーブを見たい。

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