第3話 地獄の沙汰も実力次第
あれから三日が経過した。
毒々しい色合いをした果実を袖できゅっきゅとしてから、ガブリと口に含む。
この何とも言えない味にもようやく慣れてきた。井戸からくんだ水をごくごくと飲み、残りを頭にかぶる。
ブルブルと頭を振り、はああと息を吐く。
「やるか」
あの剣士を真似することは業腹だが、現状これが俺の放つことのできる中で一番マシな動き。
「記憶した動作を再現すること」。これが俺が持つトレーススキルでできる唯一のことなんだ。
もちろん、スペシャルムーブなんて必殺技みたいなものもない、魔法系スキルのように習得や魔力消費のボーナスがあるわけでもない。
ただ、動作を真似するだけ。それがトレーススキルである。しかも、一つしか記憶できなかった。
記憶した剣士の素振りを行い、次は自前で剣を振るう。
これを繰り返すことでようやく剣士の素振りに自分の素振りが近づいて来た。
ただひたすらに繰り返す。無心に。
『精が出るねえ』
「おかげさまでこの剣士の動きはほぼ習得したよ」
『そんなに動いて疲れないのかい?』
「そこはトレースがあってこそだ。記憶した動作を使う分には疲れない。半分は自分でだから、疲れるは疲れるけどな」
ハールーンに声をかけられながらも動きは止めない。
疲れない利点があるから、荷物の上げ下げの日雇いには大活躍したものだ。
『それで、何か掴んだのかな?』
「収穫はあった。鑑定スキルがないから詳しくは分からないけど、記憶できる動作が三つまで増えたんだよ」
『ふうん。まあ、収穫があったなら良かったんじゃない? 人は何か前進や目標がないと気力がなくなるらしいからね』
「それは何世代前の人の言葉だ?」
『三世代前かな?』
彼か。顔も見たことがない人だけど、感謝している。
彼は小柄な男だったとハールーンから聞いた。
「隠遁」という特殊能力を持っていたらしく、外に出て、戻ってきた人だったんだ。
彼は小屋に手記を残した。この先来る誰かがこのクソったれな「魔窟」を突破してくれることを願い。
彼の手記は毎晩読んでいる。彼がどんな思いでこの手記を残したのかを想像すると胸が痛くなるよ。
「ふう。ここはぼんやりと明るいだけで昼なのか夜なのか分からないのが難点だな」
『腹時計って奴を使うと聞いた』
「そうだな。腹は減る」
『あはははは。君もここに慣れてきたね。順調、順調ってことかい』
「一秒でも早く、ここを出たいさ」
腕がパンパンだ。
剣の修行が終わっても、腕を僅かに動かす動作を繰り返す。
常にトレーススキルを使うことで熟練度をあげようって腹だ。
記憶できる動作が増えると、それはそれで力になる。
◇◇◇
<第一の試練は「死者の大聖堂」。ありとあらゆるアンデッドがすくう。気をつけろ。奴らは生者とみるやこぞって襲い掛かって来る。
東だ。東へ進め。さすれば森が見えて来る
グスタフ・ハンコック>
<第二の試練は「魔獣の森」。ありとあらゆる魔獣がすくう。フェアリーを探せ。鱗粉の導きが次への扉を開く
グスタフ・ハンコック>
残された手記を読み、ふうと息を吐く。
こうしている間にもトレーススキルは使いっぱなしだ。
手記を残した男――グスタフ・ハンコックは第三のエリアまで行き、絶望して帰ってきた。
彼は自分の姿を消す「隠遁」があったから、モンスターに見つからずに奥へ奥へと進む。しかし、第三のエリア「竜の谷」でモンスターに発見されてしまった。
間一髪のところで逃げ、ここへ戻ってきたと彼は記述している。
「うーん。俺が進むとなると敵を倒しながら、になるよな」
壁に立てかけた剣に目をやり、げんなりした。
あれほどの名剣の持ち主でもやられたんだよな。
「だが、俺はムラクモと違って一人じゃない」
ムラクモというのは仮の名前だ。この剣に銘があったんだよね。その銘がムラクモだったってわけさ。
彼は小屋に現れ、ハールーンと言葉を交わすこともなく旅だったんだと。
唯一彼が小屋でやったことといえば、ポーションを持った白骨死体に祈りを捧げたことくらい……とハールーンから聞いている。
戻って来て小屋の外で倒れたということは、グスタフの手記によるところの第一の試練「死者の大聖堂」でやられた線が濃厚だ。
第二の試練まで進んでいたら戻って来る前に死亡するだろうから。
俺は彼ほどの猛者ではないと確信している。たとえ、俺なりに修行が完了した後でさえも。
でも、俺には彼にはないものを持っている。
それは情報だ。
グスタフの言葉そのままだけど、情報は力になる。
無策で飛び込んだ者は、ムラクモほどの実力者であっても第一の試練さえ突破できなかった。
グスタフの手記を隅から隅まで覚え、ハールーンに聞けることは全て聞く。小屋の周囲にあるものも使えるものは全て使うつもりだ。
それが俺とムラクモの違い。
……弱者は弱者なりにやれることをやろうってことだ。
兄ちゃん、ちょっと時間がかかってしまうかもしれないけど、待っててくれよ。エステル。
俺は忘れてないぞ。郊外に畑付きの家を買って暮らして行こうって約束を。
◇◇◇
一ヶ月後――。
稀に会心の出来ともいえる一振りを行うことができる。
それをトレースすることで、自分の中の最高の一撃を再現することができるのだ。
剣士の振りを超え、渾身の一撃をトレースし、それが当たり前になると更に上に……と繰り返すことで剣技が飛躍的に伸びて行った。
自己流ではあるけど、この片刃の剣に合った動きができるようになってきたと思う。
この剣は「斬る」ことに特化した剣だ。
剣士の振りは叩きつけることを主にしたものだったから最初の動きと今だと別物に変わった。
それでも、奴の剣を活かしたことには変わりはない。
元が無ければ、この域に到達するまでに倍以上の時間がかかっていただろうな。よくもまあ、たった一つの記憶枠を剣士の振りに使っていたものだよ。
「剣の修行はある程度形になってきた」
『そうなんだ。それで?』
毒々しい色合いをした果実をかじる。そうしたらはかったようにハールーンが声をかけてきた。
このやり取りにも慣れてきたな。
「スキル無しの俺の剣技じゃたかが知れている。まだ鍛えるつもりだけどね。それだけじゃ生き残れないと思う」
『ふうん。次は何をするのかな?』
「身体能力の底上げをしたい。柔軟や筋肉を鍛える動きはしているけど、縦の動きも鍛えたい」
『縦? 木登りでもするのかい?』
「そんなところだ」
恐らくトレーススキルの熟練度は極まった。
記憶できる動作に制限がなくなっている。いくらでも物まねし放題なわけだけど、ここには俺とハールーンしかいないのだ。
自分の動作を、最高の動きを記憶し研ぎ澄ます以外のことはできない。
しかし、トレーススキルに更なる利点があることにようやく気が付いたんだ。
自分の動きであっても、「これだ」という動きを記憶していればいつ何時であってもその動きを再現することができる。
つまり、体調や気持ちに左右されることなく、常に最高のパフォーマンスを発揮することができるってわけだ。
「お、いいことを思いついた」
『どうしたんだい? 物欲しそうな目で僕を見て』
「協力してもらえないかと思ってさ。出来る限りの速さでいろんな角度から俺にぶつかってもらえるか?」
『あはははは。僕を修行に使おうってのかい』
「うん。頼めるかな?」
『初めてだよ。君のような面白い者は。傍観者に協力を、なんてね。得体の知れない僕に』
「姿形こそ人と異なるけど、ハールーンは悪い奴じゃないって分かってるって。たまには運動につき合ってくれよ」
『いいよ。だけど、全力だと君の目に見えない。君に合わせて速度をあげていくとしようか』
「助かる」
こうしてハールーンの協力を取り付けたわけだが、「俺に合わせる」と言った動きでも速すぎて捉えきれなかった。
どんだけ速いんだ。こいつの本気って。
戦慄する俺の顎に熱が。あっちいいいい!
掠める程度で止まってくれるからいいものを、本気でぶつかれたら大火傷するな……。
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