第35話

35 おっぱいのスパイ

 ゴッドフォーチュンは今回の『オールドホーム浄化作戦』において、シュタイマンをフォーチュンマウンテンから遠ざけるついでに、ある二次作戦を企てる。

 それはオールドホームの山を全焼させたあと、そのまま『運命の旋風』の風を弱めずに、隣にある『おっぱい山』まで延焼させるというものであった。


 『おっぱい山』はゴッドマザーの力の源とされているので、燃やし尽くしてしまえば聖偉としての力はガタ落ちになるであろう。


 もちろん『おっぱい山』は、普段は厳重に監視されている。

 少しでも火が付いたとわかれば、ヘルボトムウエストにいる領主であるザメンコバ血眼になって消防隊を派遣し、命にかえても消し止めていただろう。


 だが今回は、そうはならない。

 なぜならば『命令書』によって、手出し無用の通達がすでになされているから。


 命令書は本来、オールドホームの里に放火した際に、誤ってザメンコバが消してしまわないようにするための『保険』であった。

 しかしゴッドフォーチュンにとっては、うっとおしいライバル聖偉をひとり蹴落とすための『保険』でもあったのだ。


 結局、オールドホームの里はマトイの活躍によって麓と中腹までを焼失させる程度の被害で食い止められていた。

 これは予想外のことであったが、ゴッドフォーチュンはすぐに頭を切り替える。


 炎がオールドホームの里を伝って『おっぱい山』に伝播したことをいいことに、サイド・ミッションの遂行を決断した。

 シュタイマンをオールドホームの里から追い出すことには失敗したが、シュタイマンにしつこく付きまとうハエのような女を叩き潰すことができれば、それだけでも儲けもの。


 ハエ女の力の源である、『おっぱい山』は現在、炎に飲み込まれようとしている。

 消し止める者は誰もいないので、全焼は時間の問題であった。


 ゴッドフォーチュンは思う。

 シュタイマンを巡る、ハエ女との長き因縁は、これで終わりをつげたと。


 罠に嵌められたと気付いたハエ女は、胸のすくような『悔し顔』をしているに違いないだろうと。

 そしていよいよとなったら、本当のハエのように手をこすりあわせて懇願してくるに違いないと。


「なんでもするから、風向きを変えてぇ! ママのおっぱいを燃やさないでぇ!」


 と……!


 しかし、現実は180度と呼べるほどに異なっていた。

 ゴッドフォーチュンが覗き込んだその先には、


 ……ニチャア。


 と糸を引くような、ゴッドマザーの『嬉し顔』が……!


「……やっぱり、裏切るつもりだったんでちゅねぇ……!

 ゴッドフォーチュンちゃんは、ホントに悪い子でちゅねぇ……!」


 美白が過ぎる白い肌に、黒い影がさしていた。

 それはまるで、天使の仮面が剥がれかけた悪魔のよう。


 唖然とするゴッドフォーチュンの耳元で、悪魔はささやいた。


「風向きを変えるなら、今でちゅよぉ……?

 でないと、大変なことに……!」


 耳に虫が入り込んでくるかのような、ゾワッとするその声。

 ゴッドフォーチュンは思わず、ウッと顔を引いてしまったが、それでもなおも強がってみせた。


「ふ……ふん! そんなハッタリの余裕をかませば、わらわが風向きを変えるとでも思うたか!

 お前はもう終わりじゃ! さぁ、わらわの足元に這いつくばって、情けを請うがいい!」


「やっぱり、まだ気付いてないみたいでちゅねぇ……。

 ゴッドフォーチュンちゃんの『占い』のスキルが役立たずになっているという噂は、やっぱり本当だったんでちゅねぇ……!」


「なにっ!?」


「まさか自分の背中があんなに燃えていることにも気付かないだなんて……。

 ママはずっと、あなたの背中に『送り込んで』いたんでちゅよぉ……!」


「せ……背中っ!?」


 それは比喩的な表現であったが、ゴッドフォーチュンはすぐに気付いた。

 いまこの場で『背中』と呼べるものはひとつしかない。


 ゴッドフォーチュンは狼狽のあまり聖偉の威厳を失い、ひとりの少女のようにうろたえる。

 その脳内には、ひとつの絵図があった。


<i507431|22010>


 そう、『オールドホーム浄化作戦』の全貌である。

 いや、これは『全貌』などではなかった。



 ……カッ!



 と、ある一点に、思考が集中する。


<i507432|22010>


 ゴッドフォーチュンは心の中でひとりごちる。


 ――なにか、あるっ……!?



 ……ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!



 地響きのような音をたて、思考をスクロールさせた、その先には……。

 なんと、


<i507433|22010>


 『スパイ』がっ……!


 少女の開ききった瞳孔を、母は見抜いた。


「ようやく気付いたようでちゅねぇ……!

 そう、ママは『スパイ』を送り込んで、オールドホームの里と同時に、放火させていたんでちゅよぉ……!

 もちろんいっしょに『メッ殺の炎』もかけてあげて、ネッ……!」


 『おっぱい山』は、たったいま火が付いたばかり。

 しかしそれよりもずっと前に、『フォーチュン・マウンテン』には火が放たれていたのだ。


 となると、もはや……!


 ……ガッ!


 真っ赤に充血しきり、飛び出さんばかりの瞳で、水晶玉にかじりつくゴッドフォーチュン。

 映し出されている景色を、『おっぱい山』から『フォーチュン・マウンテン』に移動させる。


 すると、そこには……。

 地獄の閻魔大王が住まう地のように、炎に包まれた山がっ……!


「ぐっ……ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」


 ゴッドフォーチュンはおかっぱ頭を押え、地獄に堕とされたばかりの亡者のように大絶叫。

 レッドカーペットの上をのたうち回るその様は、最初の地獄の洗礼である、焼けた鉄板の責めを味わわされているかのようであった。

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