第36話
36 究極の選択
「ぐっ……ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?」
ゴッドフォーチュンの執務室からおこった大絶叫。
それは部屋の前だけでなく、廊下を突き抜けて響き渡る。
城の者たちは何事かと、ゴッドフォーチュンの執務室の前に集まっていた。
開けっぱなしの扉からは、信じられない光景が広がっている。
それは、蜘蛛の糸にすがる亡者のようなゴッドフォーチュンと、天から見下ろす釈迦のようなゴッドマザーであった。
「と……止めろっ! いますぐ火を止めるのじゃ! でないと、でないと、金剛石が燃えてしまうのじゃぁぁぁぁ~~~~っ!!」
フォーチュン・マウンテンは金剛石、すなわちダイヤモンドが眠る鉱脈である。
その神秘なる曇りなき輝きの力で、彼女は未来を見通していた。
そしてダイヤモンドというのは非常に硬い物質として有名であるが、火に弱いことも有名であろう。
600度で黒鉛となり、800度で炭化してしまう。
『運命の旋風』で風向きを変えたところで、炎の温度は下がらない。
となると『メッ殺の炎』の力を弱めてもらって、被害を最小限に食い止めるしかないのだ。
世にも不思議な利害関係が、いまここに誕生する。
『メッ殺の炎』の力を、弱めてもらいたいゴッドフォーチュン。
『運命の旋風』で、風向きを変えてもらいたいゴッドマザー。
それぞれの山の燃え広がり具合はゴッドマザーのほうが軽微だったので、交渉は彼女に分があった。
「あらあら、悪い子だったゴッドフォーチュンちゃんが、急にいい子になりましたねぇ。
ママの言うことを聞いてくれたら、その願いを叶えてあげなくもないでちゅよぉ」
「な、なんだ!? わらわはなにをすればいいのだ!? 早く言えっ!」
「まずは、そのへんな言葉遣いからでちゅねぇ。
ママのほうが偉いんでちゅから、ちゃんとした言葉を遣わないとダメでちゅよぉ?」
「言葉遣いじゃと!? そ、そんなこと、今はどうでもいいであろう!?」
「あっそう、やっぱりゴッドフォーチュンちゃんは悪い子なんでちゅねぇ。
ならもっと『メッ』としまちゅよぉ~?」
「わ、わかった! いや、わかりました!
もうそなた……いや、あなた様には逆らいません! ですから、ですからぁ~!」
「うふふ、そうそう、そんな風に素直でいてくれるのならママもやさしくしてあげまちゅよぉ~。
じゃ、ふたつ目のお願いを言いまちゅよぉ~」
「ふ、ふたつ!? ……わ、わりました! なんじゃ……なんでしょうか!?」
「あのお山にあるダイヤモンドを、ママと半分こしましょ? ネッ?」
「は、半分!? そんなに持っていかれたら、わらわの力は……!」
「嫌ならいいんでちゅよぉ? ぜぇーんぶ灰にしたければ、ネッ!」
「ぐっ……! ぎぎぎぎぎぎぎっ……! わ、わかった! 半分やる……いや、差し上げます!」
「うふふふふっ! ああ、ゴッドフォーチュンのダイヤモンド、ママはずっと欲しかったのぉ!
だいいち、ゴッドフォーチュンちゃんにはダイヤモンドなんて、まだ早いでしょぉ?」
「も、もうこれでいいだろう!? 早く、早く火を……!」
「だーめ、ママの最後のお願いがあるんだから!」
「ま、まだあるのか!? この強欲なメス……! ぐぐぐぐぐっ……! なんだ、申してみよ!」
「ホントのことを言うと、これがいちばんのお願いなの。
それは……シュタイマンちゃんに二度と近づかないって約束して、ネッ!」
「なにい!?」
「シュタイマンちゃんがママに甘えてくれない理由を、ママ、ずっと考えてたの。
きっと、ゴッドフォーチュンちゃんがいると恥ずかしくて甘えられないんじゃないか、って
だってママがシュタイマンちゃんを誘うとき、ゴッドフォーチュンがかならずそばにいたでしょぉ?」
「そ、それは……! そなたのようなメス……そなたのようなアバ……。
そなたのような女にシュタイマンを取られてはかなわぬからと、ずっと
そう。ゴッドフォーチュンは水晶玉で四六時中シュタイマンを監視し、芽のありそうなものはすべて摘み取っていたのだ。
城の若いメイドがシュタイマンと話すとわかるや、そのメイドのところに行って、
「シュタイマンの100メートル以内にいると、そなたは地獄に堕ちると出ておるぞ……!」
と脅しまわっていたのだ。
ノーフなど場合は、田舎娘だからシュタイマンは見向きもしないだろうと見逃されていた。
そしてその警告が通じなかった唯一の人物が、ゴッドマザーであった。
「シュタイマンちゃんにこれ以上近づいたら、地獄に堕ちるですって!?
大丈夫でちゅよぉ、地獄の閻魔大王ちゃんと鬼ちゃんたちは、みーんなママの子供でちゅからねぇ!」
占いでこの帝国を思いのままにしてきたゴッドフォーチュンにとって、占いが通じず、また恋敵であるゴッドマザーはまさに目の上のタンコブであった。
彼女がそう感じていたように、ゴッドマザーにとってもゴッドフォーチュンというのは目の上にできた人面疽であったのだ。
ゴッドマザーから、シュタイマンとの絶縁を言い渡され、ゴッドフォーチュンは苦悩する。
おそらくこれを承諾したら、ゴッドマザーは『聖約』の準備に入ることだろう。
聖偉の約束というのは、大臣以下の下々の者に対してはなんの拘束力もない。
たとえ契約書を交わしていたとしても、言葉ひとつで無効にできる。
しかし聖偉どうしの約束である『聖約』には絶対的な強制力がある。
破れば最後、聖偉の座を追われてしまうこともあるのだ。
この契約が交わされたが最後、ゴッドフォーチュンは水晶玉でシュタイマンを眺めることも禁じられるであろう。
ゴッドフォーチュンにとって、それだけは承服できぬことであった。
彼女のなかでは今、とてもではないが信じられない天秤が揺らいでいる。
秤の左側には、『フォーチュン・マウンテン』に埋蔵されているダイヤモンド。
それは、世界を買えるほどの量であった。
さらにそれだけでなく、彼女の今の立場もセットである。
力の源であるダイヤモンドを失えば、彼女は『聖偉』ではいられなくなるだろう。
このふたつの『重さ』に釣り合うものがあるとすれば、相当なものであると言わざるを得ない。
下手をするとそんなものは、この世に存在しないと言い切って良いだろう。
しかし、天秤は釣り合っていた。
秤の右側には、彼女にとってはそれだけのものが鎮座していたのだ。
それは、たったひとりの、男……!
良く言えば、紳士……!
悪く言えば、ただのオッサンであった……!
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