第34話

34 ひとつになった者たちと、ふたつに分かれた者たち

 時を超え、今ここに『紳士の肩車』が蘇る。

 それを目の当たりにしていたティアは、樹木の着ぐるみのまま、はらはらと涙を流す。


 彼女が落涙していたのは、歴史的瞬間を目の当たりにしたからではなかった。


「なんということでしょう……!

 立派にそそり立つおじさま……! そしてそれに突き上げられるマイトさん……!

 これはまさに、擬似的な『合体』といえるでしょう……!

 ああっ……! ふたりとも、とっても素敵です……! そして、とってもうらやま……!

 って、あっぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーっ!?!?」


 着ぐるみの尻に火が付いているのに気付き、自由の効かない身体でのたうち回るティア。

 そんな少女をよそに、もうひとりの少女は震えていた。


「こっ……この感覚……! そうだ、これだ……!

 アタイが欲しかったのは、これだったんだ……!」


 マイトは迫り来る炎に向かって手をかざす。


「消えろっ!」


 ……どばふーんっ!


 霧散する火の粉を、紙吹雪のように全身に浴びる。

 その表情は、恍惚に満ちていた。


「ち……力とやる気が、みるみる湧いてくるっ!

 おいシュタイマン! この調子で、ガンガンいくぞっ!」


「承知した」


「うおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 マイトは、母娘と『モヤスゾ団』を襲っていた炎を吹き飛ばし、同時に彼らを救いだした。


「ま、マイトの姐さんっ!?」


「や、やった! マイトの姐さんが、ついにやる気になってくれたぞ!」


「……アタイはもう、『マイト』なんかじゃねぇっ!」


 高みからそう見栄を切る少女。

 その瞳は固まったマグマのように冷たかったが、大いなる変化が起こっていた。


 地割れが起こり、その下から新たなるエネルギーが吹き出すように燃え盛る。


「アタイは……『火消しのマトイ』だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 そう叫んだ瞬間、少女の手がまばゆく光る。

 そこには、輝くまといがあった。


「で、でたっ! 姐さんの、『光の纏』っ!」


「『火消しのマトイ』完全復活だあっ!」


 歓声をあげる男たちに、マトイは威勢よく叫ぶ。


「よぉし野郎どもっ! 『モヤスゾ団』は今日で店じまいだ! 今日からアタイたちは『モヤサヌ団』でいくよっ!」


「おおーっ!!」


 そこからは、めざましい消火ぶりであった。

 マトイが火の矢面に立ち、光の纏を振り回す。


 その纏には団員に火に立ち向かう力を与える効果がある。

 男たちは火の中に突っ込んでも燃えなくなり、逆に火の勢いを弱めていく。


 オールドホームの中腹まで舐め尽していた炎は、みるみるうちに消え去っていった。

 これに業を煮やしたのは、もちろんあの聖偉コンビである。


「あああっ!? シュタイマンちゃんに肩車されてる子、もしかして……!」


「あの小娘は、かつてわらわたちが追放した、火消しの小娘ではないか!?」


「きぃぃぃぃぃぃーーーーっ! くやしい! またシュタイマンちゃんに肩車されてるだなんてぇ!」


「しかも、わらわの炎を消し止めるなどとは!? おのれっ、生意気なっ……!」


 嫉妬の燃料を投下されたゴッドマザーとゴッドフォーチュン。

 ふたりは『メッ殺の炎』と『運命の旋風』をさらにパワーアップさせようとする。


 同じ執務室にいた部下たちが、慌てて止めた。


「お、お待ちください! スキルの出力を最大限にしてしまったら、火は止められないほどの勢いになってしまいます!」


「そうなると、ヘルボトムウエストの消火設備だけでは消し止められなくなります!

 ヘルボトム領はどんな災害にあったとしても、帝国から救援を送ってはならない決まりになっています!

 なのでほどほどにしておかないと、オールドホームの里だけでなく、他にも被害が……!」


「うるさいわねぇ、ママの言うことを聞かない悪い子は、メッ、でちゅよ、メッ!」


「わらわのやることに口出しするでない! ここで引き下がるわけにはいかんのだっ!」


 部下たちが止めるのも効かず、聖偉コンビはスキルを最大出力にまであげてしまう。


 ……ドォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 すると炎は天を焦がすほどに噴き上がり、邪悪な竜のように変貌してあたりを襲いはじめる。


 しかし、時すでに遅し。

 オールドホームの里の中腹は消火帯ができあがっていて、いくら火勢が強くても這い上がれなくなっていた。


 行き場を失った炎竜たちは、風にのって麓を伝い、東へと向かう。

 そこには、なんとというか、やっぱりというか……。


 無防備な、『おっぱい山』が……!


 新たな獲物を見つけたと炎の竜たちは、双子山に襲いかかる。

 その様子を水晶玉で見ていたゴッドマザーは蒼白になった。


「あああっ!? そ、そこはだめぇ! そこはママの山なのぉ!?」


 水晶玉経由のモニターは、その場にいる部下たちには声を届けることができる。

 しかし炎にいくら叫んだところで聞き入れられるはずもない。


 ゴッドマザーはゴッドフォーチュンにすがった。


「お願い、いますぐ風向きを変えて! このままじゃ、ママの山が燃えちゃう!」


 しかしゴッドフォーチュンはうつむいたまま。

 切りそろえられた前髪の向こうで、ニヤリと笑っていた。


「だいぶ経過は変わってしまったが……おおむね作戦どおりといったところじゃな」


「えっ、ゴッドフォーチュンちゃん、いったいなにを言って……」


「わらわはオールドホームの里を焼き尽くしたあと、事故に見せかけて、そなたの山もついでに焼き尽くすつもりであったのだ」


「な……なんですてぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「当然であろう。そなたなんかの屋敷に、シュタイマンをかくまわせてたまるか。

 わらわが考えていたのは、シュタイマンをフォーチュンマウンテンから遠ざけ、そなたの力も奪うことだったのだからな。

 今のそなたにできるのは、己の力の象徴が灰になっていく様を、指を咥えて見ているだけ……!

 おーっほっほっほっほっ! 愉快愉快! おーっほっほっほっほっほーっ!!」


 ゴッドフォーチュンに裏切られたと知った途端、ゴッドマザーはうつむいてしまった。

 煽るようにその顔を覗き込むゴッドフォーチュン。


「おやおや、悔しさのあまり金切り声も出ぬか? いま、どんな気持ちじゃ?」


 ゴッドフォーチュンは思っていた。

 きっと『みんなのママ』と呼ばれるほどの聖母の仮面は剥がれ、トドメを刺される寸前の悪鬼のような顔をしているであろうと。


 だがそこにあったのは、なおもママの顔。

 しかし我が子に保険金を掛けて殺す瞬間のような、鬼畜なるママの顔であった……!


「……やっぱり、裏切るつもりだったんでちゅねぇ……!

 ゴッドフォーチュンちゃんは、ホントに悪い子でちゅねぇ……!」

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