第33話
33 最後の鍵
大波のような炎に爆炎をぶつけるのは、火に油を注ぐような行為だとマイトは思っていた。
しかし彼女の目の前に広がっていたのは、想像とは真逆の光景。
いまにもマイトを飲み込まんばかりであった炎は消え去り、海割りの奇跡のような焦土が広がっていた。
少女は喉のヒリつきも忘れて叫ぶ。
「な、なんで、なんで爆炎で火が消えちまうんだよ!?
火で火が消えるだなんて、ありえねぇだろっ!?」
マイトはかつて『火消し』だっただけあって、誰よりも火には詳しいと思っていた。
しかしいま起こった現象は、彼女の常識を覆すほどのものであった。
マイトは頭の中をひっくり返されたかのように混乱し、「ありえねぇ……」とワナワナと震える。
そのすぐそばで、「ありえるのだよ」と当然のような声が。
「これは『爆風消火』という、れっきとした消火方法の一種なのだ。
周囲を爆風で吹き飛ばすことで炎を消し、また消火帯ができるので延焼を防ぐ効果もある」
「ま、マジかよ……!? こ、こんな、消火方法があっただなんて……!」
「これでわかったかね?
『火消し』スキルはキミを裏切って、『爆炎』スキルに変質したわけではないことを。
かつてキミが消せなかった村の火事を悔いていたのは、キミだけではないのだ。
キミのスキルも、そのことを悔やんでいたのだよ。
そして新たなる『火消し』の力として、『爆炎』となったのだ」
「う、ウソだろ……!? スキルは、アタイを裏切ってたわけじゃないってのか……!?」
「わたくしは、スキルは持ち主の心を映す鏡だと思っている。
どんなにやさぐれてみせても、心の底では正しき心を持ち続けるかぎり、スキルも正しくあり続けるのだ。
さあ、どうするかね?
その力を、なおも破壊として用いるか、それとも以前のように、火消しの力として用いるか……」
背後から「
そこには『モヤスゾ団』の男たちがいた。
「マイトの姐さん! 俺たちはずっとこの時を待っていたんだ!」
「マイトの姐さんがまたいつか火消しに戻ってくれることを信じて、俺たちはついてきたんだ!」
「マイトの姐さんだって、火消しに戻りたいはずだろう!?」
「そ……そんなこと、あるわけねぇだろうが!
アタイたちは追放されたときに誓っただろう!? 二度と火消しはしねぇって!
今度は逆にアタイたちが燃やし尽してやろうって、決めたじゃないか!」
開きかけたマイトの心の扉が、再び閉じようとしていた。
しかしまたしても、傍らから声がする。
「キミは、一度たりともそのスキルで何かを燃やしたことはないはずだ。
わたくしにはわかる」
「で……デタラメ言ってんじゃねぇ! オッサンなんかに、アタイのなにがわかるってんだ!」
「キミがオールドホームの里に最初に来たとき、空中に爆炎スキルを放ってみせただろう。
あの時点で、わたくしはキミが正しい心を持ち続けていることを悟ったのだ」
「それがなんだってんだ!?
アレは脅しで、もし言うことを聞かなかったら……!」
「今までの相手はそれで観念していたのだろう?
本当に相手を傷付けるつもりの脅しなら、小屋のひとつでも吹き飛ばしたほうがもっと効果的だ。
しかしキミは、誰も傷付かない空中を狙った。
炎で誰かを傷付けることを、何よりも嫌っている証拠だよ」
「ぐっ……!」と言葉に詰まるマイト。
『モヤスゾ団』の男たちも、今更ながらに気付いたようだ。
「そ……そういえば、マイトの姐さんは、爆炎を誰かに向けたことは一度もなかった!」
「やっぱりマイトの姐さんは、根っからの『火消し』なんだ!」
「マイトの姐さん! やりましょう! 姐さんの力で、この火を消しましょう!」
「きゃあああああああーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
不意に、悲鳴が割り込んでくる。
その声の先を一斉に見やると、そこには、逃げ遅れた母娘が炎に巻かれていた。
「あ、あついよぉ! あついよぉーーーーっ!」
「だ、誰か! 助けてぇ! 助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」
しかし、マイトは動かない。
うつむいたまま、歯噛みをしている。
『モヤスゾ団』はじれったそうに叫んだ。
「姐さん! なにやってんだよっ!?」
「くそっ! 姐さんがやらねぇってのなら、俺たちだけでもやろうぜ!」
「そうだ! 意気地なしの姐さんなんかほっといて、助けに行こうっ!」
「うおおおおおーーーーっ!」と勇猛果敢に炎に挑んでいく男たち。
しかし消火スキルのない彼らでは、業火を鎮めることはできない。
それでも彼らは炎に突っ込んでいく。
己の身体に火が燃え移るのもかまわずに。
しかし、マイトは震えたまま。
「で……できねぇ、アタイには、できねぇんだ……!
城の火事を救ったあとに、なぜだか知らねぇけど、心の中にポッカリ穴が空いちまって……!
『火消し』はできるのに、なにか物足りなくなっちまったんだ……!
まるで心が燃えカスになったみてぇに、ずっとくすぶったまま、中途半端に熱くなっちまって……!」
「それは、『恋』です!」と、またしても、どこからともなく声が。
マイトとシュタイマンが同時に見やった先には、パッと見では信じられないものが立っていた。
それはなんと、樹木に偽装したティア……!
ウロから顔が出ており、両手が枝に、根っこが足になっている美少女は、唖然とするふたりに向かって叫ぶ。
「おじさま! マイトさんの心の扉を開く最後の鍵は、おじさまなんです!
おじさま、マイトさんに
『アレ』がなにかを察したシュタイマンは、「うむ」と頷き返す。
しゃがみこむと、問答無用でマイトの股に頭を突っ込んだ。
「ぎゃあっ!? こんなときになにやってんだよオッサンっ!?」
マイトが悲鳴をあげるのもおかまいなしに、そのまま担ぎ上げる。
そう、マイトの固く閉ざされた心の扉を開く、最後の鍵……。
それは、『紳士の肩車』であった……!
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