第32話

32 作戦決行

 ヘルボトムウエストの領主であるザメンコバ。

 彼はヌスターとネコババの来訪によって、『悪魔の作戦』を知った。


 普通の領主であれば、己の領地の山に放火されても消火活動を指示せず、黙って見ていろなどという要求に答えるわけがない。

 しかし『この世の地獄』とされるこの地においては、常識など通用しなかった。


 ザメンコバはふたりの大臣を前に、名案を思いついたとばかりにポンと手を打ち鳴らす。


「最近、貧民街のゴミどもが飢えなくなって、観光客である貴族の方々を楽しませなくなったのです!

 生意気だと思っておりましたから、いっそのこと貧民街のゴミも一緒に掃除させていただいてもよろしいですかな!?

 部下からの報告で知ったのですが、あさってオールドホームの里では『芋煮会』というイベントをやるそうですぞ!

 そこには貧民街の者たちを全員招いておるようでして、どうやって妨害してやろうか考えておったところです!

 その日に『浄化』してやれば、生意気なゴミどももキレイさっぱりいなくなります!

 あとは新しいゴミを適当にひっぱってきてくだされば、貧民街はまた貴族の遊園地になるでしょう!」


 ザメンコバは村おこしを思いついた村長のように、ヌスターとネコババに提案。

 一石二鳥の案だと大臣コンビも承諾し、『悪魔の作戦』の決行は明後日に決まった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 作戦までの2日間、大臣コンビと部下たちはヘルボトムウエストの貴族街にある高級ホテルで過ごす。

 そして作戦決行の日、彼らは馬車に乗ってオールドホームの里を目指した。


 通りがかりの貧民街では、『芋煮会』に参加するため、多くの貧民たちが大移動。

 馬車の中で彼らを見下ろしてた大臣たちは、これが最後の食事となるとも知らず、と笑っていた。


 そして大臣コンビと部下たちはオールドホームの里に到着。

 西側の麓に潜み、『芋煮会』が始まるのを待つ。


 山の頂上から賑やかな声が聴こえてきたところで、あたりの枯れ草に火を投げ込んだ。

 炎はじょじょに大きくなり、狼煙のような白煙がもうもとあがる。


 それが、合図であった。

 スキルフル帝国のゴッドフォーチュンの執務室には、ふたりの聖偉が水晶玉を覗き込んでいた。


 水晶玉にオールドホームの麓が映っている。

 まずは、ゴッドマザーが声を大にした。


「シュタイマンちゃん、そんなばっちいところにいちゃダメでちゅよ!

 もうママ、おこったんでちゅからね! メッ! メッ! メーッ!」


 それは『メッ殺の炎』を起こすための、彼女なりの詠唱。

 本来は悪を浄化するためのスキルなのだが、今回その力は何の罪もない山々に降り注いだ。


 ゴッドマザーの手によって赤き火は蒼炎に変わり、邪悪な瘴気のような黒煙を放ちはじめた。

 狼煙を確認した瞬間に、ゴッドフォーチュンが『運命の旋風』のスキルを発動。


「わらわの決める運命には、何人たりとも逆らうことはできぬのだ……!

 つむじ風の中を舞う枯葉のように、くるくると翻弄されるのみ……!」


 すると、ふたりの女の情念が合わさったかのように、炎は間欠泉のように高く噴き上がった。


 ……シュゴォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーッ!!


 西側の麓が、瞬時に炎の波に飲み込まれる。

 それは津波のようにあっという間に中腹まで達し、山小屋を焼き尽くす。


「きゃあああああーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 山小屋に住んでいた人たちは逃げ惑う。

 その時、シュタイマンは頂上にいたのだが、真っ先に異変に気付いていた。


 芋のたっぷり入った鍋に浮かれている者たちに向かって叫ぶ。


「西の麓で火事が起こった! すでに中腹まで飲み込まれている!

 動けるものは、他の中腹にいる者たちに呼びかけて、この頂上に避難させるのだ!」


 ダッシュが叫んだ。


「おいおいオッサン、火の手が登ってきてるってのに、頂上に逃げろってのかよ!?

 みんなで反対側の麓に降りて、そのまま逃げたほうが……!」


「いいや、炎はこの山の麓を包み込むように広がっている!

 いま逃げても逃げきれぬであろう!

 しかし頂上にはいざという時のために、周囲に防火林を植えてある!

 火のまわりが遅くなるはずだから、そこで水の備蓄を使って食い止めるのだ!」


「オッサンの用心深さも、こんな時には役に立つよな!

 わかったぜ! おいみんな、避難班と消火班に分けるぞ!

 なんとしてもこの頂上を死守するんだっ!」


 芋煮会は一転して災害パニックとなったが、ダッシュやガタヤスたちが冷静なる行動を呼びかけたおかげで、不用意な行動をする者はひとりとしていなかった。


 そしてシュタイマンはというと、マイトの腕を引っ張り炎の最前線へと向かう。

 彼女を心配して、『モヤスゾ団』のメンバーたちもついてきていた。


 覆い被さるような炎の壁が立ちはだかる。

 まるで焼き窯の中に放り込まれたかのような、肌がチリチリと焦がされる灼熱のまっただ中にふたりは立った。


「おい、離せよオッサン! いったい何をしようってんだよ!?

 さては、アタイを焼き殺す気だな!?」


「いや、そうではない。

 いま火を消せるスキルを持っているのはキミしかないのだ」


「ハァ!? 言っただろう、アタイの火消しのスキルは無くなったって!

 それともアタイの爆炎のスキルになにか用があるってのかよ!?」


「そうだ。今こそキミの爆炎が必要なのだ。

 キミのスキルの封印は、とっくの昔に自然解除されている。

 さぁ、炎に向かって爆炎を放つのだ!」


「ハアァ!? なに気でも狂ったのかよ、オッサン!

 こんなところで爆炎なんか出したら、山火事が酷くなるだろうが!

 あっという間になにもかもが灰になっちまうぞ!」


「それが、キミの本望ではなかったのかね?」


 シュタイマンに挑発するように言われ、マイトは赤毛を逆立たせた。


「チクショウ! なら、お望みどおりにしてやるよ! どうなっても知らねぇからなっ!

 ……爆ぜろっ!」


 マイトは炎の壁向かって指をパチンと鳴らす。


 ……ドゴォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!


 目の前に火球を撃ち込こんだような爆発がおこり、熱風が押し寄せる。

 「くっ……!」と両腕で顔をかばうマイト。


 しかし目の前にあったのは、彼女の想像とは真逆の光景であった。


「ほ……炎が、弱まってる……!?」

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