第29話

29 追放の少女

 夕食が終わる頃には「ハラヘッター」とダッシュが二階から降りてきたが、マイトは戻ってこなかった。

 シュタイマンは後片付けを手伝ってから、山小屋の外へと出る。


「だいぶ、夜風も冷たくなってきたな」


 背後に気配を感じつつも、山小屋のまわりをひと回り。

 すると、裏庭のカボチャ畑で人影を見つけた。


 マイトはカボチャによりかかるようにして座り、夜空を仰いでいる。

 シュタイマンはその隣にハンカチを敷き、同じようなポーズで座り込んだ。


 「どうかね? わたくしの手作りだ」と紙に包まれたラップサンドを差し出す。

 するとマイトは無言でひったくり、しばらく何も食べていなかった子供のようにパクついた。


「なんでアタイに構うんだよ」


「当然だ。キミはかつて、帝国の危機を救ったことのある英雄なのだから。火消しの……」


「アタイはもう、そんな立派な人間じゃねぇんだよっ!」


 ……マイトはかつて、帝都の付近にある小さな村に住み、そこで『モヤサヌ団』と呼ばれる、消防団のリーダーを務めていた。

 彼女のおかげで村には一切の火事がなく、また有事の際には近隣の村や街にも飛んでいって消火活動にあたっていた。


 帝都の転覆を狙った者たちが、王城に放火をしたことがあった。

 それは周到に用意されたテロ行為で、王城はあっという間に火に包まれた。


 しかし駆けつけた『モヤサヌ団』によって、大きな被害もなく消し止められる。

 それはマイトの活躍が大きかったのだが、消火活動の際、シュタイマンが彼女を肩車していた。


 マイトは小柄であったが、肩車のおかげで炎の中でもまわりから目立つようになり、消火活動の助けとなった。

 さらにシュタイマンの調律チューニングによってスキルは増幅され、城を包む猛火はあっという間に消し去られたという。


 次の日の新聞はどれも、炎を相手に威勢よく戦うマイトの姿が一面トップに。

 その片隅には見切れるくらいのギリギリで、彼女を担ぎ上げるシュタイマンの顔が映っていた。


 マイトは、炎から王城を救った英雄として、勲章を与えられた。

 彼女にとってそれは、人生最高の瞬間だったであろう。


 「でも、そこまでだったのさ……」とつぶやくマイト。


 それからしばらくして、マイトのいる村が火事になった。

 その炎は城で起こったものと比べものにならないくらい火勢が強く、いくら彼女でもまったく消しとめられなかった。


 火はすべてを焼き尽くすまで衰えることはなく、村は焦土と化し、多くの死傷者を出してしまう。

 最前線で消火活動を行なっていたマイトも、大やけどを負ってしまった。


 気付くとマイトは病院のベッドの上。

 大切な村と、大切な人を失ったと知り、大きなショックを受けた。


「それからアタイは、火を消すことができなくなっちまった……。

 それどころかスキルにも裏切られて、火を出す体質になっちまったんだよ……!」


 帝都の憲兵は、村の火事について調べていたのだが、その『スキル』が目に止まってしまう。

 憲兵は村に放火をしたのはマイトだと決めつけ、彼女を逮捕した。


 マイトと『モヤサヌ団』のメンバーは投獄され、裁判にかけられる。

 申し開きも虚しく、今まですべての火事の罪を着せられてしまった。


 そして彼女に下された判決は、『追放』……!


 シュタイマンはこの事実を、長期の出張から帰ってきてから知らされる。


 自分がいれば、証人なれたのに……!


 と、当時は深く悔いていた。

 シュタイマンはなんとかしてマイトを救おうと、司法の聖偉に掛け合ったが、相手にもされなかった。


 そして時を超え、再びマイトと相まみえたシュタイマン。

 彼は言葉に同情を滲ませることなく、医師のように淡々と告げた。


「精神的なショックを受けると、スキルが変質してしまうことはたまにある。

 その変質は残念ながら、今のわたくしの調律チューニングで元に戻すことはできない。

 マイト君、キミは村を襲った火事が原因で、炎を怖れるようになってしまっている。

 爆炎のスキルは、その象徴のようなものだ。

 かつて帝都を救ったときのように、スキルを信じる心と、炎を怖れぬ勇気を取り戻せば、キミのスキルは……」


「スキルに裏切られたってのに、信じろってのかよ!?

 こんなになったってのに、怖れるなっていうのかよっ!?」


 ……バッ!


 マイトは顔半分を覆っている前髪をめくりあげる。

 そこには、見るも無惨に焼けただれた肌があった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 マイトとの溝は深まるばかりであったが、それとは対象的にオールドホームの里は、その存在感を着実に広めていった。


 ヘルボトムウエストにおいて、大いなる変化をもたらす。

 その変化というのは、貴族たちの愉しみをも大きく奪い去っていった。


 貴族たちは『餓鬼狩り』と称し、馬車に乗ってスラム街を巡って、寄ってきた貧民たちにエサを与え、ときには痛めつけて娯楽としていた。

 しかしオールドホームの炊き出しにより、貧民たちが飢えなくなってしまった。


 そのためいくら馬車で乗りつけてみても、貧民たちは一切寄ってこない。

 まるでたっぷりエサを与えられたサファリパークの動物のように、誰もが満足そうな顔で午睡を楽しんでいる。


 そして午睡が終わると、午後の仕事だと言わんばかりにテキパキと働きはじめるのだ。


 さらに、街には王族や貴族のための高級レストランがあり、腹をすかせた貧民を眺めながら食事を楽しむことができる。

 そこにも激変が訪れていた。


 いつもはガラスに張り付いてヨダレを垂らして見ている貧民を前に、見せびらかすように食事ができるのだが……。

 いまはなぜか、逆に貧民たちが見せびらかすように、炊き出しの野菜料理を楽しんでいるのだ……!


 それがレストランで出される野菜よりも、ずっと新鮮でおいしそうに見えてしまう。

 とうとう貴族たちのほうがヨダレを垂らしてガラスに張り付くという、真逆の現象が……!


 これらの事態を、ヘルボトムウエストの領主であるザメンコバは重く見ていた。

 彼は帝国から訪れる貴族たちに、テーマパークのように格差社会を提供するために、領主として任命されている。


 貴族たちはここで残酷なアトラクションに興じ、「やっぱり帝国は天国で、それ以外の場所は地獄だ」と再認識して帰るのだ。

 しかし今や天地がひっくり返ったかのように、天国と地獄は逆転していた。


 ザメンコバはその原因を作り出したのがオールドホームの里であると突き止め、潰すために兵士たちを送り込む。

 しかしすでに敵の軍備は強大で、兵士たちはすべて返り討ちにあっていた。


 このままではマズい、なんとかしてオールドホームの里をメチャクチャにして、元通りの格差に戻さないと……!

 自分は領主の座を奪われてしまう……!


 頭を抱えるザメンコバ。

 そんなある日のこと、ヘルボトムウエストにある彼の屋敷に、ふたりの大臣が訪れた。


 彼らはザメンコバに告げる。


「オールドホームの里がある山に、火を放つ」


 と……!

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