第28話

28 スキル封印

 突如としてオールドホームの里に現れた『モヤスゾ団』。

 そのリーダーである少女のスキルを目の当たりにしたシュタイマンは、眉ひとつ動かさずこう言った。


「炎と爆発を操るスキルであるな」


「そうさ! アタイは『火起こしのマイト』! 指をひと鳴らしするだけで、すべてを燃やし尽くす!

 次はアンタのそのポマードべったりな髪を燃やしてやろうか!?」


 ふたりの間に、ダッシュが割り込んでくる。


「ったく、よくさえずるガキだな。

 どいてなオッサン、ジェントルマンのあんたは、女に手を上げられねぇだろ? 

 かわりにこの俺が、お尻ペンペンしてやっから」


「ふん、アタイの爆炎を見てもなお、やろうってのかい!?」


「ああ。お前の炎と俺の風、どっちが疾いか競争といこうじゃねぇか」


 戦いは、いきなりリーダー同士の決戦になるかと思われた。

 しかし、


「ダッシュ君、いつもであればキミに席を譲ることはやぶさかではないが、今回はわたくしに任せてもらおう」


「はぁ!? なんだよオッサン、急に色気づきやがったのか!?」


「いいや、彼女とは浅からぬ仲でね」


 その言葉に真っ先に反応したのは、背後にいたティア。


「あ……浅からぬ仲っ!? ということは抜き差しならぬ、しっぽりとした深い仲だったというわけですか!?」


「ああ、ともに戦ったこともある仲だ」


「そ、その戦場とは、まさか、まさかっ!? 男と女のウォー・ゲームっ!?」


 そのまま鼻血を出して卒倒するティア。

 ノーフの手によって、山小屋の中に運び込まれていく。


 やれやれと、肩をすくめるダッシュ。


「なんか拍子抜けしちまったな。まあ、そういうことなら譲ってやらなくもないぜ。

 燃え残った骨は拾ってやるから、存分に年寄りの冷や水を楽しむんだな」


 ポンと肩を叩き、後ろに控えるダッシュ。

 シュタイマンはマイトと対峙する。


 なおも舞い散る火の粉のなか、睨み合う紳士と赤髪の少女。


 先に動いたのはシュタイマンであった。

 クイックドローのように懐から音叉を取り出すと、そのまま早撃ちのように切っ先を向けて鳴らす。


 ……ポーン!


 音叉の先から起こった目に見えない音波が、マイトの身体を通り抜けていく。

 すでにシュタイマンはマイトに背を向けていた。


 その背中に向かって、マイトは吠える。


「おい、オッサン! 逃げる気か!?」


「もう終わった。キミのスキルを一時的に封印させてもらった」


「なにっ!?」


 マイトは指を鳴らそうとする。

 しかし、


 ……すかっ!


 先ほどまでの小気味よいクラップは起こらず、シケたマッチを擦ったような音がするばかり。

 もちろん、マッチほどの炎すらも起きなかった。


「くそっ!? なんでだよっ!? なんでだよっ!?」


 マイトは信じられない様子で、何度も指を擦りあわせる。

 しかし、いくらやっても音は鳴らない。


「オッサン……いつのまにそんな特技を身に付けたんだよ」


 唖然とするダッシュに、シュタイマンは音叉を懐にしまいながら答えた。


「日々研鑽けんさんを怠らぬのが、紳士というものなのだよ」


 軒下からガタヤスたちがどやどやと出てくる。


「へへ、さすがはシュタイマンさん! 火がないとなりゃ、こんな奴ら怖くありませんぜ! おい野郎ども、やっちまえ!」


「待つのだ、ガタヤス君」


「へっ?」


「『モヤスゾ団』の面倒を見てやってほしい」


「ええっ!? 痛めつけて追い払うんじゃなくて、ここで飼うつもりですかい!?」


「飼うのではなく、ともに暮らすのだ。

 かつてこの里を襲ったキミたちがこうして仲間になったのだから、彼らとも心が通じあえるに違いない」


「で、でも……! マイトとかいうガキのスキルが復活したりしたら……!」


「それなら心配無用だ。マイト君はわたくしが監視しておこう」


 その言葉に真っ先に反応したのは、山小屋の寝室。

 見た目は深窓の令嬢のようなのに、ヤモリのようなポーズで窓辺に張り付いていたティアであった。


「し、視姦っ!? ま、まさかおじさまに、そんなご趣味があっただなんて……!

 う……うらやまです、マイトさんっ!」


 スキルを無効にされたマイトは観念する。

 『モヤスゾ団』はマイトの爆炎スキルで幅を利かせていた集団だったので、部下たちも大人しく軍門にくだった。


 部下たちは新しい男手として、オールドホームの里で働き始める。

 しかしマイトだけは何もしなかった。


 里の仕事を手伝うこともせず、遊び歩いてばかり。

 見かねたダッシュが夕食の席で注意したのだが、


「おいガキんちょ、働かずに食う飯はうまいか?」


「はぁ? 働くのと飯のうまさに何の関係があるってんだよ」


「飯ってのはなぁ、汗を流したぶんだけうまくなるんだよ!」


「だったらダッシュが働けばいいだろ。アンタもたいしたことしてないんだからさ」


「そうだなぁ、俺も少しは……って、俺はリーダーだからいいんだよ!」


「リーダーなら、むしろ率先して働くべきじゃねぇのかよ!

 アタイが『モヤスゾ団』のリーダーだった頃は、先頭に立って働いてた!

 だからこの里もアタイがリーダーになりゃ、もっともっとよくなるんだよ!」


「このガキっ、いわせておけば……!」


「へぇ、やろうってのかい? そりゃ今が絶好のチャンスだろうからね!

 アンタみたいなヘタレは、アタイのスキルがない今しか勝ち目がないからね!」


「ぐぬぬぬっ……! おいシュタイマン! コイツのスキルを今すぐ元に戻せ!

 どっちが上か、ハッキリさせてやろうじゃねぇか!」


「ふたりともやめたまえ。賑やかな食卓というのは良いものだが、それは不仲によって作り出されるものではない」


「「うるせぇよ、クソオヤジっ!」」


 ハモるダッシュとマイト。

 お互いをキッと睨みあったあと、


「こんなクソガキと一緒に飯が食えるか!」「アタイだって願い下げだね!」


 ズバンとフォークを叩きつけ、ダッシュは山小屋の階段を駆け上がり、マイトは外に出て行ってしまった。


「ふたりとも、変なところで意地になるタイプのようだな。でもこれで平穏な食卓になった」


 残されたメンバーは、あわあわと階段と玄関を交互に見やっていた。

 「しゅ、シュタイマンさん! ふたりをほっといていいだか!?」とノーフ。


「ダッシュ君のほうは、空腹になれば降りてくるだろう。

 マイト君のほうは、食事が終わるまでに戻ってこなければ、あとでわたくしが様子を見に行こう」


「そ、それはもしかして……!? 夜の山奥で、マイトさんとふたりっきりになるということですか!?」


「ああ。彼女とはいちど、しっかり対話をしてみる必要があるかもしれんな」


「た、対話!? ど、どの口でですかっ!?」


「お、落ち着いてくだせぇ、ティア様!

 そんなに興奮すると、また鼻血が出てしまいますだ!

 っていうか、いまの話のどこに昂ぶる要素があっただか!?」

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