第30話
30 ふたつの山
大臣たちの電撃訪問。
そのとき領主ザメンコバは書斎にいたのだが、革張りの椅子からひっくり返るほどに驚いていた。
転げ落ちたその勢いのまま、額を絨毯にこすりつけて平伏する。
「ねっ、ネコババ様にヌスター様っ!? おいでになるならご連絡をくだされば、お迎えにあがりましたのに!?
なんにしてもお越しいただき、恐悦至極に存じます!」
ネコババはミステリアスな雰囲気の老婆で、ヌスターは男勝りな雰囲気の若き女性であった。
対象的なふたりは、声を揃えて告げる。
「オールドホームの里がある山に、火を放つ」
と……!
ザメンコバはぎょっと顔をあげる。
「そ、そんなことをしてよろしいのですか!?
放火はもちろん私も考えました! でもオールドホーム里がある山の隣には、あなた様方がお仕えになられている、ゴッドフォーチュン様とゴッドマザー様の霊峰があるではありませんか!
そこに燃え移ったりでもしたら、大変なことに……!」
「かまわぬ。聖偉様の許可は頂いている。
だからこそ、臣下であるわれらふたりがここに来たのだ」
ネコババとヌスターは懐から取りだした羊皮紙を広げてみせる。
それはオールドホームの里の『浄化』を許可するという、ふたりの聖偉の一筆が入った正式なる命令書であった。
そして文面に直接の記載こそないが、ある暗黙の効力も有している。
この命令書が下された領土の領主は、一切の手出しは無用という効果である。
たとえば洪水による『浄化』の場合は避難勧告をしてはならない。
今回はネコババとヌスターは「火を放つ」と公言しているので、放火による『浄化』となる。
その場合は、自然鎮火するまでは消火活動をしてはならない。
そう、オールドホームの里がどれだけ焼け野原になろうとも、どれだけそこにいる者たちが火に巻かれていようとも……。
すべての外野は、ノータッチでなくてはならないのだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
時は少し戻る。
ゴッドマザーはスキルフル帝国の執務室で、今日もご機嫌ナナメであった。
「もう、もう、んもぉ~っ!
シュタイマンちゃんはオールドホームにいるとわかってるのに、どうして連れてこられないのぉ!?」
彼女の右胸、いや右腕ともいえるナンバー2の大臣、ヌスターは汗を拭いながら恐縮しきりであった。
「も、申し訳ありません! 何度も刺客を差し向けているのですが、いずれも返り討ちにあっていて……。
シュタイマンのそばにはかつての帝王であるダッシュがおりまして、これがとんでもない強さのようでして……!」
「ダッシュ!? あんな悪い子と付き合っちゃ駄目だって、ママ、何度もシュタイマンちゃんに言ってたのに!
それに、よりによってなんであの山なの!?
せめて、せめて、ひとつ隣にある『おっぱい山』にいてくれればいいのにぃ!」
『おっぱい山』。
オールドホームの里の東隣に位置する双子山で、ゴッドマザーの力を源を生み出している山である。
山の中にいると母親に抱かれているような気持ちになれるという、霊験あらたかな場所。
そのためヘルボトム領にありながらも、多くの聖女たちが巡礼に訪れる場所でもある。
「シュタイマンちゃんったらいつもそう! マッサージの時でもママの身体には絶対に触ってくれないのよ!
ママから触りにいこうとすると、ピュッって手を引っ込めちゃうんだから!
それと同じで『おっぱい山』に来てくれないだなんて、もう、いじわるぅぅぅぅぅーーーーーーっ!!」
お目当ての紳士はすぐ隣にいるというのに、いくら手を伸ばしても届かないのは追放前も追放後も変わらない。
もどかしさのあまり、大きな胸を抱いて悶絶するゴッドマザー。
ふと、ヌスターがある提案をした。
「あの、ゴッドマザー様。シュタイマンをオールドホームから動かすのが難しいのであれば、オールドホームにいられなくするというのはいかがでしょう?」
「なあに? それってどういうことかしら?」
「オールドホームのある山に火を放って全焼させれば、シュタイマンは嫌でもそこには住めなくなります。
となれば、隣にある『おっぱい山』に移り住むのでは……!?」
「んまぁ!? それはいいアイデアね! 今すぐ火を放ちましょう!」
「お待ちください。この手にはひとつだけ問題があるのです。
オールドホームの西隣には、ゴッドフォーチュン様の霊峰があるのです……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
所かわってゴッドフォーチュンの執務室。
彼女は水晶玉に映るオールドホームの里を見つめながら、もどかしそうに親指の爪を噛んでいた。
「オールドホームの畑はついに、山全体に及ぶようになってしまった……!
このままではきゃつらは、隣にある『フォーチュン・マウンテン』にまで侵攻してくるに違いない……!」
『フォーチュン・マウンテン』。
オールドホームの里の東隣に位置する山で、ゴッドフォーチュンの力を源を生み出している山とされている。
山の頂上には、彼女の力の源であり、水晶玉の原材料ともなっている巨大な金剛石がある。
彼女の愛用する水晶玉は水晶ではなく、実は金剛石を球体に削ったものであった。
まさにお宝が眠る山だったのだが、ゴッドフォーチュンは『フォーチュン・マウンテン』に近づく者は地獄に堕ちると喧伝していた。
彼女の占いを信じない者はいないので、たとえ希代の大泥棒であったとしても山には近寄ろうとはしなかった。
しかし、今回ばかりは事情が違う。
「『フォーチュン・マウンテン』に入るものは地獄に堕ちるという占いを、シュタイマンが知らぬわけがない。
しかしシュタイマンは帝国にいた頃ですら、わらわの占いをぜんぜん信じなかった。
帝王ですら全幅の信頼を寄せている、わらわの占いを……!
ということは、シュタイマンはなんのためらいもなく、『フォーチュン・マウンテン』に畑を作りはじめてもおかしくはない……!
そして頂上にある金剛石すらも、我が物とするかもしれん……!」
ゴッドフォーチュンはそれだけは絶対に許すわけにはいかなかった。
なぜならば最近、彼女のスキルに不調が目立ち始めているから。
彼女は『占い』という名の予知能力があるのだが、それが最近は
不調の原因は、シュタイマンの
ちなみにではあるが、ふたりの聖偉が持つ霊峰は、真横から見ると下図のような位置関係にある。
<i507428|22010>
どちらもシュタイマンのいるオールドホームの里とはご近所さんであったが、その心象は真逆。
ゴッドマザーの山はウェルカムなのに対し、ゴッドフォーチュンの山はアンウェルカム状態。
かたや、シュタイマンにぜひとも来てもらいたい。
かたや、ぜったいに来て欲しくない……!
ゴッドフォーチュンは水晶玉をガッと掴んでワナワナと震えていた。
そばに控えていた老婆が、そっとつぶやく。
「ゴッドフォーチュン様、僭越ながら申し上げます。
シュタイマンを、オールドホームにいられなくするというのはいかがでしょうか……?」
それは奇しくも、ヌスターがしたのとまったく同じ提案であった。
ゴッドマザーとゴッドフォーチュン。
ふたりはシュタイマンの両腕を引っ張り合うライバル関係にある。
しかし、今回だけは利害関係が完全一致
さらに両者の大臣が橋渡ししたことによって、ついに禁断の作戦にゴーサインが下されることとなったのだ……!
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