第19話

19 ゴッドファーマーの力

 ノーフが頭を下げても、ゴッドファーマーは彼女に視線をやりもしなかった。

 隣にいた部下のノット・リーをアゴで呼びつけて耳打ちする。


「おい、こんなちっこい娘で大丈夫だか?」


 ノット・リーは揉み手をしながら応えた。


「それでしたらご心配には及びません、ゴッドファーマー様。

 このノーフとかいう小娘は、なんと上級スキルである『作物の成長促進』を持っているのです」


「なんだと? オラと同じスキルをこんな小娘が?」


「はい、でもこのような小作人をしているということは、同じ上級スキルでも下級なのでしょう。

 それでも上級スキルには違いありません。

 現にこの小娘の育てる作物は、大きくて味も良いと評判なのです」


「ふん、コンテストのカボチャに味なんて必要ないだ。

 どうせ中身をくり抜いて使ったあとは、ぜんぶ捨てちまうんだから」


 そのヒソヒソ話しを知ってか知らずか、ノーフは熱心にアピールする。


「あ、あの、オラのカボチャは大きさだけでなく、味も良いですだ!

 コンテストで出したあとは、おいしく食べていただけると思いますだ!」


 しかしゴッドファーマーはフンと鼻で笑う。

 なおも少女に言葉をかけることすらせず、かわりにノット・リーが言った。


「ノーフよ、余計なことは言わなくていいのです。

 それよりも、ゴッドファーマー様のカボチャに案内するのです」


「あっ、は、はい! こちらになりますだ!」


 ノーフが示した先には、カバが寝ているような、ひときわ大きなカボチャがあった。

 かなりの大きさだが、これだと馬車にすらならない。


 しかしゴッドファーマーは慌てなかった。

 品定めをするかのように、そのカバのようなカボチャ、通称カバチャのまわりを回って確かめる。


 足元にはサッカーボールくらいのカボチャがあったが、全部蹴りのけながら。

 彼はやがて咳払いをひとつすると、腰に提げていたムチを手にした。


 そしてカバチャめがけて、罵声とともにムチを振り下ろした。


「このオラこそが、野菜の王様だっ!

 そこのカボチャよ、小さすぎて見えなかっただ!

 オラオラ、踏み潰されたくなかったら、もっと大きくなるだ!」


 ……ピシイッ!


 打ち据えられたカバチャの表面に、裂傷が走った。


 罵りながら打ち据える。

 これこそがゴッドファーマーのアイデンティティでもある『作物の成長促進』スキルであった。


 これは対象の作物の味を犠牲にして、強制的にサイズを膨れ上がらせるというもの。


 カバチャはいまにも張り裂けんばかりに、ミリミリと悲鳴をあげる。

 ノーフは見ていられなくなり、「ああっ」と顔を覆った。


 どう見ても野菜への虐待であったが、このスキルの力にかかればカバチャもクジラほどの大きさになる……。

 はずであった。


 しかしスキルを注入しても、ほんのわずかに膨らんだほどで、それ以上大きくはならなかった。

 おかしいな、と思いつつ、ふたたびムチを振り下ろす。


「このオラの命令が聞けねぇだか!?

 この、ゴミクズカボチャめがっ!

 オラオラオラっ、さっさと大きくなるだ!」


 ……ピシッ! ピシッ! ピシイッ!


 身なりのいい田吾作がムチを振りかざし、田舎言葉で野菜をしばきまくる……。

 それはのどかな田園風景とあいまって、かなりシュールな光景であった。


 育ての親であるノーフは気が気ではなかった。

 いままで手塩にかけて、愛情を込めて育ててきたカバチャは彼女にとっては我が子のようなもの。


 美味しく食べられるのならまだしも、ただイタズラに傷付けられているのだから。

 彼女はムチ打ちを代れるものなら、代わってやりたいとまで思っていた。


 ノーフは飛び出したい衝動にかられていたが、拳を握りしめてぐっとこらえる。

 ここで自分が無礼を働いたら、カボチャ農家の権利剥奪どころか、この農村自体が無くなってしまうかもしれないからだ。


 やがてゴッドファーマーのムチ打ちは止んだ。

 野菜の王様は肩をハァハァといからせるほどになっていたが、カバチャの大きさはほとんど変わっていない。


「な……なぜだ!? なぜなんだか!? なぜオラのスキルが通用しないだか!?

 いつもはすぐにでっかくなるのに! なんで今回に限ってちっともでかくならないだか!?」


 ゴッドファーマーは自分のスキルが劣化していることに気付いていなかった。

 駄々っ子のように、周囲にあったカボチャを踏み砕いて当たり散らす。


 そしてついに、隣の畑にある大きなカボチャに気付いた。

 それはカバチャに匹敵するほどの巨大カボチャであった。


 彼の頭の中で、間違いだらけのパズルのピースがムシリと嵌まる。


「わ……わかっただ! この小娘はオラを貶めるために、大きくならないカボチャをオラに押しつけただな!?

 そして横ではそれ以上のカボチャを育てて、コンテストでオラを蹴落とすつもりだっただ!」


「ち、違うだ、ゴッドファーマー様! オラはカボチャコンテストに参加するつもりはなかっただ!

 あのカボチャは、祭りに来た人たちに食べてもらえたらと思って……!」


 カボチャ祭りでは、特別にカボチャ料理が振る舞われる。

 普段は『高貴野菜』を口にできない庶民でも、その日だけは特別に許されことになっていた。


 しかし数量限定なので、配給は大行列ができる。

 ノーフはそのことを知っていたので、ひとりでも多くの人にカボチャを食べてもらいたくて、大きなものを育てていたのだ。


 しかしスキルが効かないことでプライドを傷付けられたゴッドファーマーは聞く耳を持たない。

 足にすがりつくノーフを蹴りとばし、畑にあったクワでカバチャもろとも、畑のカボチャのほとんどをメチャクチャに破壊してしまった。


 粉々に破壊されたカボチャたちを、我が子の骨のように拾い集めたノーフは、さめざめと泣いていた。


「うっ、うっ、ううっ……。いくらなんでもあんまりだべ………。

 野菜をこんな風にするだなんて、ゴッドファーマー様は野菜の王様なんかじゃないだ!

 野菜の悪魔だべ!」


「なんだとぉ!? このオラを罠に嵌めようとするばかりか、このオラを悪魔呼ばわりするだか!?

 こんなにバカにされたのは、聖偉になってからは初めてだっ!

 聖偉への反逆は帝国への反逆も同じだっ!

 お前のような小娘はこの帝国に置いてはおけねぇだ!

 追放だ追放っ! 今すぐ荷物をまとめて、どこへなりとも行くがいいだっ!」


 野菜の悪魔よりノーフに下された裁きは、なんと『追放』……!


 シュタイマンは王宮に仕える身だったので裁判がなされたが、庶民の場合は聖偉の一存で追放も可能。


 ノーフは申し開きすら許されず、あっという間に家なき子になってしまった……!

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