第18話
18 ゴッドファーマーとノーフ
野菜のスキルを増幅。
それは『犬をがんばって調教したら言葉が喋れるようになった』というのと同じくらい、信じがたいものであった。
しかし唯一、理解を示す者が。
ティアはキラキラと瞳を輝かせ、祈るように指を絡め合わせながら言った。
「さ……さすおじです!」
すかさず横から突っ込みが入る。
「おいティア、『さずおじ』ってなんだよ。これ以上、理解できねぇことを増やすんじゃねぇよ」
「『さすがですおじさま』の略です。
おじさまと再びお会いすることがあったら、たくさん言うことになるだろうと思って考えておいたんです。
あとは『素敵ですおじさま』の略である、『すておじ』という言葉もあります」
妹の独特な世界観を見せつけられ、「それだと捨てられたオッサンみてぇだなぁ」と頭を掻くダッシュ。
シュタイマンのほうに向き直ると、こめかみに指を当てながら問うた。
「おいオッサン、野菜のスキルってどういうことだよ?
スキルにこだわりすぎるあまり、とうとう人間としての柵もブチ破っちまったか?」
この時、シュタイマンは引っ張り出したサツマイモを再び土に戻していた。
「わたくしは帝国にいる頃に、人間というのはすべてスキルでできているという事実に気付いたのだ。
そしてそれは人間だけでなく、他の動物や植物もそうなのではないかと思い、研究を続けていた。
屋敷の花壇に草花を植え、
その結果、やはり草花もスキルで構成されているというのがわかった。
草花がそうなのであれば、野菜もそうであろうと思い、試しに
「説明されても、なんだか夢みてぇな話だな」
「その気になれば、このようなことも可能だ」
……ポーン!
シュタイマンが音叉を鳴らすと、畑のツタが蛇のようにしゅるしゅると這いだし、ダッシュの足首に絡みついた。
ダッシュはガムでも踏んづけたかのようにブーツを持ち上げる。
「うおっ!? これって『植物使い』のスキルじゃねぇか!?」
「いいや。先ほども申したが、これはわたくしの自身の力ではない。
わたくしはサツマイモのスキルを増幅しているに過ぎないのだ」
そしてふたたびシュタイマンは音叉を鳴らす。
……ポーン、ポーン、ポーン!
それは成長促進の続きであった。
またしてもなにやらつぶやいていたが、今度は大きな声だったので、ハッキリと聞き取れる。
その言葉は、オッサン……。
いや、彼が紳士だと勘案しても、似つかわしくないものであった。
「大きくなぁれ、元気になあれ、美味しくなぁれ。大きくなぁれ、元気になあれ、美味しくなぁれ」
それはオムライスに愛情を注ぐ、メイドの呪文ような文言。
聞かされた者の反応は様々であった。
ティアは「す、すておじ……!」と感激し、いっしょになって呪文を唱えている。
ダッシュは「なんだか胸焼けがしてきた」と吐きそうな表情。
ガタヤスたちは、目をぱちくりさせるばかり。
儀式を終えたシュタイマンは、またサツマイモを引っ張り出す。
そのサツマイモは以前よりもだいぶ大きくなっていたが、まだまだ小ぶりであった。
「うーん」と唸るシュタイマン。
「わたくしはこのサツマイモよりも、ずっと未熟のようだな。
もっともっと、精進する必要がありそうだ」
ハッと我に返るガタヤス。
「シュタイマンさん、もしかしてサツマイモの大きさを気にしているのか?
それだったらソイツは野生種だから、最初のうちは小さいイモにしかならねぇよ。
土を作り上げていくうちに、だんだん大きくなっていくんだ」
「なるほど、そういうことか。
しかしそれでもわたくしの愛情は、まだまだサツマイモ君たちには伝わっていないようだ」
「熱意……? もしかしてさっき言ってた呪文みたいなヤツのことか?」
「そうだ。あの言葉は、わたくしに良くしてくれていた農夫が教えてくれたものだ」
シュタイマンは頷くと、目を細め、かつての住まいがあった方角を見やる。
彼の脳裏には、ひとりのちいさな農夫の姿が浮かび上がっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
彼はカバのような顔をした、見るからに田吾作といった風体の男であった。
いかにも畑が似合いそうであるが、彼がいるのはスキルフル帝国の執務室。
彼の名はゴッドファーマー。
そう。帝国における農業は、すべて『聖偉大農夫』である彼が取り仕切っていた。
現在でいうところの、『農林水産大臣』のような立場である。
ゴッドファーマーは来月に迫った『帝国カボチャ祭り』の準備に余念がなかった。
この祭事は、スキルフル帝国の今年の豊作ぶりをみなで祝い、そして来年に向けてのさらなる豊作を祈願するという、帝国の農業における一大イベントである。
同日に帝都で行なわれる、『巨大カボチャコンテスト』の準備には特に念入りに行なっていた。
なぜならば、このコンテストで優勝することこそが、ゴッドファーマーにとっての宿命だったからだ。。
彼は豪語していた。
もしこのコンテストで一度でも敗れるようなことがあったら、敗った者に聖偉の座を譲る……! と。
聖偉という立場にありながら、そのような背水の陣ともとれる宣言を行ない、コンテストでは2位以下にぶっちぎりの差をつけて優勝する。
そのパフォーマンスこそが帝国臣民たちからの尊厳を集め、彼の地位を不動のものとしていた。
そして実際、彼の出品するカボチャは圧倒的規模を誇っていた。
一昨年はなんと、カボチャをくりぬいて本物のカボチャの馬車を作り上げてしまったのだ。
審査委員長である帝王は、そのカボチャの馬車に乗ってご満悦。
会場に詰めかけた観客たちからは『ゴッドファーマー』コールが起こるほどの大盛況となった。
今年はカボチャの家を作り、昨年以上の喝采を浴びるべく、気合いを入れてカボチャの育成に励んでいたゴッドファーマー。
しかし彼は直接カボチャを育てるようなことはしない。
最初にタネを撒いて、スキルを使って発芽までさせてやれば、育ったカボチャの『スキル痕』には彼の名が『生産者』として残る。
あとは大臣が選任した『カボチャ農家』のひとつに世話を任せ、自分は終盤に様子を見に行くのみであった。
ちなみにではあるが、この帝国において『カボチャ』は『高貴野菜』に指定されており、身分の高い者しか口にできない。
また、許可を与えられた農家にしか育てることができない。
なぜかというと、これはゴッドファーマーが掛けた『カボチャ祭り』のブランド化の一環。
そして『カボチャコンテスト』における『保険』でもあった。
カボチャ農家を制限して生産数を抑えておけば、カボチャは高級品ということになり、祭りの価値もあがる。
またコンテストではライバルを減らせるうえに、ライバル農家がどのくらいのカボチャを育てているかの把握も容易。
もし万が一でも自分以上の大きなカボチャを育てている農家があるとわかったら、難癖をつけて出品をやめさせていたのだ。
さて、そんな裏事情はさておき……。
ゴッドファーマーは王城から転送陣を使い、王都から遥か西にある指定農家を訪れていた。
右腕ともいえる大臣、ノット・リーに案内されて向かった先は、のどかな田園。
カボチャ畑に着くと、足元にはツヤツヤのオレンジ色で、岩のように大きなカボチャがゴロゴロしていた。
畑ではひとりの小柄な農夫が待っていて、ゴッドファーマーを見るなり緊張気味に頭を下げる。
「よ、ようこそおいでくださいましただ、ゴッドファーマー様。
オラ、ゴッドファーマー様のカボチャを育てさせていただいた、ノーフという者ですだ」
農夫は麦わら帽子を取ることを忘れていて、あわてて帽子を取る。
そこには三つ編みで赤ら顔の、いかにも純朴そうな少女がいた。
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