第14話

14 俺様はここにいる

 シュタイマンの調律チューニングがあれば、スキルは元通りになる……!?


 ゴッドブレイドは一縷の望み、いや、もはや確信に変わりつつある感情を抱いていた。


 いてもたってもいられなくなり、執務室を飛び出す。

 部下はもう、呼んでも来ないからだ。


 彼はそのへんを歩いていた部下を捕まえて、シュタイマンの居所を調べさせた。

 もう命令としては聞いてもらえないので、金を渡して頼み込んでまで。


 そしてシュタイマンは現在、ヘルボトムウエストのオールドホームの里にいるという情報を手に入れる。

 ゴッドブレイドはひとり、ヘルボトムウエストの街へと飛んだ。


 聖偉である彼が来たら、いつもであれば領主たちが王様のように出迎えてくれて、あれやこれやと世話を焼いてくれる。


 しかし落ちぶれきった彼を迎えてくれたのは、偶然その場に居合わせた野良犬だけだった。

 ゴッドブレイドは野良犬を蹴飛ばしながら、民間の馬車をチャーターする。


「オールドホームの里にやってくれ! 大急ぎでだ!」


「オールドホームの里ぉ? そんな山奥になんの用なんですかい?

 遠くて面倒だから、行くなら料金2……いや、4倍はもらわないと」


 馬車の御者までもが、彼をバカにしきっていた。

 いつもであれば鉄拳制裁をくらわせてやるところだが、今の彼はタニシよりも弱い。


「ぐぬぬっ……! かまわん! 4倍くれてやるからさっさとやれっ!」


 のったりと進む馬車のなかで、彼は貧乏揺すりと歯ぎしりを繰り返していた。



 ――早く、早く着け……!

 シュタイマンの調律チューニングを受けたら、俺様のスキルはきっと元通りになる……!


 そしたらバカにした奴らを全員ぶちのめして、俺様の力を思い知らせてやるのだ……!

 すっかり聖偉大将軍気取りであるドリヨコも城の窓から放り投げてやる……!


 そして……そしてかわりに……。

 シュタイマンのヤツを、大臣に据えてやるのだ……!


 そして俺様専用の調律師チューナーにすれば、俺様は無敵となれる……!

 調律チューニングをひとりじめできれば、帝王だって怖くなくなるのだ……!



 彼の思考はもはや、シュタイマン一色。

 まるでゴッドマザーやゴッドフォーチュンのように、いかにしてあのオッサンを独占するかばかりを考えていた。


 そのため、彼は気付くのが遅れてしまう。

 馬車はオールドホームの里がある山とは、真逆の方向に走っていることに。


 同じく人気が無い場所なのであるが、山奥ではなく渓谷であった。


「おい、ちょっと待て!

 本当にここが、シュタイマンのいるオールドホームなのか!?」


 すると、御者席の男は背を向けたまま答えた。


「ええ。もうすでに、外でお待ちですよ」


「……なに?」


 ゴッドブレイドは半信半疑で馬車から降りる。

 方向転換する馬車を横目に、あたりを見回していると、物陰から飛び出してきた者たちに囲まれてしまった。


 それはスラム街にいる貧民たち。

 手に手に、ガラスの破片や尖った木の棒を握りしめている。


「くっ……!」


 ハメられた! と思い、馬車に向かって飛びつこうとするゴッドブレイド。

 しかし馬車にはいつの間にか先客がいて、冷たい瞳で見下ろしていた。


 それは他でもない、彼のかつての右腕であった、ドリヨコ……!


「おっと、この馬車は横取りさせていただきますよ。

 あなたの聖偉大将軍の座といっしょに、ね」


「ドリヨコ……さては貴様、謀ったなぁ!?」


「やれやれ、今頃気付いたのですか。脳まで筋肉のバカは、これだから困る。

 あなたのスキルの不調を知ったときから、いろいろ手回しさせてもらいました。

 最近はあなただけでなく、聖偉のみなさんはスキル不調を訴えているようですねぇ。

 その原因は究明中ですが、シュタイマンの調律チューニングは関係ないと、私は思っています。

 でもプラシーボ効果という言葉もありますよね。

 あなたは滝行でスキルの威力を回復させるほどの単細胞だ。

 シュタイマンの調律チューニングを受けて、もし間違って復調でもされたら、私としては困りますからねぇ」


 ドリヨコは邪悪に口角を吊り上げる。


「しかし、私はこうも考えたのですよ。

 あなたがヘルボトム領に行くことがあれば、簡単に始末できるようになる、と……!」


「ぐっ……!? 貴様が執務室で、部下とシュタイマンの話をしていたのは、まさかっ……!?」


「そうです。あの会話は、あなたをヘルボトム領へとおびき寄せるための芝居だったのです。

 もうじきその座から降りるとはいえ、あなたは聖偉。

 帝国で殺してしまうと、きっと帝王は原因究明を命じられるでしょう。

 戦場で殺してしまうと、原因は明白となりますが、名誉の戦死となってしまう。

 しかし、自ら向かったヘルボトム領で貧民たちに殺されたとあれば、非常にわかりやすくて無様な死に方となるでしょう。

 あなたの人気は、完全に失墜する……!」


「そ……そんなこと、させてたまるかっ! この俺様を殺そうったってそうはいかんぞ!

 俺様は、シュタイマンに再会するまでは、絶対に……!」


 その言葉は、脊椎を貫くような鋭い痛みによって遮られた。

 振り向くとそこには、自分の手ごと切ってしまったのか、血まみれのガラスを手にする貧民たちが。


「やれやれ、あなたもすっかりシュタイマンの幻想に囚われてしまったようだ。

 できることならその願いを叶えてさしあげたかったが、万が一ということがあるのでね。

 それでは、失礼」


 走り去っていく馬車。

 ゴッドブレイドは物乞いのような貧民たちに囲まれ、天を仰いでいた。


「しゅ……シュタイマン! シュタイマンっ!?

 俺様は、俺様は、ここにいるぞっ!!

 貴様は俺様を見つけると、しつこく調律チューニングをしたがっていたではないか!?

 なのに、なのにどうして……!

 どうして、俺様のところに来てくれないんだっ!?

 俺様はこんなにも、貴様のことを必要としているのにっ!!

 貴様がいれば、俺様はまた……やり直せるっ……!!

 たっ、頼む! お願いだから、俺様のところに戻ってきてくれっ!!

 シュタイマン! シュタイマァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーンッ!!

 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 渓谷に鳴り渡る断末魔。

 それはやがて、崩れ落ちる巨体とともに、消え去っていった。

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