第13話

13 史上最低の将軍

 戦場のど真ん中、明け渡された決闘場のような空間に、ふたりはいた。

 見事な『兜割り』を決めたグリッガッツは、尻もちをついたゴッドブレイドを見下ろしている。


「ゴッドブレイド殿よ、あなたは世界最高の戦闘スキルを持つ、世界最強の武人だと聞いている。

 しかし貴殿の『兜割り』はなんだ!? 子供の遊びのようではないか!?」


 しかしゴッドブレイドの耳には入っていない、彼はパックリ割れた額から出た血に気付き、大騒ぎをしていた。


「うっ、うわああっ!? ち、血だっ!?

 お、俺様は返り血を浴びることはあっても、自らの血で身体を汚すことなど一度もなかったのに!?」


「そのくらいの傷で取り乱すとは、貴殿は本当に武人か?

 それに、この期に及んで血を気にするとはないだろう。もうすぐ貴殿の身体は血の泉に沈むのだからな」


 途端、真っ青な顔で後ずさりをはじめるゴッドブレイド。


「きっ、貴様のような若造に、こんなところで殺されてたまるかっ!

 おっ、おい、者ども! ここに敵の総大将がいるぞ! 取り囲んで首を取るのだっ!

 突撃っ! とつげきーーーーっ!」


 静まり返った戦場に、ゴッドブレイドの声が響き渡る。

 しかし帝国軍の兵士たちは、誰ひとりとしてその場を動こうとはしなかった。


 無理もない。一騎打ちに手を出してはならないのは、戦場における絶対的なルール。

 それ以前に、人間として恥ずべき行為とされていた。


「きっ、貴様らっ!? この俺様の命令が聞けないのか!?

 戦場における命令違反は重罪だ! それどころか敵前逃亡ともなれば、死罪も免れんのだぞ!

 殺されたくなかったらコイツを殺すのだっ! 殺せ殺せ殺せっ、殺せぇぇぇぇぇーーーーーっ!!」


 しかしいくらけしかけても、兵士たちは微動だにしない。

 それどころか、完全にシラケきった表情で自軍の大将を見つめていた。


 グリッガッツは一歩前に出る。


「貴殿よりも、配下の者たちのほうがずっと武人らしいな。

 さて、貴殿もそろそろ覚悟を決めて……うっ!?」


 ゴッドブレイドは後ずさりしながら、砂を掴んで投げつけていた。

 もはや武人としてのプライドごと、まとめて投げ捨てるかのように。


 グリンガッツは顔に飛んできた砂を、とっさに腕で防いだおかげで目をやられずにすんだ。

 腕をどけたその顔は、怒り狂う大魔神のようであった。


「砂かけとは、武人としての風上にもおけぬ卑怯者め……!

 もはや晒し首すら、貴様にとっては名誉ある死だ!

 それ以上の死に方をさせてやるから、覚悟しろっ!」


「ひっ……ひぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 ゴッドブレイドは恐怖に顔面を引きつらせ、絶叫してしまう。

 その足元には、人間としての尊厳すらも排出してしまったかのような水たまりが。


 ゴッドブレイドはその水たまりに顔を突っ込むのもいとわず、土下座して震え始めた。


「おっ、おおお……! お願い、お願いします……!

 たっ、たたた助けて、助けてくださぃぃ……!

 わ、わが軍は撤退し、この地の領有権を破棄します……!

 この土地はあなた様に差し上げますから……!

 ですから、命だけは、命だけは……!」


 バッ! と頭を上げるゴッドブレイド。

 その顔は涙と鼻水、そして土と己の排泄物にまみれ、グチャグチャになっていた。


 そしてすでに寝返ったかのように、自軍の兵士たちを指さして叫んだ。


「そ、そうだ! あそこにいる兵士どもを血祭りにあげましょう!

 そうすれば、あなた様の手柄となり、グリンランドの王となれるでしょう!

 この俺様……い、いいえ、俺もお手伝いしますから、今すぐにでも……!」


 しかしグリンガッツは剣をおさめ、侮蔑のまなざしを向けていた。


「もはや、斬る価値すらもないようだ。

 貴様のような輩は武人……いや、畜生にも劣る。

 戦場で犬畜生を斬っては、それこそ笑いものになってしまうだろう」


 彼が背を向け歩きはじめた途端、ゴッドブレイドは立ち上がる。

 汚れた顔を服の袖で拭い、何事もなかったかのように自軍に戻った。


 そして、舌の根も乾かぬうちに高笑い。


「がっはっはっはっはっ! ヤツは一騎打ちを申し込んでおきながら、俺様に怖れをなして途中で逃げ帰りおった!

 一騎打ちから逃げ出すのは武人として、首を打たれるよりも恥ずべき行為とされているというのに!

 この戦いは我々の圧勝だ! いいか、帝国に戻ったらこの俺様の活躍をみなに伝えるのだ!

 命令に背いたものは、営倉行き……いや、この俺様自ら斬り捨ててやるからなっ!!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ゴッドブレイドが兵士たちに、因果を噛んで含めていた頃……。

 『ゴッドブレイド一騎打ちに敗れる』の報せは伝令によって、すでにドリヨコの耳に入っていた。


 これにはドリヨコも、大穴を当てたギャンブラーのように喜んだという。


「おやおや、どうやらジャックポットに入ったようですねぇ。

 これから、とっても忙しくなりそうだ……!」


 ドリヨコは即座に、帝国と敵対する小国の大臣たちに向けて密書を送る。

 そしてしばらくして戦場から戻ってきたゴッドブレイドに、青い顔で駆け寄った。


「たっ、大変です! ゴッドブレイド様!

 敵対する小国が一斉に蜂起して、我が帝国の領土を侵犯しております!」


「なっ、なんだとぉ!?」


 そう、ドリヨコが送った密書により、各国は一斉に帝国への攻撃を開始したのだ。

 これは完全にスパイ行為と言ってよかったが、小国の大臣たちとは話がついていた。


 領土を一部だけ敵国の大臣に与え、彼らの手柄にすれば、恩を売ることができる。

 そして各地で帝国軍が撃破されるようなことがあれば、ゴッドブレイドの失態にすることができ……。


 ナンバー2だったドリヨコはついに、聖偉ナンバーワンの座に着くことができるのだ……!


 そう。

 これはまさに、ドリヨコにとっては『絶対に勝つギャンブル』であった。


 それからのゴッドブレイドは、帝国各地で起こる敵国の攻撃の対応に追われる。

 しかも各地の敵将は必ずといっていいほど、ゴッドブレイドに一騎打ちを申し込んできた。


 一騎打ちというのは断ることができない。

 ゴッドブレイドは無理やり攻め滅ぼそうとしたのだが、すでに彼の言うことを聞く兵はいなかった。


 最後のほうは自軍の兵たちからよってたかって槍で追い立てられ、まるで生贄の動物ように敵将の前に差し出される日々が続く。

 ここまでされると普通の武将であれば「殺せ!」と死を選ぶものだが、ゴッドブレイドは毎回命乞いをしていた。


 しかもその様子が記者によってスクープされ、以前の大規模演習の醜態とともに明るみに出てしまう。

 もはや彼の味方は、帝国内においても誰もいなくなってしまった。


 城内では使用人からも笑われ、街を歩けば石を投げられ、兵士たちからは完全無視。

 精神状態がボロボロになってしまった彼のスキルはもう紙どころか、空気にも負けてしまうほどになっていた。


 軍の主権はすでにドリヨコに奪われ、あとは帝王からの除名を待つだけ。

 窓際族となってしまったゴッドブレイドは、執務室の窓際から外をぼんやりと眺めていた。


 隣からは、すっかり聖偉大将軍気取りのドリヨコと、部下のやりとりの声が聞こえてきている。


「なに? ゴッドマザー様の『授乳』スキルに異常?

 ゴッドマザー様は、シュタイマンのマッサージが受けられなくなったのが原因だとおっしゃっているだと?

 やれやれ、あのお方だけは変わらないな……」


 それは、ゴッドマザーのいつもの愚痴を聞き流す風の会話であった。

 しかしその何気ない一言は、ゴッドブレイドの身体を稲妻のように貫く。


「お……俺様のスキルが不調に陥ったのは……。

 もしかして、シュタイマンの調律チューニングが無くなったせいなのか……!?」

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