第12話

12 信頼回復の企み

 スキルというのは前述のとおり、『上級』『中級』『下級』の3種にランク分けされる。

 それらの実力とメンテナンス頻度については、乗り物に例えるとわかりやすいだろう。


 『上級』スキルはF1カー。

 地を走る乗り物のなかでは世界最高のスピードを誇るが、都度メンテナンスを行なわなくてはそのパフォーマンスは維持できない。


 『中級』スキルは原付バイク。

 スピードはそこそだが、車検いらずでメンテナンスもそれほど大変ではない。

 パフォーマンスが少々落ちたところで、用途が用途なので気にならない。


 『下級』スキルは自転車。

 原動力は人間の力なのでスピードには限界があるものの、ランニングコストは極めて低い。

 また知識さえあれば、自力でのメンテナンスもできなくはない。


 こうして見ると『上級』がダントツのように見えるが、スキルの関係はまさにこれであった。

 『上級』を持つ者こそが世界を牽引でき、それ以下の者たちは排気ガスを浴びながらついていくしかなかったのだ。


 シュタイマンが開発した『結界』というのは、中級スキルまでは自己修復を助ける力がある。

 ようは、街のバイク屋さんが常にそばにいてくれるようなものである。


 街のバイク屋さんは原付バイクや自転車ならお手の物だが、F1カーには手がでない。

 そのため、どうしてもF1ピットクルーであるシュタイマンの力が必要とされていた。


 しかしスキルというのは人間の身体のものなので、医療や精神力である程度カバーできる。

 ダッシュの『ワイルド・ファング』は上級の戦闘スキルであるにも関わらず、シュタイマンの調律チューニングなしでも威力があったのは、ひとえにダッシュの精神力の賜物であった。


 そして……その精神力でなんとかなってしまうと、誤解はさらに加速することになる。


 ゴッドブレイドは滝行を繰り返したおかげで、全盛期ほどではないがスキルの威力を取り戻していた。


「うむ! やはり俺様の気持ちがゆるんでいたのだ!

 このまま精神修行を続ければ、すぐに無敵の俺様に戻るであろう!」


 力が戻ってくるのを感じながら、庭で濡れた身体をバスタオルで拭うゴッドブレイド。

 渡されたバスタオルを受け取るのは、彼の右腕のドリヨコの役目であった。


「それはそれは何よりです、ゴッドブレイド様。

 それではそろそろ、ゴッドブレイド様のスキルの強さを改めて知らしめてみてはいかがでしょうか?

 先の大規模訓練については箝口令を敷いてありますが、貴族や兵士、そして記者たちの不信感は残っているでしょうから」


「そろそろ頃合いかもしれんな。なにかいい考えがあるのか?」


「はい。いま我らが帝国と領有権を巡って小競り合いをしている、北のグリンランド小国……。

 その戦場に、グリンランド第2王子のグリンガッツ様を引き出します」


「グリッガッツといえば武人として知られている若造だな。

 その戦場に俺様が参戦し、グリンガッツの兜を叩き割ってやれば……」


「領有権問題も解決し、ゴッドブレイド様の強さも響き渡るというわけです」


 帝国の傘下ではない国というのはいくつか存在する。

 どの国とも敵対関係で、小康状態にあった。


 帝国ほどの軍事力があれば一気に攻め滅ぼすこともできるのだが、敢えてそれはしていない。

 理由としては、ふたつある。


 帝国以外は地獄であり、帝国で暮すことこそが幸せであると帝国臣民に知らしめるため。

 もうひとつは、すべてを帝国傘下に収めてしまうと敵が存在しなくなり、手柄を立てるための倒す相手がいなくなってしまうからだ。


 そして、各敵国の大臣の一部はすでに帝国によって籠絡されており、内情は筒抜け。


 グリンランドの場合は、第1王子をはじめとする現体制派が政権を維持するため、革新派である第2王子のグリンガッツを疎ましく思っていた。


 ドリヨコはその状況を利用。

 グリンランドの現体制派の大臣に指示し、グリンガッツを戦場に立たせるように仕向けていたのだ。


 あとはゴッドブレイドを焚きつけて、戦場でグリンガッツを討ち取らせれば、反体制派は完全に力を失う。

 たとえ討ち漏らしたとしても兵力差からいって敗戦はありえないので、その敗戦をたてにグリンガッツの立場を悪くすることができる。


 そしてどちらに転んだとしても、ゴッドブレイドの名声は元通りとなるであろう。

 この計画をオブラートに包んで聞かされたゴッドブレイドは、そのいかめしい顔をニヤリとほころばせる。


「なるほど。ドリヨコよ、貴様は『絶対に勝つギャンブル』しかしない主義だと聞いていたが、どうやらそれは本当のようだな」


「どこでそんなお噂を……いやはや、お恥ずかしい。

 でもこの計画によって、ゴッドブレイド様が再び輝くお手伝いができるのであれば、右腕のドリヨコにとってはこれ以上の幸せはありません」


「がっはっはっはっ! 戦闘スキルを持っていない者ほど、悪知恵が働くというのは本当のようだな!

 よぉし、それでは出撃の準備をするぞ! ドリヨコよ、貴様はここでソロバンでも弾いているがいい!」


「はっ、仰せのままに」


 忠臣のように、深々と頭を垂れるドリヨコ。

 下げたその顔が奸臣のごとく嫌らしく歪んでいることに、ゴッドブレイドは気付いていなかった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ゴッドブレイドは多くの兵を引きつれ、転送陣にて北の砦へと向かった。

 そして小康状態の続いている北の国境で、今回の敵であるグリンランド軍と対峙する。


 グリンランド軍は、まさか帝国の将軍であるゴッドブレイドが出てくるとは思ってもいなかった。

 ゴッドブレイドのスキルの恐ろしさは、すでに世界中の人間が知るところである。


 グリンランドの兵たちはゴッドブレイドの姿を遠巻きに見るだけで萎縮していた。

 兵力の時点ですでに帝国とは大差がついているというのに、そのうえ士気まで劣るとなってしまっては、グリンランド軍の惨敗は目に見えるかのようであった。


 しかし敵将のグリンガッツは、ここで誰もが思いもしなかった宣言を行なった。


「我こそは、グリンランド王国の第2王子、グリンガッツである!

 そちらの大将は武人と誉れ高い、ゴッドブレイド殿だとお見受けした!

 この戦い、大将どうしの一騎打ちを所望する!」


 一騎打ちの申し出。

 これは大将にとっては己のすべてを賭けさせられる戦いと言っていい。


 断れば臆病者の誹りを受け、負ければいくら兵士の数で圧倒していても敗北が決定する。

 しかも負けたほうは首を跳ねられ、敵国で晒しものにされてしまうのだ。


 これは将軍にとっては、もっとも屈辱的な死に様といえるだろう。


 ゴッドブレイドはこの一騎打ちの申し込みに対し、どう反応したかというと……。


「がっはっはっはっ! 若造が少しばかり腕が立つからといって、この俺様に挑もうというのか!

 いいだろう、その度胸を買って、相手をしてやる!

 相手が王子だからといって、容赦はせん!

 そして兜を叩き割られたからといって、降参するのは許さんぞ!

 たとえ命乞いしても、その首もらいうける!

 なぜならば、俺様は敵の兜を叩き割って盃にして、ソイツの首を見ながらあげる祝杯が何よりも好きなのだからな!

 王子ともなれば、その味は格別であろう!

 兵を守るために自らが屈辱を受けようとは、敵ながらあっぱれ!

 だが、武人としては甘いようだな!

 がっはっはっはっ! がーっはっはっはっはっはっはっはーっ!!」


 と、ゴッドブレイドは完全に相手を処刑するような気分で戦いに臨んでいた。

 最高ではないものの、復調した自分の戦闘スキルがあれば負けることは万に一つもないと思い込んでいたのだ。


 しかしその戦いは、もはや描写も不要なほどに一瞬で決着した。


 ……ドグワッ、シャァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッ!!


 最初のひと太刀で自慢の兜を叩き割られ、地面に這いつくばったのは……。

 やはりというか、なんとというか……。


 聖偉大将軍である、ゴッドブレイドであった……!

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