第11話

11 恥さらし

 聖偉大将軍である、ゴッドブレイドの『兜割り』スキル。

 それは今まで披露されたどの兵士のよりも、強烈なインパクトがあった。


 雄叫びは大地を揺るがす豪雷のように豪快で、人形に突撃する様は猛牛のように勇猛。


 観客たちはその姿だけで、瞬きも忘れて見入ってしまう。

 記者たちは最大のシャッターチャンスを逃すまいと、客席が落ちんばかりに前のめりになった。


 そして裂帛の気合いとともに振り下ろされた剣は、風を切るほどにうなりをあげる。


 最初は誰もが不可能だと思っていたが、今や誰もが信じて疑わなかった。

 強固な魔法鎧が紙のようにズバッと真っ二つになり、ガシャンと地面に転がる光景を。


 しかし目の前にあったのは、


 ……カーン!


 鉄鍋をおたまで叩いたかのような、気の抜けた音。

 へこむどころか傷ひとつついておらず、平然とゴッドブレイドの一撃を受け止める兜と人形。


 そして振り降りろしたポーズのまま、電流が流されたかのように、両腕をビリビリとしびれさせるゴッドブレイドの姿であった。


 「えっ?」となる観客たち。

 ゴッドブレイドは青くなっていたが、すぐさまカッと赤くなってステージ上のドリヨコを睨んだ。


 ドリヨコはギョッとして、「ちゃんとすり替えておきましたよ!?」と目で訴えた。


 ゴッドブレイドはそっと手を伸ばし、人形の被っていた兜を触る。

 たしかに、向こうが透けて見えるほどに極薄だった。


 これはなにかの間違いだと、すぐに客席に向かって取り繕う。


「い……いまのはウォーミングアップだ!

 いきなり全力を出すと身体に良くないから、ちょっと身体をほぐしただけだ!

 では、次こは本番だ! 今度こそ本気でいくぞっ!

 ……でりゃああああああっ! 新必殺『兜割り』ぃぃぃっ!」


 ……カーン!


 しかし、悪夢ような光景が再び繰り広げられただけだった。

 ゴッドブレイドまた青くなって赤くなり、ドリヨコに目配せする。


 すると、今度は普通の鉄鎧と鉄兜が運ばれてくる。

 念のために用意させておいた、極薄の鉄で作られたものだ。


「や……やっぱりやめにした!

 魔法鎧はたいへん高価なもので、真っ二つにするともったいないからな!

 それに魔法鎧なんて敵兵は着てないから、実戦にそぐわぬ!

 やっぱり、普通の鉄鎧がいちばんだ!

 さぁて、次こそは本当の本気でいくぞっ!

 ……きええええええええーーーーーーーーーーーーっ!

 超必殺『兜割り』ぃぃぃぃーーーーーーーーっ!!」


 ……カーン!


 次に運ばれてきたのは、木製の鎧を着させた人形だった。

 いちおう鉄っぽく見えるように塗装してあるのだが、「あの鎧兜、なんか変じゃね?」と客席から声があがっている。


「ど……どうやら、誰かがイタズラして鉄兜を、特に硬いものとすり替えたようだ!

 まったく、見つけたらタダではおかんぞ!

 では普通の鉄兜に取り替えて、もう一度だっ!

 次こそは本当の本当、完全なる本気でいくぞっ!

 ……おんどりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!

 秘奥義『兜割り』ぃぃぃぃーーーーーーーーっ!!」


 ……モスッ!


 ついにカーンともいわなくなってしまった。

 さすがにおかしいと、客席がざわめきはじめる。


 いよいよ最後に運ばれてきたのは、紙製の鎧。

 見た目はどう見ても、折り紙で作った兜と鎧を灰色で塗装したものだった。


 観客からの突っ込みが炸裂する前に、最後の『兜割り』が炸裂する。


 ……クシャッ!


 ここでようやく兜は剣を跳ね返すこともなくなり、しわくちゃになりながらへこんだ。

 紙でできている以上、当然の反応である。


 ゴッドブレイドは諸手を挙げて勝ちどきを叫んでいた。


「どうだ、見たかっ!? これは実は魔法練成の兜だったのだ!

 魔法の兜をここまで変形させる、俺様の『兜割り』スキルを見たかっ!」


 しかし客席からは拍手どころか、クスクス笑いが漏れるのみ。

 ついにゴッドブレイドは爆発した。


「きっ……貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?

 俺様のスキルを見て笑うとは、なんたる無礼なっ!

 この俺様を本気で怒らせたなぁ!? なら刮目するがいい!

 この俺様の、本当の本当に本気のスキルをっ!

 ……ぬんでりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 超絶絶対必殺奥義『兜割り』ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 ゴッドブレイドは激情のあまり、隣にあった普通サイズの人形に襲いかかる。

 その人形は、兵士たちが『兜割り』をしていた普通の鉄兜を被っていた。


 薄っぺらい鉄兜ですら歯がたたなかったスキルでそんなことをしたら、自分がダメージを受けるのは目に見えているというのに。


 ……ガーン! ポキッ。


 とうとう客席どころか、彼の部下である兵士たちまでも爆笑に包まれる。


「ぐわああああっ!? 腕がっ!? 腕がぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?

 きっ、貴様らぁ、なっ、なにを笑っとる!?

 俺様は、いちばん偉い聖偉大将軍であるぞ!?

 なにっ!? できなかったら営倉送りするんじゃなかったのか、だとぉ!?

 そっ……それは、貴様ら兵士の話だ! 聖偉大将軍である、この俺様は……。

 ぬがぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ゴッドブレイドが完全に乱心してしまったせいで、大規模訓練は中止となった。


 彼は兵士たちに明じ、取材にきた記者たちを取り押さえて、真写しんしゃをすべて没収。

 さらに支持者である貴族たちをも脅し、「今日のことを口外したら殺す」と口封じした。


 それからゴッドブレイドはひとり執務室にこもり、己の戦闘スキルを再確認する。

 彼のスキルはどれも雄叫びこそ勇猛果敢であったが、紙ひとつ切り裂くことができなくなっていた。


 理由はもちろん、シュタイマンがいなくなり、スキルの調律チューニングを受けられなくなったから。

 シュタイマンがいた頃は廊下ですれ違うついでに、挨拶くらいの短い時間で調律チューニングを施してくれていた。


 ゴッドブレイドは調律チューニングに対しては懐疑的であったので、機嫌の悪い日は跳ね除けたこともある。

 するとシュタイマンは次の日に会ったときに調律チューニングしようとするので、仕方なく受けていた。


 おかげで、スキルはいつも最高のパフォーマンスを維持できていたのだが……。

 その因果関係に気付いていないゴッドブレイドは、まるで超能力を突然失ったエスパーのように、愕然していた。


「な……なぜだ!? なぜ、俺様のスキルがどれも役立たずの『はずれスキル』になってしまったのだ!?

 そ、そうだ、根性が足らぬのだ! 俺様はいつの間にか聖偉大将軍の座にあぐらをかいていた!

 だからスキルの威力が鈍ったのだ! そうに違いないっ!

 うおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!」


 ゴッドブレイドはいつもの蛮声とともに外に飛び出し、王城の裏庭にある滝で滝行を始める。


 その姿を、王城の窓から見下ろすドリヨコ。

 彼の瞳は上司を気づかう忠臣のそれではなく、完全に間抜けを蔑むような目になっていた。

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