第10話

10 ゴッドブレイドの力

 スキルフル帝国の最高権力者といえば、もちろん『帝王』である。

 その下に『聖偉』の役職があり、各分野のスペシャリストである彼らが実質的な権力を握っていた。


 『聖偉』の下には『大臣』がいて、聖偉の補佐をする。

 この国における大臣の仕事は多岐に渡っていた。


 聖偉が決定した政策などを、大臣たちが王城の執務官たちに伝えて実施させる。

 聖偉が多忙な場合は、聖偉のかわりに陣頭指揮を取ることすらあった。


 聖偉が各分野のナンバー1だとすると、大臣というのはまさにナンバー2であったのだ。


 となると、その分野では聖偉にひけを取らないスキルの持ち主が選出されそうなものだが、実情はそうではない。

 聖偉たちはナンバー2の大臣を、その分野とは縁遠いが優秀な人物を好んで重用していた。


 理由としてはふたつある。

 まっとうな理由としては、自分とは違った見方ができる人間をそばにおいて、意見を参考にするため。


 まっとうでない理由としては、自分の立場を守るため。

 その分野において自分に匹敵するほどのスキルの使い手を置いてしまうと、寝首を掻かれてしまうから。


 スキルを持たない人間では、その分野でのパフォーマンスができない。

 すなわちスキルによる偉業を喧伝することができないので、帝国臣民からの人気を維持できないのだ。


 そしてパフォーマンスができない人間をナンバー2にしておけば、ナンバー3に猛者を置いたところで安心である。

 なぜならば、今度はナンバー2が自分の立場を守るために、ナンバー3の出世をあれこれや理由をつけて阻んでくれるからだ。


 そう。

 この国の『聖偉』たちは、その分野において悪く言えば『無能』をそばに置くことで自分の地位を守っていたのだ。


 しかし、『聖偉』たちは誤解していた。


 暴風雨のように、油断すると一瞬にして飛ばされてしまう帝国政界において、今まで自分の地位が安泰だったのは、無能大臣が防波堤になってくれていたからではない。

 もちろんその要因もゼロではないのだが、本質はもっと別の所にあることを知らなかった。


 そう……!

 スキル調律師チューナーであるシュタイマンの存在こそが、彼らのダムであったのだ……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 帝国における軍事の最高責任者である、『聖偉大将軍』のゴッドブレイド。

 彼は王城の執務室を出ると、軍靴のように高らかにブーツを響かせ廊下を歩いていた。


 その半歩後ろには、寿司屋のような揉み手が止まらない、ひとりの大臣が。


「ゴッドブレイド様、今日の大規模訓練の準備はすでに整っております。

 兵士たちはもちろんのこと、観覧者である貴族の方々も集合しております。

 そしてもちろん、あちらの方も抜かりなく」


 ゴッドブレイドは歩みを止めず「うむ」と言った。


「よし、俺様の『兜割り』スキルが特別であるということを見せつけて、俺様の威厳を取り戻すのだ」


 今日はスキルフル帝国軍の大規模訓練。

 兵士たちの訓練成果をお披露目する場所でもあった。


 訓練場には客席が組まれ、多くの貴族や記者たちが詰めかけている。


 ステージの上に立ったゴッドブレイドは来賓への挨拶をすませると、目の前に整列した兵士たちに向かって、さっそく吠えた。


「今日は、貴様らの力のほどを存分に見せてもらうぞっ! 回れ右っ!」


 ザッ! と脚を踏みならして右を向く兵士たち。

 そこには兜を被り、全身鎧を着込んだ剣術練習用の人形が。


「『兜割り』スキル訓練、用意っ! 訓練ではなく、戦場にいるつもりでやれっ!

 もし兜を叩き割れなかった者は、営倉送りにしてやるからなっ!」


 「はじめーっ!」の掛け声とともに、最前列の兵士たちが「うおーっ!」と人形に突進。

 跳躍の後、『兜割り』スキルでスイカのように鉄兜を真っ二つにしていた。


 すぐさま係員たちが、換えの鉄兜を人形に被せる。

 そして次の列の兵士たちが前に出て、突進開始。


 勇猛なる兵士たちの見事な技に、観客たちも満足そう。

 そして今年入ったばかりの新兵たちが、両足を揃えて飛ぶ『兜割り』を披露すると、兜だけでなく鎧ごと人形を真っ二つ。


 これには客席から拍手喝采が起こった。

 全員、ひとりも失敗者を出すことなく、『兜割り』スキルの披露は終了。


 本来ならばここで次の訓練に行くはずなのだが、通常よりも大型の人形が運び込まれてくる。

 その人形は魔法練成の掛かった、鉄などとは比較にならない強固な鎧兜を身にまとっていた。


「それでは最後に、聖偉大将軍であるこの俺様の『兜割り』を披露しよう!

 ただの鉄鎧を真っ二つにするだけではつまらんから、特別に魔法鎧を用意させた!」


 客席がざわめく。


「魔法練成の兜に『兜割り』だと!? そんなのムチャだろ!」


「ああ! しかもあの魔法鎧、最高級のヤツじゃねぇか!」


「いくら聖偉大将軍様でも鎧どころか、兜をへこませるのがやっとのはずだ!」


「いや、ゴッドブレイド様は鎧ごと真っ二つにするとおっしゃっているぞ!?」


 ゴッドブレイドは以前、訓練中にシュタイマンが新兵にアドバイスしたことによって、新兵たちの『兜割り』の威力を驚異的なまでに高めていた。

 その時にゴッドブレイドは醜態を晒してしまったせいで、新兵たちにバカにされてしまう。


 しかもその噂がどこから漏れたのか、新聞にまで取り上げられてしまう。

 その記事には真写しんしゃが無く、文章だけだったのでデマだと一蹴することができた。


 しかしこんな噂を野放しにしておいては己の沽券にかかわると、ゴッドブレイドは策を講じる。

 彼は今回の大規模訓練において魔法鎧を真っ二つにすることで、新兵たちの天狗になった鼻を叩き折り、そして観客たちに自分のスキルの偉大さを改めて知らしめるつもりでいた。


 とはいえ彼の『兜割り』スキルはたしかに普通のものよりはずっと強力だが、魔法鎧を割れるだけのパワーはない。

 そこで大臣であるドリヨコに命じて、ブリキなみに薄っぺらい魔法鎧を用意させたのだ。


 これなら『兜割り』のスキルを使えば、人形ごと真っ二つにすることはたやすいだろう。


 ゴッドブレイドは満を持すようにステージから降りると、ひときわ大きな人形と対峙する。


「いいか! これから本物の『兜割り』スキルというものを見せてやる!

 兵士の中には鉄鎧ごときを真っ二つにして得意になっている者もいるようだが、この俺様からすればまだまだヒヨッコだ!

 本物の『兜割り』スキルというのは、たとえ敵がどんな材質の鎧を着ていても真っ二つにする!

 たとえ最高級の魔法鎧であっても、この俺様にかかれば『紙の鎧』同然よ!

 その偉大なる力を、今こそ見せてやろう!

 1回しかやらないから、よぉーく見ておけ! 記者たちは、真写しんしゃを撮り逃すなよっ!

 ……ではいくぞっ!

 うぉりゃあっ! 必殺『兜割り』っ!」


 ……カーン!


 静まり返った訓練場に、のど自慢の最低得点のような音色が響き渡った。

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