第9話

09 復活したスキル

 シュタイマンは実家ともいえる場所に戻ったというのに、荷物を解くヒマもなくスキルの調律チューニングをする。

 それは大手術と呼べるものであったが、彼にはひと息つくヒマも与えられなかった。


「おい! 出てきやがれクソガキっ! でねぇと家ごと燃やしちまうぞ!」


 外から響いてくる蛮声。

 シュタイマンは何事かと思ったが、ダッシュは「またか」とばかりに肩をすくめていた。


 ふたりして外に出てみると、そこにはいかにも山賊といった風体のゴロツキどもが。

 リーダーらしき男は鼻息を荒くしながら、シュタイマンを指さしてきた。


「なんだ、そのオッサンは!? まさか家にいたのはそのオッサンだったなんて抜かすつもりじゃねぇだろうな!?

 そんなことをしたって、このガタヤス様の目はごまかせんぞ!」


 シュタイマンが「この者たちはなんなのだ?」と問うより先に、ダッシュが教えてくれた。


「コイツらはこのあたりをナワバリにしてる山賊さ。 

 俺んちに美しい娘がいるとか噂を聞いたみたいで、時たまこうやって襲いに来るのさ。

 タダで帰すには性に合わねぇから、毎度コイツを駄賃にくれてやってるがな」


 拳を軽く掲げ、指切りグローブの金具を小銭のようにチャラチャラと鳴らすダッシュ。

 シュタイマンは合点がいったように「ふむ」と唸った。


「キミは相変わらずだな。それだけ饒舌なのであれば、拳以外で話し合ってみてはどうかね」


「悪いなジェントルマン。繋がれた犬みてぇに吠えるのはタチじゃねぇんだ」


 話を打ち切ったダッシュは山賊どもに向き直り、指切りグローブごしの指をポキポキと鳴らす。


「さぁーて、懲りもせずに今日もオネンネしに来たか。あいにくと俺には、男に子守歌を唄ってやる趣味はねぇんだがなぁ」


「抜かしやがれ、クソガキっ! 今日は手下を全員連れてきたんだ!

 ボロクソにやられたくなかったら、大人しく娘を差し出せっ!」


「たしかに今日は少しばかり大所帯だな。まあ俺のスピードについてこれそうなのはいなさそうだが」


 シュタイマンは背後からダッシュにささやきかける。


「ダッシュ君、先ほどキミと刃を交えてわかった。キミのスキルも相当刃こぼれしている。

 わたくしが調律チューニングするまで、あまり無理はしないほうがいい」


「相変わらず心配性だなジェントルマン。そんなだから老けるんだよ」


「キミは相変わらず無鉄砲のようだな。だから青二才のままなのだよ」


 お互い憎まれ口を叩きながら、肩を並べるダッシュとシュタイマン。

 シュタイマンの手にはすでに、音叉が握られていた。


「んじゃ、ひさびさにやらせてやるよ! ちゃんとついてこいよ、ジェントルマン!」


「キミこそ、わたくしに追い抜かれないようにしっかりやるのだぞ」


「コイツら、なに抜かしてやがるんだ!? かまわねぇ、やっちまえっ!」


 「うおーっ!」と向かってくるゴロツキどもに対し、ダッシュとシュタイマンはスクラムを組むように姿勢を低くした。

 そして触れ合っている肩の肩甲骨を合わせるように身体を傾け、背中を合わせる。


 ……ポーンッ!


 音叉の音色を合図とするかのように、狼の遠吠えが迸った。


「……どこまでも、トバすぜっ!

 ワイルド……ファァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーング!!」


 少年と紳士が同時に地を蹴った瞬間、ふたりの身体は青白いオーラに包まれる。


 牙を剥きながら飛びかかる狼の顔のように変貌。

 獲物に食らいついて倒し、そのまま引きずりまわしたような跡を地面に残しながら、疾風のごとく走り抜けた。


 ……ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーンッ!!


 間欠泉のような粉塵が噴き上がり、ゴロツキどもが次々と吹っ飛ばされる。

 ゴロツキどもはきりもみしながら宙を舞い、受け身も取れずにどしゃっと地面や木に叩きつけられていた。


 小屋の前は、極地的に暴風が吹き荒れたような有様であった。

 草木はなぎ倒され、地面は掘り返され、あたり一面にもうもうと砂煙が舞っている。


 山賊たちは身体だけでなく、威勢まで吹っ飛ばされてしまったかのように這い逃げていく。


「うっ、うわあああっ!? このクソガキっ、なんてスキルを持ってやがんだっ!?」


「以前までは、こんなとんでもねぇ威力じゃなかったのに!? いったいなにがあったってんだ!?」


「それよりも逃げましょう、お頭っ! 俺たちが到底かなう相手じゃねぇ!」


「チクショウ、覚えてやがれ! 娘を手に入れるまで、このガタヤス様はあきらめんぞーーーーっ!」


 ガタヤスは捨て台詞をこだまのように残しつつ、手負いのウサギのようにヨタヨタと逃げ去っていった。


 ダッシュはもう彼らなど眼中にない。

 それよりもショックな出来事があり、頬をぶたれたかのような表情になっていた。


「す……すげえ……! 『ワイルド・ファング』の威力が、元通りになった……!?」


 「やはりそうか」とタキシードについた土埃を払うシュタイマン。


「キミ自身も威力の減衰を感じていたのだな。

 その事実を認めずに精神力で威力を維持していたようだが、これでわかっただろう。

 さて、邪魔者はいなくなったことだし、次はキミの調律チューニングといこう」


 ダッシュは少し逡巡した様子を見せたが、やがて観念したかのように肩をすくめた。


「チッ、わかったよ。オッサンに身体を撫で回されるのは趣味じゃねぇんだがな」


「撫で回してなどいないが?」


「それがまた嫌なんだよ! 触るか触らないかのギリギリのところに手があるのが!

 しかも触ってねぇのになんかくすっぐってぇし! だったらいっそのこと触ればいいじゃねぇか!」


「それはできん相談だな。調律チューニングを行なっている手は音叉により大いなる波動を有している。

 その手で身体に触れたりしたら、それこそキミの気が触れてしまうぞ」


「ま……マジでっ!? オッサン、そんな危ねぇことをずっと俺たちにやってたのかよ!?」


「やっていた、ではない。これからやるのだ。そして、これからもずっとやる」


「マジかよ……。とんでもねぇのが帰ってきちまったなぁ……」


「キミの固有ユニークスキルはかなりガタがきているようだから、時間がかかりそうだ。

 調律チューニングを効率的に行なうために、服を脱いでくれたまえ」


「なにっ!? オッサンの前で全裸になれってのかよ!? ムショじゃあるまいし!」


「全裸とは言っていない。上半身だけで結構だ。

 紳士たるもの、裸の付き合いをするのはベッドとサウナだけと決めているのでね」


「オッサンが言うと、冗談に聞こえねぇんだよなぁ……。

 やれやれ、俺にとっちゃハードラックな午後になりそうだぜ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る