心の靄(魔術師の正位置)

「やぁ主、今日は顔色がよさそうだね。何かあったのかい?」

「あ、マジシャン! えへへ、そうなんだ~♪」


 今日の主は上機嫌だ、でも僕が何があったのか具体的に聞かない限りは口を開かない。いつも不思議に思ってはいたけれど、今日彼女の口からその真相が聞けた。


「ねえ主、前から聞こうと思っていたんだけど……良いこととか悪いことがあった時、君って直ぐに理由を言わないよね? それに他の人の時も何があったのかも一回目では聞かないし……どうして?」


 僕の問いかけに、主は少し考え込んだ後、小さくため息をついてからこう続けた。


 順番に話そうかな。まず、いいことがあった時に話さない理由だね。これはね、自分が感じている嬉しいことの温度と、話を聞いた他人が感じる温度が全然違うから。

 自分にとって嬉しい温度が、他人に話すことで冷めてしまうのが嫌だからだよ。例えばだけど、私にとっていつもより早い時間に起きれたことがめちゃくちゃ嬉しいってなってたとして、それを何も知らない人に話すとするよね? 大体の人って早起きくらいで……ってなると思うし、うわべだけの良かったね~って言葉、あまり聞きたくないんだよね。それを聞いたり、態度を見たりすると一気に冷めちゃって、嬉しいことが一気にどうでもいいことになっちゃうから。

 人によってとらえ方も価値観も違うのは当たり前じゃない? 当たり前だからこそ、押し付けたりけなしたりせずにすごす方がお互いの為になると思うんだ。よっぽど共感してほしいと思った時は話すけど、そうでないときとかはあまりかき乱されたくないから。

 

 嫌なことがあった時も、理由は同じ。話してすっきりするって人もいると思うけど、聞く側の人にとっては何にもならないよね?

 基本的に生産性のない話って、ぐるぐるするだけで糸口がないから、結局何がしたいのかが分かりにくいの。ある程度自分で小さくして、笑い話にできるくらいになった時だったら、話してすっきりするかもしれないけど。

 それにさ、これも人によるけど、嫌な気持ちを増幅させてしまう人ってやっぱりいるし、そうなったら関係のなかった人や物にまでその嫌な気持ちを抱くことになる。それって本人にとっても向けられる人にとってもいいことじゃないしね。単に巻き込みたくないっていうのもあるけど、さっきと同じようにかき乱されたくないっていうのが一番の理由だと私は思ってる。きっと、一種の自己保持なのかもしれないね。


 彼女の言葉を聞き終えた僕は、悲しい気持ちと納得できてしまう気持ちが入り混じって変な気持ちになった。

 確かに今の彼女の話を聞いてこんな感情になってしまうのだから、可能性はあり得てしまう。一見変わっているけれど、冷静になったら一理ある部分が多いんだよね、この子の話って。

 僕はいつも主にいろんな可能性を見出せるような方法を教えているけれど、その可能性の先にあることを見据えて、主はいつもこうして構えているのかな。自分が理解されることはないということや、他人とは正反対であるということも知ったうえで、自分と相手を守るための最善の方法を、瞬時瞬時に見出して実行しているのかもしれない。

 思えば、彼女はいつも自分から一人になりにいっていた。まだ主のことを深く知っていなかった頃は悲惨ないじめにあっているのではないかと疑ってたけど、今となっては彼女自らが望んでやっていたことだって気が付いた。

 同時になんだかんだ言いながらも他人を優先してしまっている主に、悲しい気持ちでいっぱいになった。色んな人の話を聞くのが好きだという主は、肝心の自分の話をあまりしない。それは共感者を作れない主の悲しみなのかもしれない。


「ごめんね退屈な話しちゃったね。じゃあ私急ぐから♪」

「待ってよ主! 僕は君の話を退屈だと思ったことは一度もないよ!」

「……そう、なら良かった!」


 それだけ言うと、主は疾風のごとく去っていった。残された僕は、どうすれば彼女の心の靄を晴らすことができるのか、様々な視点で考えようと誓った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る