何も知らない彼女(世界の正位置)

「主よ、あれは何じゃ? 初めて目にするぞ……あれは何というのじゃ?」

「え……えっとあれは信号機って言うんだけど……説明が難しい!」


 日常生活において欠かせないものではあるものの、説明しろと言われると案外難しいものはいくつかあるように思う。彼女からの唐突な質問は、いつも素直に答えが出てこないものが多いのだ。


 彼女の名は『世界』の正位置、大アルカナの最後のカードで、主な意味は『完成・完全・ハッピーエンド』など。彼女が占いの結果に出ると、大抵は非常に良いと解釈される。ただ、私の場合世界のカードは力があるが故に制圧というふうにも考えられるのではないかと思っており、占いの結果に出た際には躊躇することがしばしばである。


「ほう……信号機、とな。彼らは何の役割を担っているのじゃ?」

「彼らって人じゃないんだけど……車とか人が事故に遭ったりしないように管理する役割……って感じ?」

「ほう、それは大役ではないか。毎日ここで管理を行っておるのか、それはご苦労なことだ……中々できたことではないからのう」


 彼女は『世界』という名でありながら、世界を知らない。彼女の住まう世界には、何もない。故に彼女がこちらの世界にやって来るとすべてが初めて目にするものだそうで、たまに話をするとこのように質問タイムとなるのだ。


「まぁそうね、人間には難しいことだとは思うわ。でも元を辿ればこの信号機だって人間が作ったんだし、一番すごいのはやっぱり人間なのかもしれないわね……」

「やはり人が生み出すものは素晴らしいものじゃな、感心するぞ。して、あれは何じゃ?」


 彼女からの唐突な質問は、時に自分でも考えたことのない質問がある。そういえばどうしてだろう、いつからだろう……無意識に納得したつもりで、本当は納得していなかった事柄に気付かされることもあるものだ。最近知ったのだが、彼女は『完璧主義者』の思考があるらしく、そこも手伝ってか知りたがりになっているようだ。

 一度彼女に百科事典を渡したことがあるのだが、一文字読むごとに呼ばれ、一ページ読み終わるのに一週間かかったことがあった。その為書物から学んでもらうのは諦め、こうして会った際に教えるようにしているのだ。


「あーはいはい、今度は何を見つけたの?」


 何だかんだで彼女からの質問タイムは楽しい。今日はどんなことが発見出来るのだろう……そんな期待を持ちながら、彼女からの質問に答えるのだった。

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