第60話

60 戦い終わって

 『スレイヴマッチ』が終わったその日の夜、俺はいつもの温泉に浸かっていた。

 祭りの後のような学園を見下ろしながら……ひとり、溜息をつく。



「はぁ……よく考えたら、家が無くなったんだったな……。今日は、野宿か……」



 でも、まーいっか。


 住むところがなくなったからって、何だってんだ。

 この世の中に、どうにもならないほど困ることなんて、滅多にない。


 こうやって、高いところから見渡してみれば……。

 なんだって、なんとかなるようにできてるんだ。


 家を建ててくれたシトロンベルや、のらねこ団にはちょっと、申し訳ないが……。

 今度は鉄筋の家を建てるのを、手伝ってもらうとするか……。


 なんてことを考えていると、岩陰から白い人影がひょっこりと現れた。


 夜の闇の中でもわかる、まばゆいほどの白い肌……。

 そして花瓶みたいな、出っ張りすぎ、くびれすぎの身体……。


 しかもあてがっているのは、小さなフェイスタオル一枚なので、ぜんぜん覆い隠しきれていない。。


 普段はドレスに隠れている肩はもちろん、胸は頂点以外はほとんどはみ出ている。

 あんな大きな物体を支えているとは思えないほど細い腰に、ボンと飛び出たお尻。


 切れ上がった小股の真ん中には、丈がギリギリのタオルが、のれんのように揺れている。


 つい、上から下まで実況してしまうほどに、見事なボディを、惜しげも無くこの野山に晒していたのは……。



「うふふ、セージさん。ペッコリこんばんは」



 湯に浸かる前だというのに、湯上がりのように頬を桜色に染めた、ミルキーウェイだった。



「よくここがわかったな」



「シトロンベルさんに、ヒソヒソ教えてもらったの」



 答えながら、鶴の化身のような足のつまさきを、ちょんと浸けて入湯する女神サマの化身。

 静かな波紋を広げながら、すすす……と俺に近寄ってくる。



「本当は、ツルツルのハダカさんでセージさんのベッドさんに、コソコソ忍び込もうとしたんだけど……。お家さんがなくなってたから、こっちにトコトコ来たの」



「裸で人ん家のベッドに忍び込むのが、この学園では当たり前なのか? でも、やめてくれよ。最近やっとママの添い寝ナシで、寝られるようになったんだから」



 冗談のつもりだったんだが、彼女には通じなかった。

 ガーン! と音がしそうなくらいにショックを受けている。



「そ、そんなぁ。セージさんといっしょに、久しぶりにスヤスヤお休みしたかったのにぃ」



「久しぶりに……?」



 なにかやら聞き捨てならない一言だったので、繰り返すと……。

 ミルキーウェイはパッと口を手で覆い、目をそらした。



「な、なんでもないわ。それよりも、いっしょにチャプチャプお風呂さんに入りましょう」



「それは別に、かまわんが……そんなに近寄るなよ」



 ミルキーウェイの距離感は、混浴のソレではなかった。


 彼女は、俺の正面で脚をたたんで座っているのだが、じりじりとにじり寄ってきて……。

 それでも止まらずに、熱を測るように、コツンとおでこをぶつけてきた。


 しかもまだ止まらずに、鼻先をツンと合わせてくる。


 辛うじて身体に貼り付いたタオルは、すっかり透けていて……。

 形の浮き出た先端の突起が、ツンと俺の胸を突いた。



「だから近いって」



 俺は横に逃れようとしたが、左右は彼女の腕で塞がれていた。


 それでようやく気付く。

 後ろは岩で、完全に追い詰められていることに……!


 吐息がかかるくらいの近さで、唇を動かすと触れてしまいそうな距離で、女神サマは言った。



「シトロンベルさんがコショコショ教えてくれたの。ふざけたフリをして、何度セージさんに『さばおり』さんをしようかと思ったって。でもドキドキ恥ずかしくて、できなかったって」



「アイツはそんなこと考えてたのか」



「だからわたしがかわりに、スリスリ『さばおり』さんをしようと思って……シトロンベルさんに教えてもらったんだけど、『さばおり』さんって、こうやってギュッって抱きしめて、ギュッギュッてするんでしょう?」



 ミルキーウェイは自然な流れのつもりで、俺の腰に手を回してくる。

 しかしコイツが混浴に現れてから、俺にとっては不自然の連続でしかない。



「おい、やめろよ」



「シトロンベルさんのお母さんさんがトクトク言っていたそうよ。時には女の子さんのほうから、ベッタリ大胆にならなきゃダメだって。シトロンベルさんのお母さんさんも、それでシトロンベルさんのお父さんさんを……」



「お前はずっと何を言ってるんだ」



 俺はたまらず、突っ張りをかますように、女神サマの顔を両手で押しのけた。

 すると彼女は、神サマとは思えない情けない変顔になる。



「い……いいれひょう? わらし、セージしゃんにギュッギュッっれ、『しゃばおり』しゃんをししゃいの……!」



 子供を襲う変質者のように、グイグイ迫ってくる女神サマ。

 俺は2周目の人生において、だいぶ達観していたつもりだったが……コイツだけは本当に謎だった。



「なんでだよ!? お前だけは、なにひとつわからん! いーから離れろっ!」



「いーからしゃばおりしゃんしゃしぇてぇ!」



 白波のようにタオルを押しのけながら、バシャバシャ波打つほどに、くんずほぐれつしていると……。



「せっ……セージちゃん!?」「なにやってんだよ、セージっ!?」



 増援のように現れる、ふたりの少女……!

 しかも、身体にバスタオルのみを巻いて……!



「ミルキーウェイ様に、乱暴しちゃダメっ! 乱暴するんだったら、私……! あ、いや……。女の子に、乱暴しちゃダメーっ!」



「新風紀委員としてガチガチ命ずるっ、ミルキーウェイ様からズルズル離れろっ! ドルスコイを倒した時には、チョッピリ少しは見直したのに……! ガックリ見損なったぞ、このバカセージっ!」



 結局、そのあとは……3人の少女たちから、よってたかってサバ折りされて……。

 俺は2周目の人生において、初めての敗北を喫した。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



「ふしゅる! ふしゅる! ふしゅるるるるるるるるるるーーーーーーーーーーっ!!」



「お、落ち着いてください、メイルシュトローム様っ! ……がはっ!?」



「ふしゅるしゅるしゅる、ふしゅるるるっ!! 落ち着いてなど、いられるわけがないでしょう! あの無宿生ノーランが、まさかドルスコイを倒すだなんて……!!」



「ぐ……ぎぎぎぎぎぎっ……!?」



「ふしゅーっ!! しかも目をかけてやっていたチャン兄妹が、このフシュを、裏切るだなんて……!!」



「ぐ……ごほっ!? め、メイル……!」



「しゅるーっ!! しかもドルスコイをそそのかして、手下に放火までさせたというのに……!! 発火ファイヤリングの魔法が込められた薬瓶まで、くれてやったというのに……!!」



「シュ……ト……ロ……」



「ふしゅるしゅーっ!! なぜフシュのそばには、シトロンベルがいないのですかっ!? なぜなおもセージのそばに、シトロンベルがいるのですかっ!?!?」



「……さ……ま……」



「スレイヴマッチの閉会式では、抑える●●●のが大変でしたよ!? ええ……! ショウ様の前でしたからね! 危うく、放火した手下たちを、自殺に見せかけて絞殺したように……! こうやって、こうやって……!!」



「…………」



「でももはや、この程度ではすませませんよ! あの無宿生ノーランの首を、ねじ切って……!!」



 ……ゴキッ! グシャァァァァッ!!



「シトロンベルの首輪に、干し首として掛けさせなければ、フシュの気持ちはおさまりませんっ……! ふしゅる、ふしゅる、ふしゅるるるるーーーーーーーーーっ!!」

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賢者の胆石 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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