第59話

59 明と暗

 『スレイヴマッチ』はこの学園にいる、すべての者たちにとって……。

 そして最後は俺にとっても、驚くべき幕引きとなった。


 その後はいろいろあったんだが、順を追って説明していこう。


 『相撲部そうぼくぶ』のキャプテンであるドルスコイが敗北を認めた時点で、『風神流武闘術同好会』の勝利が確定。

 相撲部そうぼくぶは闘技場から退場し、ドルスコイは意識を失っていたので、大勢の保健委員の手によって、土俵みたいに大きなストレッチャーに乗せられ搬送されていった。


 俺もそのまま帰ろうとしたのだが、実況のゴーシップの手によって、チャン兄妹といっしょにステージに上がらされてしまう。


 そしてヒーローインタビューとして色々聞かれた。

 特にちびっこの俺が、どうやってドルスコイのような巨体を持ち上げられたのか、しつこく聞かれたんだが、ぜんぶはぐらかす。


 ちなみに種明かしをすると、アレは俺が怪力になったわけではなく……。

 授業で習った『微風ブリーズ』という、風の初級魔法を使っていたんだ。


 簡単に言うと、そよ風を起こす魔法だな。

 本来は下僕ペットレイヴが、寝苦しい夜などに賢者フィロソファーに対して使う魔法らしい。


 でも俺は『賢者の石』の力を用いて威力を数倍に増加。

 タイミングをあわせてドルスコイの巨体を吹き飛ばして、さも俺が持ち上げたように見せたんだ。


 さらにインタビューのあとは、賞品の授与。

 勝者チームには100万ポイントが贈呈された。


 バラエティ番組にある副賞みたいに、『1,000,000』と書かれた巨大なパネルが運び込まれる。

 ミルキーウェイとシトロンベルがステージにあがってきて、手渡してくれることになったのだが……。



「……セージちゃんっ!!」



 シトロンベルは今にも泣きそうな顔で、副賞そっちのけで俺にまっしぐら。



『あっ!? あっあっあっ!? あはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっとぉぉぉぉ~!! 我が学園の新マドンナとして名高いシトロベル君が、セージ君に熱いキッスの贈呈っ~!?!? 思わぬ副賞に、セージ君も目を白黒させているぞぉぉぉーーーーーっ!?!? シトロンベル君、勝者に向かって何か一言!!』



 ぷはあっ、と息継ぎをするように口を離したシトロンベルは、差し出されたマイクに向かって。



『私……やっとわかったんです……! セージちゃんのことが、大好きだって……!』



「うぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?!?」



 呻きとも断末魔ともつかぬ野太い悲鳴が、客席から沸き起こる。

 しかしお嬢様の、大胆すぎる告白は止まらない。



『セージちゃんは自由な男の子だから、嫌がるかもしれないけど……。私はずっと、セージちゃんと一緒にいたいですっ!!』



 言いたいことだけを一方的にまくしたてたあと、彼女はまた俺の口を塞いだ。


 『セージちゃん大好き』な気持ちが、どんどん俺の中に注ぎ込まれる。

 その嘘偽りなく、ひたむきで、純粋すぎる想いを腹一杯に詰め込まれて……。


 ……これじゃまるで、フォアグラ用のガチョウみたいだな。


 なんて皮肉なんだか照れ隠しなんだか、俺でもよくわからない気持ちになってしまった。


 ちなみにその後は、ミルキーウェイが順番待ちしていて……。

 まるで当然のように俺を抱きすくめ、キス顔を近づけてきたのだが……。


 俺はとっさに両手で突っ張って阻止した。

 これ以上、野郎どもの嫉妬を買うわけにはいかないからな。


 淋しそうにするミルキーウェイを尻目に、最後はこの『スレイヴマッチ』のコミッショナーである、風紀委員長のメイルシュトロームが登壇した。


 俺にとって、ドルスコイの次に会いたかったソイツは……。

 おそらく高校生だと思うのだが、えらく老けていた。


 つるっぱげで、こけた頬と落ち窪んだ瞳の、彫りの深い顔。

 いかにも神経質そうな感じで、頬はヒビ割れ、目のまわりに紫色のクマ。


 首にはマフラーみたいな巨大なニシキヘビを巻いているのだが、それが悪役っぽさをより一層引き立たせている。



「ふしゅる、ふしゅる、ふしゅる……! 勝利おめでとう、セージ君……!」



 声音も、とぐろを巻いた無数の蛇たちが、這い回っているように不気味。

 一応愛想笑いのようなものを浮かべ、握手のために手を差し出してはいるが……心根はまったく見えない。



「俺は賢者学園に入ったと思ったんだが、動物園と間違えたようだな。イボガエルの次は、ヘビトカゲとは……。でもガラスごしじゃなくて、こうして触れるなんてサービスいいな」



 俺はいつもの軽口を叩きながら、ヤツの手をぐっと握りしめる。


 これで、コイツが俺のログハウスに放火させた、黒幕のひとりだとわかったら……。

 この場で、燃やしてやるとするか……!


 しかし俺は、その期待とは真逆に……眉をひそめた。



「なっ……?」



 思わず声にも出してしまった。

 いつもであれば、触れた途端に脳がスパークして、ヤツのなにがしかが、流れ込んでくるはずなのに……!?



「なにも、ない……?」



 いや、確かにえているはずなのだ。

 それを証拠に、頭の後ろあたりがチリチリと、焼き付くような感覚だけはある。


 しかし……手を通して、伝わってくるのは……。

 なんにもない、パイソン柄の走馬灯だけ……!


 これは……どういうことなんだ……!?



「しゅるしゅる、ふしゅるしゅる、ふしゅるるるる~? セージ君、どうかしましたかぁ? 魂を落っことしたようなお顔をしていますが……? ふしゅるふしゅる、しゅるるる~!」



「あ、い、いや……。なんでもない」



 俺が手を離すと、ヤツは何事も無かったようにローブの中に手を引っ込め、しずしずとステージをあとにした。


 そして、不思議なことに……。

 ヤツは一度見たら忘れないような、強烈なキャラクターをしていたにも関わらず……。


 姿を消したあとは、その顔すら思い出せないほどに、印象が薄らいでいたんだ。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ……結局、ログハウス放火事件の影の大ボスは、ドルスコイだというのがわかった。

 でも俺はなぜかスッキリせず、魚の骨が喉に引っかかったような感覚をずっと引きずっていた。


 果たし状を送りつけてくるようなヤツが、なんで放火なんて考えたんだ……?

 正々堂々としているように見えて、実は姑息なヤツだった……?


 うーん、わからん……。

 でも、まーいっか。


 いや、本当はよくないんだが、今はこれ以上はどうしようもない。

 ただ俺がこうして生きていて、これからも派手に暴れる以上、同じように狙ってくるヤツがいるだろう。


 そうなった時には、この違和感のシッポを捕まえるチャンスが再び訪れるだろうな。


 それに今回のことで、ハッキリとわかったんだ。

 あのショウとかいう生徒会長が、この学園を腐らせていることが……!


 だから俺は決めた。

 ヤツを、ブッ潰すって……!


 そうでなけりゃ、シトロンベルのような正しい人間は、食いモノにされるだけ……。

 それがどうしても、我慢できなくなったんだ……!


 それに……自分のしていることが正しくないとわかっていても、どうにもできないヤツもいる。

 たとえば、チャン兄妹やズングリムックだ。


 チャン兄妹は今回の一件で思い知ったのか、『スレイヴマッチ』の場で、風紀委員の辞職を宣言する。

 バッヂを返上し、兄妹そろって俺に、全校生徒の見ている前で土下座をした。



「私たち兄妹は、免許皆伝に目がくらんで、人の道を踏み外した。でも、セージ様とズングリムックのおかげで、目が醒めた……! だからこれからは罪滅ぼしとして、セージ様のために生きるっ!!」



「ボクも! この一生をポンポンと、セージ様にあげる!」



 なんてことを喚いたあと、急にナイフを取り出して、腕に『セージ様命』と彫りだそうとしたので、慌てて止めた。

 これ以上、重荷を背負わされるのはごめんだ。


 そしてズングリムックはというと、『スレイヴマッチ』に敗北したので、階級が1ランクダウン。

 従者サーバトラー候補生から下僕ペットレイヴ候補生になってしまったのだが、ヤツの顔は晴れやかだった。



「いやあ、セージにもらったあの石鹸を使っていたら、すっかり体臭がなくなったでごわす! あの永遠の悪臭に比べたら、下僕ペットレイヴ候補生に落ちることくらい、ほんの一時の屈辱……。屁の突っ張りでごわす!」



 これは内緒のことなんだが、俺はこっそり錬金術の『変質』をヤツの身体に施し、匂いを元から絶ってやった。

 だからもう、俺の石鹸なんて使わなくてもよくなったんだ。


 そして、もうひとりの『激クサ龍』はというと……。


 『スレイヴマッチ』に敗れたことで1ランクダウン、ショウのタトゥーを失ったとかで、さらに1ランクダウン。

 今ではズングリムックと同じ、下僕ペットレイヴ候補生となってしまった。


 しかし……その扱いは、ズングリムックとはかなり違っている。


 ひどい悪臭のためか教室に入れてもらず、それどころか寮も追い出され……。

 学校に居場所がなくなり、やむなく街に逃げ……。


 路地裏で暮らし始めたようなのだが、ホームレスからも避けられる匂いのせいで、凄惨なイジメに遭い……。

 いまでは誰も近寄らない、下水にいるらしい。


 とはいえ、俺のタトゥーを担いだまま、のたれ死にされるのも嫌なので……。

 のらねこ団に様子を監視させて、いよいよとなったところで助けてやるとするか。

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