第43話

43 セージ vs 相撲部

 相撲そうぼくの稽古部屋と化した、塔の一室。

 いやな熱気と湿気と、そして臭気が充満した室内で、俺は肉ダルマたちに囲まれていた。


 ソイツらのボスは、お山の大将のように、高みから見下ろすデカブツ……!

 リンゴ2個を片手で弄ぶその様は、まさにサル山のソレだった。


 身長は180cmセッチオーバー、体重は150kgキッロはゆうにオーバーしているだろうか。

 体積からすると、俺の8倍以上はありそうだ。


 他の部員の髪型は普通だが、コイツだけマゲみたいなのを結ってやがる。

 しかもコイツだけ化粧まわしみたいなのをしていて、そこには……。


 “激襲龍”ズングリムック と力強い書体で書かれていた。



「……“激襲龍”じゃなくて、“激臭龍”の間違いなんじゃないか」



 俺は素直な感想を口にする。

 それほどまでに、ヤツの体臭はすさまじかったんだ。


 途端、


 ……ビキイッ!!


 と落雷のような青筋が、ズングリムックの額に走った。



「この、チビッ……! いま、何とぬかしたでごわす!?」



 ……グワシャアッ!



 ズングリムックは怒りに任せ、2個のリンゴを紙クズのように、片手で軽く握り潰す。

 握力はゴリラ並にありそうだから、もし捕まったら、俺もあんな風になるだろうな。


 生命の危機かもしれないというのに、俺のべしゃりは止まらなかった。



「ボキャブラ利きすぎててわからなかったか? “激クサ龍”って言ったんだよ」



 ……ドオンッ!!



 ズングリムックが高みから着地すると、それだけでわずかな振動がおこる。



「許さん……! 許さんでごわす! おいどんが気にしていることを、ズケズケと……!」



「なんだ、気にしてたのか? だったら風呂に入れよ。いい石鹸やろうか?」



 俺の気遣いを無視して、ドスン、ドスンと迫ってくるズングリムック。

 怪獣が迫ってくるみたいな、なかなかの迫力だ。


 周囲から、驚きと怯えの混ざった声が漏れる。



「ああっ、あのチビ、余計なことを……!」



「ズングリムック先輩は、体臭のことを言われると、マジギレするんだ……!」



「こ、怖え……! ホントに怖えよ……!」



「で、でも、なんであのチビは、平然としてられるんだ……!?」



「ズングリムック先輩にあんな風に迫られたら、俺たちだってチビって土下座しちまうのに……!」



 気持ちはわからないでもない。

 俺も2周目じゃなけりゃ、さっさとシッポを巻いてたかもしれないな。


 いま、俺とあのデカブツにチョッカイをかけられるほど度胸のあるヤツは、この中には……。



「……だ、だめぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーっ!!」



 いた。

 俺をかばうように、そしてデカブツを通せんぼするように、割って入ったのは……。


 “聖鈴の”シトロンベル……!



「け……喧嘩なんてしちゃダメっ! 同じ学園の生徒どうし、仲良くしなきゃダメなんだからっ!」



 お嬢様の声は震えていた。

 というか、頭の鈴が鳴り止まないほどに、全身ブルっている。



「女ぁっ……!! そこをどくでごわすっ!! でないと……!!」



 象のいななきのような怒声に、シトロンベルは一瞬ビクッと肩をすくめたものの、なおも毅然とした態度を貫く。



「こんな小さな子をいじめて何が楽しいの!? セージちゃんには絶対、指一本触れさせないんだからっ!!」



 水色のレザーアーマー、その脚部から覗く絶対領域。

 まぶしいほどに白い太ももを、つぅ……と一筋の汗が伝っていた。


 同じ汗でも、こうも違うもんかねぇ……。


 俺はそんなことを考えながら、俺は少し背伸びして、シトロンベルの肩に手を掛ける。



「誤解するなって、シトロンベル。これは喧嘩じゃない、他流試合だ」



「た……他流試合?」



「そう。『相撲部そうぼくぶ』と、ちょっとお手合わせしたくってね。最初の俺のパンチは、ノックみたいなもんさ」



「で、でも、セージちゃんひとりに、こんなに大勢で……!」



 ふと足元に落ちていた竹刀に気づき、拾い上げる。



「な、なら私も手伝う! それならいいでしょう!?」



「いいけど、やめといたほうがいいんじゃないか? あそこにいるヤツらと一緒に、見学しとけ」



 俺は部屋の隅にいる、あばれるちゃんとクリスチャンを指さす。

 ふたりとも俯いたまま、何かを堪えるように拳を握りしめていた。



「ううん! 私もやるっ! だって私もセージちゃんと同じで、通行料を取るだなんておかしいと思ってたもん!」



「そうか、じゃあなるべく俺から離れるなよ」



「わかった!」



「ふんっ! バカなヤツらでごわす! チビと女でこの相撲部そうぼくぶに殴り込みをかけるとは……! おいっ、コイツらをこの稽古場にはりつけにして、通行料を拒むヤツらへの見せしめにするでごわすっ!!」



「どぉーーーすこーーーいっ!!!!!」



 それっぽい返事とともに、包囲網をつくる相撲部そうぼくぶの面々。

 対する俺たちは、背中合わせになった。



「いいか、シトロンベル。相撲そうぼくを相手にする場合は、特にぶちかまし……短距離での体当たりに気をつけろ。姿勢を低くしたらその合図だから、思いっきり上を飛び越えてやれ。あとはお前の場合は、サバ折りにも注意するんだな」



「わかったわ! でも、サバ折りってナニ?」



「本来は相手を引き寄せて上からのしかかる技なんだが、最近では相手の腰を抱きしめて密着する技になってるな。きっと何人かは試合にかこつけて、お前に抱きつこうとするヤツがいるはずだ。そんなヤツがいたら、俺が剣術授業の時にしてたように、思いっきり鼻を折ってやれ」



「わ……わかった。でもいくらなんでも、試合中に抱きつくだなんて、そんなこと……」



 と、無垢なお嬢様は懐疑的だったのだが、



「どぉーーーすこーーーいっ!!!!!」



 なんと開始早々、大半のザコどもが両手を広げて……。

 女体めがけて、一直線っ……!



「えええっ!? 何なの、この人たちっ!? えいっ! えいっ! このーっ!」



 といってもシトロンベルも、『落花流水剣』の使い手である。

 こんなのに抱きつかれてはたまらないと、疾風のような踏み込みとともに、男どもの鼻っ柱に強烈な突きを叩き込んでいく。



「ぎゃん!?」「ふぎゃっ!?」「ぎゃああっ!?」「うぎゃっ!?」



 血しぶきをあげ、ダルマのように転がる部員たち。

 剣道三倍段を体現するかのように、まるで勝負になっていない。


 俺は俺で、身長差を利用したボディブローを、次々と脂肪の塊に叩き込んでいった。



「ぐえっ!?」「ぐはあっ!?」「ぐほっ!?」「えげえっ!?」



 相撲そうぼく取りというのは、実は打撃技に弱い。

 張り手で打ち合う性質上、打撃を防御するよりも、筋肉と脂肪の鎧でダメージを吸収する、という考え方だからだ。


 だから簡単にガードをパスすることができる。

 それに、急所である肝臓にダメージが通ると、厚い脂肪ごしであっても、拳に抜けるような感触がある。


 その瞬間……。

 ヤツらは相撲そうぼくでは感じたことのない、未知のダメージに悶絶するっ……!



「ぐえええええええええええええええええええっ!?!?」



 スマートな南国の怪鳥が、激太りしたかのような、野太い奇声が……部屋中を満たす。

 しかし、



「きゃああああああああああああああああああっ!?!?」



 絹を裂く悲鳴がさらに上書きする。

 見ると、シトロンベルがザコのひとりに捕まっていた。



「や……やばい! あっ!?」



 と気を取られている間に、俺も後ろから抱きすくめられてしまった。

 コイツら見た目より、ずっと素早い……!?



「がはっはっはっはっはっ! チビも女も両方、捕まえたでごわすな! よぉし、相撲部そうぼくぶ名物、サバ折り地獄の始まりでごわす! 始まったら最後、口から血を吐くまで、かわるがわりのサバ折り……! さぁ、泣くでごわす、喚くでごわす! 学園最強の相撲部そうぼくぶに逆らったことを、後悔するでごわすっ!!」



 腹を波打つほどにパンパン叩いて喜ぶズングリムック。


 部員たちはサバ折り地獄のために、行列を作りはじめる。

 しかし俺の所には誰もこなくて、みんなシトロンベルの所に並びやがった。



「あっ……!? あああっ!? くっ……苦しいっ! たっ……助け! 助けてセージちゃんっ!」



 絞り出すような悲鳴をあげ、肩をよじらせ喘ぐシトロンベル。

 美しい顔が歪み、さらに美しい髪が汗で貼り付く。


 絶世の美少女が苦悶する姿に、男たちのニヤニヤは止まらない。

 俺はそんなゲスどもに向かって、いよいよ『死の魔法デス・スペル』の解禁を決意する。


 以前、アレを食らったヤツらは、まだ入院してるらしいから……。

 人間相手に使うのは、気が進まないんだがな……。



「せ、セージちゃんっ! セージちゃんっ! ああああーーーーーーーーーーーっ!!」



 いまにも折れそうなほどに細い腰を抱き寄せられ、ほっそりとした肢体が、でっぷりとする脂肪の中に埋まろうとした、その直前……。

 つむじ風のように小さく、しかし強烈な竜巻がおこった。



「あちょぉぉぉーーーっ! 渦龍旋風脚かりゅうせんぷうきゃくっ!!」



 シトロンベルへの公開セクハラは、あばれるちゃんの連続蹴りによって阻止された。


 瞬きほどの間に、五発もの連続キックを顔面に叩き込まれたセクハラデブ。

 顔を腫らしながら、ブヒィーッ!? と吹っ飛んでいった。


 そして俺のほうの拘束は、クリスチャンの一撃によって解かれる。



「おっ、ようやく吹き荒れる気になったか」



「か……勘違いするな! 他流試合ならば、話は別だ!」



 素直じゃないが……まあ、いいだろう。

 ともあれ、反撃開始だ。


 俺はさっき、ザコに捕まったせいで……。

 脳が焼き付くくらいに、激しくスパークしてるんだからな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る