第42話

42 相撲部ふたたび

 塔の天上6階に着いた俺たち4人パーティは、さっそく探索を開始する。

 といってもまだまだ下層階のようだから、特にこれといったトラブルもなく、一気に7階に繋がる大部屋に到着した。


 しかし、そこは……。



「どぉーーーーーーーーーーーーーすこいーーーーーーーーーーっ!!」



 暑苦しい怒声、メガネを掛けてたら曇りそうなほどの湿気……。

 そして組んずほぐれつする肉ダルマたちが支配する空間だった。


 「相撲部そうぼくぶか……」と、クリスチャンが苦々しくつぶく。


 どうやらこのデブたちは、塔の一室を練習場のかわりに使っているらしい。

 それだけなら別に問題はなかったのだが、俺たちの前にやって来た下っ端が、



「ここを通りたければ、ひとり6千エンダー! 踏破の魔法陣を通りたければ、さらに6万エンダーを払え!」



 まるでそれが当然であるかのように、膨れた手を差し出してきた。



「なるほど、練習ついでに稼いでるってわけか。やけにブヒブヒ鳴いてるから、何かと思ったが……。そんなに部費が欲しかったとはな」



「セージ、余計なことを言うな」



 俺の挑発を遮り、クリスチャンが前に出る。



相撲部そうぼくぶが、ここを管理しているという連絡は受けていない。従って、通行料など払う必要はないはずだ」



 すると下っ端は、もう聞き飽きたかのように耳をほじくっていた。



「うるせぇなぁ。弱小同好会のクセして、相撲部そうぼくぶに意見するんじゃねぇよ」



「今は『風神流武闘術同好会』で来ているのではない。それに、キミたちの行為は著しく風紀を乱していると判断できる。よって風紀委員として命じる、いますぐここから立ち去り、部屋を空けるんだ。練習なら、然るべき場所でするように!」



「あーうるせぇうるせぇ。ここで俺たちが練習して、通行料を取っているのは、相撲部そうぼくぶキャプテンである、”爆襲龍”ドルスコイ様からのご命令だ。まさか従者サーバトラー候補生ごときのお前が、賢者フィロソファー候補生様の決定に、逆らうわけんじゃないよなぁ? ああん?」



 ドルスコイとかいう、いかにも太っちょファット感のある名前が出た途端、「くっ……!」と歯噛みをするクリスチャン。

 さっきまでの公明正大さはどこへやら、ポケットから財布を取り出していた。


 それを下っ端は、財布ごとひったくる。



「コイツは口止め料込みだ。ドルスコイ様に告げ口してほしくないだろ? あぁん?」



 後ろで見ていたシトロンベルが「ちょっと!」と抗議しようとしたが、今度は俺が遮った。

 それを下っ端は、俺が服従の意思を示したと勘違いしたようだ。



「そっちのチビも、随分聞き分けが良くなったな。たしかお前、剣術授業のときにウチの新入部員たちをかわいがってくれた、セージとかいうヤツだろ?」



「よく知ってるな」



無宿生ノーランのクセして、随分イキがってるって評判だからな。でもさすがに相撲部そうぼくぶの新入生は相手にできても、ここにいるレギュラー陣には敵わないってことくらい、落ちこぼれの脳みそでもわかるようだな」



 下っ端はふてぶてしく笑いながら、ぶよぶよの手を差し出してくる。



「いまはレギュラーたちは練習に夢中で気付いてないが、ここにお前がいると知ったら、タダじゃすまねぇだろうなぁ。特別に内緒で通してやるから、お前は財布とライセンスをよこせ。有り金と、ポイント全部で勘弁してやる」



「ここはポイント払いもできるのか、なかなか良心的だな」



「そうだろう? まぁどーせ、無宿生ノーランが持ってるポイントなんて、ケツの毛くらいだろうが、もらっといてやるよ」



「じゃあ、こんなので払っても良さそうだな」



 俺はそう言いながら、構えをとった。



「なんだぁ、そのポーズは……? もしかして、拳で払おうってのか? ハハッ、面白い冗談だ。いいぜ、受けてやるよ。お前みたいなチビのパンチ、百発くらったところで……」



 俺の構えが『風神流武闘術』であると気付いたクリスチャンが、「やめろっ、セージ!」と叫んだが、もう遅い。



 ……ドムゥゥゥゥゥーーーーーンッ!



 中身のたっぷり詰まった太鼓をブッ叩いたような音が、部屋中に響いた。


 下っ端は眼球と舌を飛び出させ、呻きながら崩れ落ちる。

 腹の脂肪はまだ、波紋のように波打っていた。



「ぐ……!? ぐええええっ!? パッ……パンチが……見え……なかっ……がっ!? がはあぁぁぁっ!?」



 口から胃液を垂らしながら前に倒れ込んできたので、俺はサッと横にずれる。



 ……ズゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーンッ!!



 下っ端が地に伏した瞬間、あたりは沈黙する。

 練習の手を休めてこちらを見る、太っちょどもの荒い息だけが流れていた。



「せ、セージ……なんてことを……!」



 背後からガッと掴まれたが、俺は振り向かない。

 「見損なったよ」とだけつぶやく。



「なんだと!?」



「この学園の規律を守ろうとするお前の姿勢を、俺は多少だが評価していたんだ。今もカツアゲ同然の行為に対し、毅然と抗議した。だが賢者フィロソファー候補生の名前が出たとたん、お前は急に掌を返しやがった」



「し……仕方がないだろう! 風紀委員会は、風紀を乱す者から賢者フィロソファー候補生様をお守りするために設立されたんだ!」



「強きを助け、弱きをくじく……それがお前たちの『正義』なんだな。『風神流武闘術』なんて大層な看板をかかげておきながら、やってることは弱いものイジメってわけか」



「ち……違うっ! 『風神流武闘術』は、静かに流れ、時には激しく吹き荒れ……。必要とあればお仕えする賢者フィロソファー様もたしなめる、正しき拳なんだっ!」



「それが本当なんだったら、吹き荒れろよ、今こそ」



 俺たちの前にどやどやと、太っちょどもが集まってきた。

 どいつもこいつも汗だくて、実に暑苦しい。



「お……おいっ! このチビ、セージだぞっ!」



「新入生をヤッたヤツだな!? おいっ、相撲部そうぼくぶをナメたらどうなるか、思い知らせてやれっ!」



 こんな小さいの相手に、倍くらいある男たちが挑みかかってくる。

 俺は最後に振り返って、歯を食いしばっているクリスチャンに言った。



「俺はひと足先に、吹き荒れてくるぜ」



 そして馳せ抜ける。


 「セージちゃん!?」「セージっ!?」

 女性陣の悲鳴じみた呼び声が交錯するなか、振り払うように一点突破。



 ……ドォォォォォォォォーーーーーーーーーンッ!!



 肉の壁を突き破ると、吹っ飛ばされた誰かが持っていた竹刀が足元に転がる。

 抜けた先にはひときわデカイのが、牢名主のように高い位置でふんぞり返っていた。



「ほほう……! 鼻クソみたいな身体してるくせに、最近のチビは結構やるでごわすな!」



「人の言葉を話すだなんて……最近の馬糞は、結構賢くなってるんだな。栗とか蜂はどうした?」



 俺は、ここのボスであろうデカブツを、軽口とともに睨みあげていた。

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