第41話

41 まさにパートナー

 次の日はレイドの授業で、クラスメイトたちはレイジング・ブルに挑んだらしい。

 なんだか人が多そうだったので、俺はその日は塔に行かなかった。


 錬金術で生活用品を作ったり、のらねこ団のアジトを訪問したりして、ノンビリと過ごす。


 そしてさらに、次の日の朝……。

 俺はシトロンベルの声によって叩き起こされた。



「セージちゃーん! 天地の塔行くよーっ! まだ寝てるのーっ!?」



 外から何度も呼びかけられて、俺はベットから這い出す。

 そのままコートを羽織ってログハウスを出ると、前の広場にはシトロンベルとクリスチャンがいた。



「遅いよ、セージちゃん! 今日は朝から、天地の塔に行くって決めたでしょ!?」



「遅刻は風紀の乱れの第一歩だぞ、セージ」



「うるさいな……お前らが勝手に決めただけだろうが……。それよりも朝から天地の塔だなんて、お前ら、授業はサボっていいのかよ?」



 ふたりから教えてもらったんだが、ライセンスのポイント稼ぎのために、授業に出席せずに天地の塔を探索するのはアリなことらしい。


 ポイントは授業の出席や、授業中での振る舞いでも加算されるようなのだが、そこで貰える分はたかが知れている。

 だから成績上位者ともなると、もう履修したと思った授業には参加せず、天地の塔の探索に当てるらしい。


 そのほうがポイントが多く獲得できるし、授業中ともなればライバルも少ないからな。

 ただ授業をサボり過ぎると、その担当教師からの心証は悪くなり、減点に繋がるかもしれないのでほどほどに……。だそうだ。


 まあ何にしても、俺には関係ないことだがな。



「あれ、セージちゃん、もしかして今起きたばっかり? 朝ごはん食べてないの?」



「ああ、俺は朝は食べないようにしてるんだ」



「だめだよ、ちゃんと食べないと。お弁当、作ってこようか?」



「いや、いい」



 この世界に来たばかりの頃は、朝飯がわりにリンゴを食べていたが、それも面倒くさくなってやめてしまった。

 前の世界では、朝はコーヒーだけ飲んでいたんだが……そういえばコッチに来てから飲んでないな。


 なんてことを話したり、考えたりしながら塔に向かっていると、掲示板に集まる人だかりを見つけた。

 なんとなく気になったので、3人して覗き込んでみると……校内新聞が貼り出されていた。



『5階のボス、レイジング・ブル、早くも撃破! しかもたったふたりで、そのうちひとりは無宿生ノーラン!?』



『突如地下に現れた、ジャイアント・スパイダー! 噂の無宿生ノーランが撃退!?』



『我が学園の新マドンナ、“聖鈴”のシトロンベル! その素顔に迫る!』



『我が学園の新アイドル、シトロンベルが衝撃発言! あの無宿生ノーランをパートナー宣言!?』



 いつの間に撮られたのか、俺の写真が新聞の一面を飾っていた。

 掲示板の前の人だかりは、好き勝手なことを言い合っている。



無宿生ノーランがレイジング・ブルを倒したって、本当かよ!?」



「嘘に決まってるだろ! 50人はいないと倒せないボスだぞ!」



「それどころか、ジャイアント・スパイダーまで倒したって書いてあるぞ!?」



「こっちは完全に嘘だろ! 100人はいないと倒せないボスだぞ!」



「しかもシトロンベルさんが、あの無宿生ノーランをパートナー宣言したとか書いてあるぞ!?」



「それこそ100パー嘘だろ! あの美しくて気高いシトロンベルさんが、なんで無宿生ノーランなんかをパートナーにするんだよ! 下僕ペットレイヴにだってなれねぇ落ちこぼれを、選ぶわけがねぇだろ!」



「……だってよ、シトロンベル」



「う~ん、パートナーを選ぶのに、身分は関係ないと思うんだけど……」



「はっ!? 今の聞いたかよ、おいっ! パートナーを選ぶのに、身分は関係ないんだってよ! それにシトロンベルさんを呼び捨てにするだなんて、どこの命知らずだよっ!? ファンクラブのヤツらに殺されても……ええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 俺たちのやりとりに振り返った人だかりは、ものまねでご本人登場みたいにひっくり返った。



「ほ、ほんとに……ほんとにシトロンベルさんが、無宿生ノーランと一緒にいる……!?」



「し、しかも、シトロンベルさんを呼び捨てにするだなんて……!?」



「ま、マジで……!? マジであのふたりはパートナーになっちまったのか……!?」



 こんな状況だというのに、シトロンベルは人目もはばからずに俺にチョッカイをかけてくるので、さらに誤解を招く。



「セージちゃんって、この学園でもすっかり有名人になっちゃったね、うりうりっ」



「主にお前のせいのような気もするけどな……って、頬を突くなよ」



「だって、セージちゃんのほっぺって、触ってると気持ちいいんだもん、うりうりうりっ」



「このっ……だったら俺にもやらせろ!」



「あはははっ! セージちゃんの背じゃ、届かないでしょ? ほら、抱っこしてあげる! って、捕まえたー! もう逃げられないわよ、これでいっぱいうりうりしてやるんだから! うりうりうりうりうりっ!」



「わあっ!? やめろ!」



 シトロンベルは頭の鈴までリンリンさせてはしゃいでいた。

 抱きすくめられ変顔をさせられている俺を、尻もちついたまま絶望的な表情で眺めるヤツら。



「……あ、ああ……! な、なんでことだ……! し、シトロンベルさんが、イチャイチャしてる……!?」



「し、しかも、お前呼ばわりされてるのに、あんなに嬉しそうに……!」



「あんな笑顔、同じクラスにいる俺でも、一度も見たことがないってのに……!」



「う……うそだぁ! 俺たちの天使が、あんな悪魔に奪われるなんて、うそだぁーっ!!」



 とうとう泣き叫びはじめた。

 そしてクリスチャンはなぜか、真っ赤な顔をして俺たちを止めに入る。



「お……おいっ、ふたりとも、いい加減にしろ! ふっ……ふしだら過ぎる! 男女7歳にして、席を同じにせず、だぞ!」



 その通りだ、もっと言ってやれと思ったが、



「セージちゃんはまだ6歳だから大丈夫でしょう?」



 お嬢様はそう言い返して、さらに熾烈に俺の顔をいじるのであった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ようやく天地の塔に着くと、なぜか入り口は死屍累々となっていた。

 あばれるちゃんが、目も開けられないほど腫れ上がった顔の男子生徒の胸ぐらを掴み、何か叫んでいる。



「今度ボクを罠にハメるようなことをしたら、バッキバキのボッコボコのズッタズタにしてやるんだからな! いいな!? わかったか!?」



 もうじゅうぶんソレをやっているような気がするが……。

 ともかく彼女は、昨日ボス部屋に閉じ込めたヤツらに制裁を加えていたらしい。


 俺たちが来たことに気付くと、男子生徒を吸い殻のように投げ捨て、走り寄ってくる。



「どうやら、ずいぶん吸わせちまったみたいだな」



「遅いよみんな! グッタリ待ちくたびれちゃったよ! なにをノロノロしてたのさ!」



 まだ暴れ足りなそうなあばれるちゃんをなだめながら、塔に入る。

 皆は当然のようにエレベーターホールへと向かっていくが、俺ははたと気付いた。



「あ……俺、ライセンス持ってないから、昇降機使えないんだった」



「それなら大丈夫、私にいい考えがあるの。いいから行きましょう」



 シトロンベルが自信たっぷりだったので、俺はそれ以上何も言わず、黙ってついていく。

 エレベーターホールは異国のバードストリートのように、吊られた鳥かごでいっぱいだった。


 鳥かごの大きさは人間ひとりがちょうど入れるくらいのサイズ。

 身体の大きいヤツには窮屈そうで、格子の間から身体がはみ出していた。


 シトロンベルは手近な鳥かごの格子扉を開け、中に入る。

 そして俺を手招きした。



「セージちゃんと私だったら、ふたりで乗っても大丈夫でしょう?」



 なるほど、そういうことか。

 俺は招かれるがままに、シトロンベルの鳥かごに入る。


 しかし思ったよりも狭くて窮屈だった。



「ほら、もっと近くに寄って、身体をくっつけて。でないと途中で扉が開いちゃったりしたら危ないでしょ?」



 まるで長年連れ添ったぬいぐるみのように、俺をぎゅうっと抱きしめてくるお嬢様。

 もう俺とのスキンシップに抵抗がないのが、俺が彼女の腹に顔を埋めても何ともないようだった。


 しかし女ってのは、へそまでいい匂いがするんだな……。


 普段の彼女の甘い香りに加えて、焼きたてのパンみたいな匂いがする。

 もしかして今朝、パンを焼いたのか? ってことは今日もサンドイッチを作ってきてるのかもしれないな。


 なんてちょっと変態チックな思考を巡らせていたら、ふっくらした感触に加え、浮遊感が加わった。


 昇降機が上にあがりはじめたようだ。

 どうやら中に入れさえすれば、ふたり乗りのインチキは可能みたいだな。


 そしてシトロンベルは、しがみついている俺を見て母性でもくすぐられたのか、ずっと俺の頭を撫で続けていた。

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