第44話

44 相撲の秘奥義

 7階へと繋がるフロアは、異様な熱気に包まれていた。


 俺、シトロンベル、あばれるちゃん、クリスチャン……。

 背中合わせになる俺たちのまわりには、デブ包囲網が形成されつつある。


 コイツら、相撲そうぼくで立ち会いの練習をしているだけあって、瞬発力だけはあるようだ。

 それに土俵で戦っているせいか、すり足で円を描くような左右移動も素早い。


 油断したらまた、捕まってしまうかもしれないな……。


 俺は一気に勝負をつけるべく、仲間たちにささやきかける。



「……おい、お前ら。俺が合図をしたら、みんな耳をふさいでしゃがみ込むんだ」



 「えっ!? それってドリドリどういうことだよっ!?」とあばれるちゃん。



「いいから、俺の言うとおりにするんだ。いいな?」



 シトロンベルとクリスチャンも何か言いたげだったが、俺になにか考えがあるのだろうと察し、承諾する。

 そうしている間にも、デブの輪はどんどん狭くなっていった。



「がはっはっはっはっはっ! いくら加勢が来たところで、たったの2人……! 数ではまだこっちのほうが、10倍以上いるでごわす! それに、木の枝みたいなヤツらがいくら集まったところで、最強の格闘技である『相撲そうぼく』には、絶対に勝てないでごわす! さぁて……! 全員、サバ折り地獄に落としてやるでごわすっ!!」



 ズングリムックの合図とともに、一斉に飛びかかってくる相撲そうぼく部員。

 暑苦しいプレッシャーがさらに圧縮され、もうむせかえるほどだ。


 「いくぞっ……!」と俺は、両手を翼のように広げる。

 俺の背後で、仲間たちが一斉に縮こまる気配がした。



「亀みたいにしゃがみこむとは、とうとう、観念したでごわすかっ! がーっはっはっはっはっはーーーーーーーーーーー!!」



 俺は、迫り来る熱気と笑い声を吹き飛ばすかのように……。

 そして鳳凰が羽ばたくように、両手を勢いよく打ち合わせた。



 ……ドヴヮァァッ……!!

 シャァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 すさまじい爆音と、爆風のようなオーラが俺を中心としておこる。


 ビリビリと空気が震撼し、俺のもみじのような両手からは、覇道を進む覇王の波動ような……。

 すさまじい暴圧が、一気に溢れ出した。


 ちょうど飛びかかってきていたデブどもは、突風を受けて散る花のように、八方に舞い散っていく。


 いや……そんな美しいものでもなかった。

 ただでさえ見たくもない半裸の男たちの、まわしが空中でバリバリと弾け飛び……。



「ぶひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 羞恥心を知ったブタのような悲鳴とともに、カッ飛んでいき……。



 ビッ……タァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーンッ!!



 モロだしの姿のまま、磔にされるように、壁に叩きつけられていた。


 足元には、閃光弾を受けたような仲間たちが、胎児のように丸まって転がっている。


 その場で立っていられたのは、俺と……。

 そして爆心地からだいぶ離れたとこにいた、ズングリムックだけであった。



「あ……あれは……!? 相撲そうぼくの秘奥義、『白虎だまし』……!? あの一発を受けた者は、猫どころか虎ですら……いいや、神獣である白虎ですら、無力化されるという、おそるべき技でごわす……!! ”爆襲龍”ドルスコイ様だけが使える技を、なぜあんなチビがっ!?!?」



「さーて、あとはお前さんだけになったな。まだやるか? それともマシュマロみたいに潰されてみるか?」



「ぬかすでごわす! おんしみたいな鼻クソに引き下がっては、相撲部そうぼくぶの名折れでごわす! 相撲部そうぼくぶ、副キャプテン……。”激襲龍”ズングリムック、行くでごわすっ!!」



「こいよ、激クサ龍。二度と悪臭を振りまけないようにしてやる」



「また、ヌケヌケとっ!? ぬおおおおおおおおおおおおっ!! 許さん!! 許さんでごわすぅぅぅーーーーーーーーーっ!!!!」



 ドスドスと地響きとともに向かってくるズングリムック。

 このままじゃ足元にいる仲間たちを巻き込むおそれがあるので、こっちからも飛び出していく。


 まるで大岩が転がってくるみたいな、すげえ迫力だ。

 だけど……まあ、そんな程度だ。


 あのレイジング・ブルの、鉄球が飛んでくるような猛チャージに比べたら、その程度……。

 いいや、ピンポン球くらいかもしれないな……!


 俺は、覚えたての円の動きを利用して、初撃のぶちかましをかわす。

 ヤツはバランスを崩しながらも振り返って、猛烈な張り手の雨を降らせた。



「ぬおおおおおおおおおおおおおっ!! 受けてみるでごわすっ!! 相撲そうぼく秘奥義……突っ張り手、『百秋撃ひゃくしゅうげき』ぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーっ!!!!」



 ……どばばばばばばばばばばばばばばばばば!!!!



 グローブみたいに大きなパーが、数え切れないほど迫ってくる。

 へんなネーミングから察するに、『突っ張り』と『張り手』をミックスしたような技ということだろう。


 本来は連打を浴びせて相手を倒すんだろうが、俺の場合は一発でも食らったら終わりだ。

 蚊みたいにペチャンコになるだろうな。


 目の前で、猟銃をブッ放されているようなもんだが……。

 でも、雨を避けるよりはカンタンだな……!


 俺は散弾の中に、自ら身を投じる。

 磔になった部員たちが「わあっ!?」と驚いていた。



「み、見ろよ!」



「あのチビ、百秋撃の中に突っ込んでいったぞ!?」



「アレを食らって再起不能になったヤツは、数え切れないっていうのに……!」



「あんなチビがまともに食らったら、死ぬぞ……!」



「バカめ! 俺たち相撲部そうぼくぶの勝ちだ!」



 誰もがそれを確信していたようだが、少ししてから、違和感に気付く。



「あ、あれ……? なんで、あのチビ、まだ百秋撃の中にいるんだ……?」



「もうとっくに、ボロボロになって弾き出されていても、おかしくないはずなのに……?」



「み、見ろよっ!? ズングリムック先輩の身体がっ!?」



「な……波打ってる!? 荒波みたいに波打ってるぞっ!?」



「ま……まさか……!? あのチビ、ズングリムック先輩と、張り手の浴びせ合いをしているのか!?」



 それは大体合っているが、正確には違う。

 こっちはまだ、一発ももらっちゃいない。


 俺はひたすらズングリムックの攻撃をかいくぐりながら、ヤツのどてっ腹に……。

 暴徒鎮圧用のショットガンを、ブッ放していたんだ……!



 ……ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!



「ぐはっ!? げほおっ!? なっ……まさかっ、この技はっ!?!?」



 あっさりと連打負けしたヤツは、ぐらりとよろめいて膝をついた。


 しかしまだ終わりじゃない、俺はヤツに飛び蹴りをくらわし、そのままマウントポジションへと移行する。


 ……ゴシャアッ!


 一発目のマウント掌底が、ヤツの頬を的確に捉える。

 「げふうっ!?」と吹き出しながら、のけぞるズングリムック。


 そこから再び連打を再開。

 こんどは腹じゃなく、ヤツの顔面めがけて……。


 降らす……!

 打ち降ろす……!!

 叩きのめすっ……!!!


 部員のひとりが「す……すげぇ……!」と息を飲んでいた。



「セージが……! ズングリムック先輩を一方的にボコってる……!? 稽古の時に、俺らが束になってもかなわない相手なのに……!」



「ズングリムック先輩も反撃してるけど、全然当たってねぇ……! まるで赤子の手を捻るみたいに、いなしてやがる……!」



「雨! 雨! 雨……! まるで天から降り注ぐ雨みたいに、一方的……! 人間の無力さを知らしめるような、あの技は……まさかっ……!?」



 俺は期待に応えるように、ひときわ大きく振りかぶった。



相撲そうぼく秘奥義……突っ張り手っ!!」



 そして、トドメの一発……。

 いや、三発をブチ込むっ……!



「 セン ッッッ……!!」



 ……ズバアンッ!!



 まずは右の頬に一発。

 鉄扇ではり飛ばされたように、ズングリムックの頬が大きく歪む。


 血と汗が迸り、びしゃっと地面にぶちまけられる。



「 シュウ ッッッ……!!」



 ……ビタァンッ!!



 続いて左の頬に一発。

 顔全体の脂肪が、逃げるように波打つ。


 沈む船から離れるネズミのように、黄色い歯が吹き飛んでいく。


 そして、最後の一発っ……!!



「 ラク ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」



 ……ドグワッ……!!

 シャアアアアアアアアーーーーーーーーッ!!!!



 後頭部が床に埋没するほどの掌底を、ヤツの鼻っ柱に叩き込んでやった。

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