第37話
37 暴龍咆哮拳
まるで暗黒惑星のように黒く、巨大な球体をなす胴体。
表面には、笑う仮面のような模様が描かれている。
そこから伸びるは、黒い太陽が放つ光のような節足。
レイジング・ブルの角を何倍も長くして、4倍に増やしたかのような、堅さを感じさせる光沢が走る。
その先の爪は鋭く、人間であればひと突きしただけで、何人もまとめて串刺しにできるであろう。
突如として俺の身体を縛り上げ、さらっていったのは……。
黒き太陽『ジャイアント・スパイダー』……!
『レイジング・ブル』より遙かに格上のボスとされているこの大蜘蛛が、なんでこんな所に……!?
ジャイアントスパイダーは大量の糸を消防車の放水のように放ち、あたりを糸まみれにして、どこであろうともあっという間に自分のテリトリーに変えるそうだ。
おそらくここは、ヤツにとっての新居……!
そして俺は、招かれざる客……!
授業で習ったが、ジャイアント・スパイダーは捕らえた獲物をさらに糸でグルグル巻きにして、動けなくしたあと、毒針で麻痺状態にするらしい。
そうしておけば逃げられることもなく、また長期保存が可能になるそうだ。
そして俺は、坑内に人の姿が無かった理由も同時に理解する。
俺のまわり……いや、天井にはびっしりと……。
巨大なカイコの繭のようなものが、へばりついていたんだ……!
もう動かなくなったものもあれば、死にかけの芋虫みたいにもぞもぞしているのもある。
俺のすぐそばでぶら下がっていた繭たちが、
「あ……ああ~っ。
「そういえばぁ~。今日の採掘授業の時に、いなかったよなぁ~」
「きっとまた、サボってたんろうよぉ~、アイツ、落ちこぼれだから~」
などとどうでもいいことを、夢見心地でつぶやいていた。
きっとジャイアント・スパイダーの麻痺毒にやられて、まともな思考ができなくなってるんだろう。
このままじゃ、俺もヤツらの仲間入りだから、なんとか抜け出さないと……。
俺は胴を縛られてるだけだったが、いくらもがいても糸は外れなかった。
ミノ虫のように、吊り下げられたままぶらんぶらんと揺れるばかり。
そしてその振動でジャイアント・スパイダーは気付いたのか、
……シュバァァァッ!!
歌舞伎の土蜘蛛のような放射状の糸を、俺めがけて撃ってきたんだ……!
俺が危機を感じた瞬間、世界はナメクジ時間に変わる。
水の中のクラゲのように、ゆっくりと広がっていく糸を前に、思考を巡らせる。
えーっと、このピンチをなんとかするには、どうすれば……。
両手は使えないし、ぶら下げられているから、脚もあんまり……。
あ、そうだ。
あまり考える必要もなかったか。
……ギンッ!
俺が念を込めながら、迫り来る糸をにらみつけると、
……ボワッ!
八角形の形に広がっていたそれは、まるで花火のように燃えて散った。
「キシャアッ!?」
ジャイアント・スパイダーはいっちょ前にビックリしていた。
いままでの獲物と違うということが、ヤツにはわかったらしい。
……残念だったな。
新築パーティに来たのが、ピザのデリバリーじゃなくて。
お前が最後に招いたのは……。
家ごとブッ飛ばすような、火薬樽だったんだよっ!
……ゴッ!!!!
雲に覆われた空は一瞬にして、この世の終わりのような炎に包まれた。
拘束を解き放たれたクラスメイトたちが、ボトボトと落ち、
「キシャアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーッ!?」
太陽も、堕つ……!
俺は、空中でクルリと受け身を取って着地。
ジャイアント・スパイダーは地面にどしゃりと叩きつけられ、仰向けになってもがいていたが、壁に爪を引っかけて起き上がっていた。
まわりには、まだぼんやりしているクラスメイトたちが転がっているが、ヤツは見向きもしていない。
毒が効いているから、捨て置いても問題ないと思っているんだろう。
ヤツは完全に、俺だけをロックオンしている。
捕食者のような口をガパァと開き、レーザーのような糸を撒き散らしはじめた。
一瞬にして巣を作り上げる、最大出力の糸吐きだ。
アレにかかったら、サバンナにいる象の群れだって一網打尽だろう。
だが無駄だ。
いくらやったところで俺には通用しない。
なぜならば、俺は……。
無詠唱で『
それも
軽くやっただけで屋根ごとブッ飛ばす、
……ゴッ!!!!
白いレーザーが火線に変わり、
吐いている真っ最中の糸まで炎に包まれたので、
「キシャアァッ!?!?」
ジャイアント・スパイダーはゴムパッチンを食らったようにのけぞっていた。
俺の背後で、力ない笑い声がおこる。
「あはは……見て見てぇ~。セージが、ジャイアント・スパイダーに、ひとりで立ち向かってる~」
「ひとりで戦うなんて、無茶だよ~。ジャイアント・スパイダーは先生たちですら、パーティを組んでやっと勝てる相手なのに~」
「そんなことよりも~、なんか、暑くなぁ~い?」
「ほんとだ~。なんか、身体がぽかぽかする~」
俺は強めの
クラスメイトたちの身体からは、プスプスと煙が立ち上っていたからだ。
おそらく、巣を燃やした時の火が燃え移ったんだろう。
それなのに叩き消そうともせず、皆ヘラヘラと笑っている。
こりゃ、さっさと片付けないとヤバそうだな……。
なんてことを考えていたら……。
巨大な影が、俺を覆った。
「キシャアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーッ!!」
糸攻撃が通用しないとわかったジャイアント・スパイダーが、飛びかかってきたんだ……!
巨大な杭のような脚で、俺を串刺しにしようとしている。
もしまともに食らったら、俺の胴体はずいぶん見通しが良くなる。
日本家屋の窓みたいで風流かもしれないが、賢者の石ごとくれてやる程ではないな。
ならば……。
またまた命がけのぶっつけ本番になるが、
俺は今日二度目となる覚悟を決め、両の拳をぐっと握りあわせた。
力を溜めるように腰を落とし、さらにひねって、両手を後ろに回す……。
「
……バチバチバチィッ……!!
合わせた掌の中に、帯電しているかのような激しいエネルギーが生まれる。
ここまでは、イメージ通り……。
あとは、あの丸い胴体めがけ……。
一撃の必殺の、気合いを放つっっ……!
「
ズバァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!
突き出した両手から、まさに龍の咆哮のような光が放たれた。
その反動のすさまじさに、俺の身体はズズズズッ!! と引きずられるように下がる。
しかし両手はぶらさないように、しっかりと狙いを定めたまま。
黒い太陽の、その鼻っ柱に……!
……ズガァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッッ!!
光弾がめりこみ、太陽はひしゃげる。
そして今度こそ、世界の終わりを迎えたかのように、
「キシャアァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーッ!?!?!?」
……ズバァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
粉々に、砕け散った。
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