第38話
38 お楽しみタイム
太陽の破片が、黒い雨となってボトボトと降り注ぐ。
俺はまたしても、あちゃあ……と思っていた。
もうちょっと加減して倒しておけば、剥ぎ取りができたかもしれないのに……。
しかしふと、バランスボールくらいの大きさの柔らかいものが、俺のすぐ目の前を落ちていった。
地面に当たる寸前でキャッチしてみると、それは……。
『糸袋』と呼ばれる臓器だった。
ジャイアント・スパイダーはこんな器官をいくつも持っていて、この中で糸を作って吐き出すらしい。
ってことはこの袋の中には、さっきまでさんざん吐いてた糸が詰まってるってことか……。
ちょうどいいことを思いついたので、コレを戦利品として貰っていくことにした。
パーカーのフードの中にしまい、ついでにここに来た目的である鉄鉱石を拾い集める。
なぜか岩塩まであったので、それも頂いておく。
誰かが掘り起こしたはいいが、ジャイアント・スパイダーに襲われて落としたんだろうな。
その『誰か』が、まだいたことを俺は思い出す。
クラスメイトたちが、まわりにいたんだった。
プスプスと白煙をあげ、ひどいのになると火が付いているのもいたので、俺は慌てて叩き消してまわった。
まだ毒にやられているのか、誰もがまだフヌケたまま。
よく見ると、クラスメイトだけじゃなくて
なんて思いながら、消火活動を続けていると、ふと足首をガッと掴まれた。
誰かと思ったら……。
チャームポイントであろう垂らした前髪が、ストーブに近づきすぎたネコみたいにチリチリになっている、クリスチャンだった。
「う……うう……あれは、まさに……。風神流秘奥義、『
また面倒なのに絡まれちまったな。
しかしちょうどいい所で助け船が来た。
リバーサー先生と守衛を引きつれた3バカトリオが飛び込んできたんだ。
3バカトリオがあんなに慌てて走っていたのは、先生を呼びに行くためだったのか。
全滅した
さすがにリバーサー先生も白黒メガネの向こうの目を白黒させている。
「セージ君、またキミですか……。ジャイアント・スパイダーはどうしたんですか?」
「あぁ先生、ジャイアント・スパイダーなら勝手に死んだよ。よっぽど人生に絶望してたみたいで、爆発までしてたな。やっぱりモンスターの間で五月病が流行ってるんじゃないか?」
「五月病?」
「ああ。1周目の人生によくある、急に死にたくなる病気さ。生徒のほうにも注意したほうがいいんじゃないか? ほら、プスプス煙をあげてるのがいるだろ? 早くなんとかしないと爆発するかもな。じゃあ、後はよろしく」
これだけ大勢の大人が来てくれたんだったら、後は任せても大丈夫だろう。
俺はクリスチャンの追求の手から逃れると、出口のほうに向かってそそくさと歩き出す。
特に深くまで潜ったわけではなかったので、地上に戻るのもすぐだった。
そのままエントランスを通り過ぎて、塔からも出ると、空は薄紫とオレンジのグラデーションになっていた。
塔に入ったのは朝だったのに、もう夕方か。
俺は大きく伸びをする。
あ~あ、思えば今日もいろいろあった。
ボスを1日のうちに2匹も倒すなんて、なかなかのハードスケジュールだった気がする。
しかしそれだけ得るものも大きかった。
それにお楽しみは、これからなんだ……!
俺は少し疲れていたが、心も身体もぜんぜん重くなかった。
若さに任せたウキウキとした足取りで、ログハウスへと戻る。
家に着いたらまずは、明日以降の準備。
今日ゲットした牛皮と鉄鉱石、そして糸袋を使って新しい装備を作る。
作るための知識のほうは、島の市場を巡って職人たちと握手して、ひととおり仕入れてある。
それに錬金術を組み合わせれば、専用の設備などは一切不要で、イメージするだけで装備が作れるんだ。
もちろん革をチクチク縫ったり、焼けた鉄をトンカン打つ必要もない。
そして俺が、小一時間ほどかけて、創り上げたのは……。
牛革でできており、手の甲側の手首には、ゴブリンから奪ったナイフを鉄鉱石で強化した仕込みナイフが入っている。
そして手のひら側の手首には、ジャイアント・スパイダーの糸を鉄鉱石で強化した仕込みワイヤー。
ゴブリンのナイフは切れ味が悪かったのだが、これでかなり良くなった。
手首から飛び出すから抜刀するのも一瞬だ。
仕込みワイヤーのほうは、伸縮性と強度、そして強い粘着力があり、植物のツタよりもずっといい。
火に弱いという点は、鉄鉱石のおかげで克服できた。
それにグローブの指のところも鉄で補強してあるので、パンチの威力の向上と、拳の保護も期待できる。
黒いコートに黒い仕込みグローブだと、なんだか十字軍と戦う
まあ、見た目のほうは別にいいか。
何にしてもこれがあれば、塔の探索がさらに楽になるぞ……!
とテンションMAXになったところで、グゥと腹が鳴った。
じゃあそろそろ、もうひとつのお楽しみタイムといくか。
俺は錬金術で作ったばかりの鉄のフライパンを持って、家の外へと飛び出す。
適当な石を拾い集めてキャンプ用のカマドを作り、森から集めてきた薪の束を
カマドにフライパンをかけ、熱している間に……。
パーカーのフードからレイジング・ブルの肉を取り出す。
牛肉では高級とされる、サーロインとヒレの部分を切り取ってきたんだ。
デカい塊だったので、贅沢に分厚いサイズに切り分ける。
なんとなく、赤身だろうな思っていたのだが、綺麗に霜が入った上質の肉だった。
これは、期待できそうだ……!
下味として、肉の表面に砕いた岩塩をパラパラと振る。
さらに牛乳袋の中身を木桶に移し、錬金術の『抽出』でバターを取った。
ちょうどフライパンがアツアツになったので、そこにバターを投入。
……ジュゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーッ!!
香ばしい香りが、あたり一面に広がる。
油を引いただけだというのに、腹はもうグーグー鳴りっぱなしだ。
そしてすかさず、肉を投入っ……!
……ジュゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーッ!!
たまらない音が、あたり一面に奏でられた。
肉の焼ける匂いも漂ってきて、俺は確信する。
これは、ヤバい……!
絶対にうまいやつや!
もうあたりは暗くなっていたので、俺はソロキャンプのような気分で肉を焼いていた。
焚き火のパチパチとした音と、木がくべられる匂いもたまらない。
舌なめずりをしながら肉を裏返していると、校舎のある方角から、ふたつの人影がズンズンと近づいてくるのに気付いた。
背の高い少年、低い少女……。
シルエットだけで、もう誰かわかってしまう。
「「セージっ!!」」
ふたりは俺の前に来るなり、ビシイッと指さしてきた。
そして、
ぐぅぅぅ~!!
と兄妹そろって仲良く、腹の虫を鳴らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます