第36話

36 地下へ

 俺とシトロンベルは連れだってボスフロアを出て、6階への階段をあがっていた。

 背後からは、お祭り騒ぎのような歓声が響いてくる。



「本当にいいのか? 剥ぎ取らなくて……。ボスの素材は高ポイントなんだろ?」



「ちょっと惜しい気もするけど、いいの。アバレルさんのほうが心配だしね」



 そう言って未練もなさそうに微笑む彼女の背中には、あばれるちゃん。

 すっかり安心しきった様子で、スヤスヤ寝息をたてている。


 シトロンベルは、レイジング・ブルを剥ぎ取って戦利品として肉を担ぐよりも、仲間の身体を担いで保健室に運ぶことを選んだのだ。


 よく考えたらそれが当たり前のような気もするけど、俺が知るかぎりこの学園にはロクでもないヤツらばっかりなので、彼女が天使のように思えてくる。


 ……そういう俺はどうなのかって?


 俺はおんぶしたくてもできないからいいんだよ。

 この学園では小さい方のあばれるちゃんよりも、俺は30cmセッチも低いんだからな。


 だからこうしてシトロンベルと歩いていると、母親に連れられている子供ふたりにも見えなくもない。



「でも本当に、レイジング・ブルって勝手に死んじゃったの?」



 宿題をごまかす我が子を疑うような、ジト目を向けてくるお母さん。



「ああ、本当だって。お前が先生を呼びに行ったあと、急にヤツはアゴを床にガンガン打ち付けだしたんだ。生きるのが嫌になったみたいだな」



「ふーん。モンスターも生きてるのが嫌になることなんて、あるのかなぁ……?」



「そりゃあるさ。死にぞこないの俺が言うんだから間違いない」



 するとシトロンベルは、ぷっと吹き出した。



「ふふっ、セージちゃんがそう言うと、なんだかホントに聞こえるね」



 なんてことを話しているうちに、6階のエントランスに来た。


 エントランスには休憩所などの他に、『緊急用昇降機』がある。

 この特別な昇降機は各階に必ずひとつはあり、すべて地上0階への直通となっている。


 途中で降りることはできないが、鳥かごみたいなひとり乗り用の昇降機と違って、部屋の床板が沈む形式になっていて、大人数で乗れるようになっているんだ。


 要は塔内で怪我人などが出た場合に、外に運ぶためのものだな。

 利用するためにライセンスは必要ないが、怪我人などの搬送以外には使ってはいけないことになっている。


 金属のアコーディオンシャッターを開けて、昇降機のある室内に入る。

 見た目は他の部屋と変わりないが、シャッターを閉めたらゆっくりと下に沈み込んだ。


 床が下がっているというよりも、壁がずり上がっているような感覚。

 天井がどんどん高くなり、遠ざかっていく。


 少し待つと0階に着いた。

 シャッターを開けて外に出ると、そこは緊急用エレベータの到着点が集まる専用のホールだった。


 見渡すかぎりの壁には、何かの巣みたいに無数の穴が開いていて、同じようにシャッターがある。

 高いところにある穴はベランダで繋がっていて、それを伝って階段で下に降りられるようになっていた。


 ちなみにではあるが、この緊急用の昇降機は誰かが乗っている間は必ず下降する。

 誰もいなくなったら再び上昇し、元の位置に戻るんだ。


 だからこの昇降機を使って、上の階に行くインチキはできないようになっている。



「私はこれから保健室にアバレルさんを連れて行くけど、セージちゃんはどうするの?」



 0階のエントランス戻りながら、シトロンベルが尋ねてきた。



「そうだな、俺はちょっと地下のほうを覗いてみるよ。欲しい素材もあるしな」



「そう、わかったわ。じゃあまたね」



 シトロンベルは「よいしょ」とあばれるちゃんを背負いなおしてから、塔の出口に向かって歩き出す。

 俺はあることを思い出し、その背中に呼びかけた。



「あ、そうだ。もし時間があったら今晩、俺の家に来いよ」



 「え? セージちゃんのお家に?」と足を止めて振り返るシトロンベル。

 こんな状況なのに、彼女は首だけで振り向かず、わざわざ身体ごと俺に向き直る。


 相手とちゃんと向かい合って話そうとするのは、そう躾けられているからだろうな。



「ああ、美味いものをご馳走してやる。だから来るようだったら、寮の晩飯は食べるなよ」



「うん、わかった。アバレルさんの体調を確かめて、行けそうだったら行くね」



 そう言って、俺に再び背を向けるシトロンベル。


 ……「行けそうだったら行く」、か……。

 どうやら、フラれたみたいだな。


 でも、まーいっか。


 俺は気を取り直し、彼女とは反対方向に向かって歩を進める。

 新たな目的地は、この地上0階にある、地下坑道への階段だ。


 地下への入り口は、まるで地下鉄への乗り換え口みたいに、大きな屋根のついた建物が目印。

 かなり大きいので、エントランスからでもすぐに見つけることができた。


 そこに向かって歩いていると、なにやら見覚えのある3人組が地下階段から這いだしてきて、ほうほうの体で塔の出口に向かっていった。


 アイツらは、たしか……。

 昨日、塔の中で剣術を教えてやった3バカトリオじゃないか。


 あの様子じゃ、またモンスターにビビって逃げてるようだな。

 それにしたって、エントランスまで戻れば安全なんだから、さらに逃げる必要はないだろうに……。


 塔の外に出てもまだ、走るのをやめないなんて……。

 よっぽど怖い目に遭ったのかもしれないな。


 なんて思いながら、地下1階への幅広の階段を降りていく。

 地下1階は、坑道におけるエントランス的役割を持っていて、比較的広々としている。


 坑道の壁は地上階とは異なり、水晶ではなく地層。横縞の断層になっている。

 整備されている区画は、切り出したミルフィーユのように真っ直ぐな壁になっているが、いま採掘中の区画は歪でデコボコ。


 天上階に比べると狭くてなんだかほこりっぽい。

 壁も光ってないので、ところどころに輝石きせきと呼ばれる魔力で光る石が、明かりとして埋め込まれている。


 俺のクラスは今日、採掘授業だったはずだから、まだクラスメイトたちが潜っていてもおかしくないのだが……。

 地下1階にはクラスメイトどころか、人の姿が全く無かった。


 授業に途中参加したくて来たわけじゃないから、別にいいんだが……。

 こう人気ひとけがないと、なんだか不気味だな……。


 しかしその理由は、少し探索してみただけで、すぐに理解できた。


 くりぬかれて大部屋となった、坑道の一室に足を踏み入れると……。

 空から音もなく降ってきた白い糸のようなものに、身体を絡め取られ……。


 まるで逆バンジーのように、天高く引っ張り上げられてしまった。


 天井一帯が、まるで雲海のように白く覆われている。

 そして、その雲には……。



 ……ガサッ! ガサガサッ!!



 太陽のような巨大な蜘蛛が、這い回っていたんだ……!

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